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推しを死なせてなるものか!地味な支援魔法で限界魔導師様を完全介護する  作者: 秋月 もみじ


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第4話 休日デート


「……ない」


日曜日の朝。

私はキッチンの冷蔵庫(魔石駆動式)の前で呆然としていた。


空っぽだ。

見事なまでに何もない。

野菜室に転がっていた萎びた人参も、昨夜のスープで使い切ってしまった。


「まさか、あんな勢いで消費されるとは」


誤算だった。

第三寮の住人たちの食欲が、私の予想を遥かに超えていたのだ。

健康になった彼らは、成長期の運動部員並みに食べる。

特にルシアン様だ。

「君の料理以外は体が受け付けない」とか言って、三杯おかわりをするのが日課になっていた。


嬉しい悲鳴だが、食材がなければ戦えない。


「買い出しに行かないと」


私はエプロンを外し、買い物かごを手に取った。

大量に買い込む必要がある。

往復で二回……いや、三回は覚悟したほうがいいかもしれない。


「おはよう、サラ」


背後から声がかかる。

振り返ると、ルシアン様が立っていた。

いつもの黒いローブではない。

シンプルな白シャツに、濃紺のベスト。

無造作に下ろした黒髪。

……破壊力が高い。

休日のラフな推し、尊い。


「おはようございます、ルシアン様。朝食、もう少し待っていてくださいね。食材が切れてしまって」

「買い物か?」

「はい。市場まで行ってきます」


私が靴を履こうとすると、ルシアン様がすっと私の買い物かごを奪った。


「僕も行く」

「えっ?」

「荷物は重いだろう。僕が持つ」

「い、いえ! そんな、筆頭魔導師様に荷物持ちなんてさせられません!」


全力で首を横に振る。

国の最高戦力をパシリに使うなんて、バチが当たる。

しかし、ルシアン様は頑固だった。


「この辺りは治安も良くない。君に万が一のことがあったら……」


彼は少し言い淀み、視線を逸らして言った。


「……僕の晩飯がなくなる」

「あ、そこなんですね」


やっぱり胃袋か。

でも、心配してくれているのは事実らしい。

彼の頑なな態度に、私は折れることにした。


「では……お言葉に甘えます。お願いします」

「ああ。任せておけ」


彼は嬉しそうに口元を緩めた。

その笑顔を見て、私の心臓が早鐘を打つ。

これって、傍から見たらデートじゃない?

いいえ、落ち着け私。

これは介護の一環。

あるいは、食料調達という名のクエストだ。


   ◇


王都の中央市場は、休日ということもあってごった返していた。

活気ある売り声、焼き串の匂い、行き交う人々。


私は変装用の眼鏡を押し上げ、人波を縫うように進む。

ルシアン様はフードを目深に被っているが、その長身と滲み出る気品は隠せていない。

すれ違う女性たちが「あら、いい男」「モデルかしら」と振り返っている。


「サラ、これは?」

「それは『泥ごぼう』です。見た目は悪いですけど、きんぴらにすると絶品なんですよ」

「……これが、あの美味い副菜になるのか」


ルシアン様は興味津々で野菜を眺めている。

彼は今まで、食事といえば「王宮の高級だが冷めた料理」か「携行食」しか知らなかったらしい。

泥のついた野菜や、活きのいい魚が並ぶ光景が新鮮なようだ。


「よし、これを全部くれ」

「あ、待ってください! 値切りますから!」


言い値で買おうとする彼を止め、店主と交渉する。

元公爵令嬢だが、前世は庶民だ。

値切り交渉はお手の物である。

おまけのネギを勝ち取ると、ルシアン様は目を丸くして感心していた。


「君は、逞しいな」

「生活力と言ってください」


買い物が進むにつれて、ルシアン様の両手は紙袋でいっぱいになった。

それでも彼は「重くない」と言って、私の荷物まで持とうとする。

以前なら、立っているだけで精一杯だったはずなのに。


「休憩しましょうか」


広場のベンチで一休みすることにした。

屋台で買った果実水フルーツウォーターを渡す。


「ありがとう」


二人並んで座る。

肩が触れそうな距離。

ルシアン様が果実水を飲み、喉仏が動くのを横目で見てしまう。


「……こんなに穏やかな休日は、数年ぶりだ」


彼がぽつりと呟いた。


「いつもは、部屋で死んだように眠っているか、呼び出しを受けて魔獣を焼きに行っているかだった」

「それは……大変でしたね」

「ああ。世界が灰色に見えていたよ」


彼は遠くを見る目をした。

その横顔が、どこか寂しげで、守ってあげたくなる。

原作で彼が死ぬときも、こんな顔をしていたのだろうか。

「何も守れなかった」と嘆いて。


(守らせないよ)


私は心の中で誓う。

貴方はもう、一人じゃない。


「今は、どうですか?」


尋ねると、彼は私を見た。

フードの下のアイスブルーの瞳が、優しく細められる。


「鮮やかだ。……君のおかげだよ」


ドキン、と胸が鳴る。

その言葉の意味を深読みしそうになるのを、必死で抑える。

単に「視力が回復した」とかそういう意味かもしれないし!


その時だった。


「きゃああああ!」

「どいてくれぇ! 馬が暴れたぁ!」


悲鳴と怒号。

広場の向こうから、荷車を引いた馬が暴走してくるのが見えた。

手綱が切れている。

馬は興奮状態で、露店をなぎ倒しながら直進してくる。


その進行方向に、逃げ遅れた小さな女の子がいた。


「――ッ!」


私が声を上げるより早く、ルシアン様が動いた。

彼はベンチを蹴り、瞬時に女の子の前へと躍り出る。


「サラ、下がっていろ!」


彼は右手を掲げた。

詠唱なし。

風の魔力が収束する。


でも、まずい。

市街地での魔法行使だ。

強すぎれば周囲の建物や人を巻き込むし、弱すぎれば馬を止められない。

極限の精密操作コントロールが必要になる。

原作の彼なら、このレベルの制御魔法を使った後、激しい頭痛と吐き気で動けなくなるはずだ。

今の回復傾向にある体でも、負担は大きすぎる。


(させない!)


私は下がれという指示を無視して、彼の背中に飛びついた。


「サラ!?」

「そのままで!」


彼の背中に両手を押し当てる。

筋肉が強張っているのがわかる。

私は自分の全神経を指先に集中させた。


イメージしろ。

彼の体内にある魔力回路を、太く、滑らかに。

摩擦ゼロの超伝導状態へ。


発動、【魔法効率強化マナ・オプティマイズ】!

追加、【反動相殺リコイル・キャンセラー】!


私の魔力が、彼の背中から溶け込んでいく。


ルシアン様の目が見開かれた。

彼の中で渦巻いていた荒々しい魔力が、一瞬で整列し、静謐な奔流へと変わる。


「……《風よ、壁となれ(エア・シールド)》」


彼が言葉を紡ぐ。

掲げた掌から放たれたのは、暴力的な突風ではない。

分厚いクッションのような、柔らかな空気の層だ。


暴走した馬が、見えない壁にぶつかる。

衝撃はない。

まるで巨大な綿毛に受け止められたように、馬と荷車はふわりと勢いを殺され、静止した。


静寂。

そして、ワァッという歓声が上がった。


「すげぇ!」

「一瞬で止めたぞ!」

「誰も怪我してない!」


馬も落ち着きを取り戻している。

助けられた女の子の母親が、泣きながら駆け寄ってきた。


ルシアン様は、自分の手を見つめて立ち尽くしている。


「……馬鹿な」


彼が小さく呟いた。


「魔力が……減っていない?」


通常なら、今の精密操作で魔力の三割は持っていかれるはずだ。

血管が軋むような痛みも伴うはずなのに。

今の彼は、朝起きた時と同じくらいピンピンしている。


彼が勢いよく振り返った。

私は慌てて手を離し、一歩下がる。


「サラ、今、君は……」


「す、凄いですルシアン様! さすが筆頭魔導師様ですね!」


私はわざとらしく拍手をして、彼の言葉を遮った。

群衆が彼を囲み始める。

「ありがとう」「英雄様だ」と感謝の言葉が降り注ぐ。


ルシアン様は困惑していた。

いつもなら「化け物」と恐れられる魔法が、感謝されている。

そして何より、魔法を使っても苦しくないという事実に、彼自身の常識が揺らいでいる。


「……サラ」


彼は群衆に揉まれながらも、私だけを見ていた。

その目は、探るような、でも縋るような熱を帯びていた。


   ◇


帰り道。

夕焼けが石畳を赤く染めている。

結局、荷物はすべてルシアン様が持ってくれた。

あの騒動の後でも、彼は疲れた様子を見せない。


沈黙が続く。

気まずい。

バレただろうか。

いや、背中に触れただけだ。

「怖くてしがみついただけ」と言い訳できるはず。


「……サラ」

「は、はい」


隣を歩く彼が、前を向いたまま口を開く。


「僕は、魔法を使うのが苦痛だった」


独白のような響きだった。


「使うたびに体が軋む。命が削れていく音がする。だから、魔法は呪いと同じだと思っていた」


彼は足を止め、私に向き直った。

逆光で表情が見えにくい。

でも、その声は震えていた。


「だが、今日は違った。君が背中に触れた瞬間……風が、僕の味方になった気がしたんだ」


「それは……ルシアン様の日頃の行いが……」

「誤魔化さないでくれ」


一歩、彼が近づく。

買い物袋を持ったままの手が、そっと私の頬に触れた。

温かい。

大きな手。


「君が来てから、僕の世界は変わり続けている。飯が美味いだけじゃない。空気が美味い。眠るのが怖くない。そして……魔法が、美しいと思えた」


彼の指先が、私の眼鏡の縁をなぞる。


「君は、何者なんだ?」


核心を突く問い。

でも、その声色に警戒心はなかった。

あるのは、純粋な驚きと、深い感謝。

そして、隠しきれない好意。


私は心臓が口から飛び出そうになるのを堪えて、精一杯の「寮母」の顔を作った。


「……ただの、お節介なファンですよ」

「ファン?」

「はい。貴方の、一番の」


嘘じゃない。

前世からずっと、貴方の幸せを願っていたファンだ。


ルシアン様は、きょとんとして、それから吹き出した。


「ファン、か。……参ったな」


彼は今まで見たこともないような、屈託のない笑顔を見せた。

夕陽よりも眩しい、少年のような笑顔。


「そんな目で見られたら、格好悪いところは見せられないな」


彼は再び歩き出した。

私の歩幅に合わせて、ゆっくりと。


「帰ろう、サラ。……腹が減った」


その言葉が、どんな愛の言葉よりも甘く響く。

私は熱くなった頬を手で冷ましながら、彼の隣に並んだ。


「はい。今日はごぼうのきんぴらと、ハンバーグですよ」

「ハンバーグ……それは楽しみだ」


二人の影が長く伸びて、一つに重なる。

疑念は晴れていないかもしれない。

でも、この温かい関係が壊れることはないという確信が、私にはあった。


だって、私のバフ(愛)は、もう彼の体に染み込んでいるのだから。

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