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推しを死なせてなるものか!地味な支援魔法で限界魔導師様を完全介護する  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 餌付けと隠密バフ


寮母生活、一週間目。

私は確信した。

ここは「魔導師の寮」ではなく「限界社畜の収容所」だ。


「……あー、生き返るぅ……」

「光が見える……川の向こうに……」


朝の食堂。

テーブルに突っ伏していた男たちが、ゾンビのように呻いている。

彼らは第三寮の住人たちだ。

専門は呪術解析、魔道具開発、対魔獣戦闘。

国の中枢を担うエリートのはずだが、現在は全員、薄汚れたジャージ姿で死んだ魚のような目をしている。


「はい、朝ごはんです。今日はオムレツと野菜スープですよ」


私が皿を配ると、彼らの動きが止まった。

鼻がひくひくと動く。


「……いい匂い」

「俺、一週間ぶりに固形物を食う気がする」


彼らは震える手でスプーンを握り、スープを口に運んだ。

瞬間。

カッ、と彼らの目が開かれる。


「うおおおお!?」

「魔力が! 魔力が腹の底から湧いてくるぞ!?」

「背中の痛みが消えた! 俺、飛べるかも!」


大騒ぎである。

もちろん、ただのスープではない。

私が早起きして仕込んだ【魔力循環促進】と【肩こり解消】のバフ入り特製スープだ。


彼らは嵐のように完食すると、涙を流して私を拝んだ。


「ありがとう、寮母さん……」

「あんた、俺たちの女神だ……」


「いえいえ、お仕事ですから。行ってらっしゃいませ」


見送りを受けて、彼らは戦場(王宮)へと出撃していった。

その背中は、来た時よりも数倍たくましく見えた。

よしよし。

まずは外堀モブから埋める作戦は順調だ。


住人たちが去った静かな寮で、私は腕まくりをした。


「さて、本番といきますか」


今日のミッションは「環境改善」だ。

ルシアン様の回復を早めるには、食事だけでなく住環境も重要だ。


私は雑巾とバケツを用意した。

廊下の黒ずんだ床を拭き上げる。

ただ拭くだけじゃない。

雑巾に魔力を込める。


『汚れよ弾けろ』

『ついでに歩くと足の裏がポカポカする効果をつけろ』


キュッキュッ。

一拭きするたびに、古びた木材が新品のような艶を取り戻す。

埃っぽい空気も、窓を開けて【換気強化】をかけたカーテンを揺らすことで、高原のような清涼な空気に入れ替わる。


次は洗濯だ。

ルシアン様の部屋から回収したシーツと枕カバー。

加齢臭ならぬ「過労臭(魔素の澱み)」が染み付いている。


「洗濯機がないのは不便だけど……」


洗い桶に水を張り、シーツを浸す。

洗剤代わりの木の実を潰して入れ、揉み洗い。

ここで付与するのは、最強の安眠セットだ。


『悪夢退散』

『触り心地もふもふ化』

『吸湿速乾』


洗い上がったシーツを庭に干す。

風に靡く真っ白な布を見ていると、達成感が込み上げてくる。

前世では仕事に追われて、洗濯なんてコインランドリー任せだった。

「生活」を作っている感覚が、今の私にはとても愛おしい。


「ルシアン様、今夜はぐっすり眠れるといいな」


太陽にかざした手を見つめる。

私の魔法は、魔王を倒す剣にはなれない。

でも、勇者を休ませるベッドにはなれる。

それで十分だ。


   ◇


夕刻。

カラスが鳴く頃、玄関の扉が開く音がした。


「……ただいま」


聞き慣れた、低く心地よい声。

ルシアン様のご帰還だ。


私はエプロンを整え、玄関へと小走りに向かった。


「お帰りなさいませ、ルシアン様」


出迎えた私を見て、彼は一瞬きょとんとして、それから眉をひそめた。

そして、周囲を見回す。


「……サラ。僕は部屋を間違えただろうか」

「いいえ? ここは第三寮ですよ」

「だが、床が光っている。空気が澄んでいる。それに……あの不気味なシミが消えている」


彼は壁を指差した。

ああ、あの「何かを召喚しようとして失敗した跡」ですね。


「一生懸命こすったら落ちました」

「魔術的な汚れが、雑巾で?」

「重曹は偉大なんです」


嘘である。

【浄化補助】のバフで強引に消した。


ルシアン様はまだ納得いかない顔で、自分の掌を見つめた。

その顔色は、一週間前とは比べ物にならないほど良い。

透き通るような白い肌に、薄っすらと血色が戻っている。

特徴的だった目の下のクマも、コンシーラーで隠せるレベルまで薄くなっていた。


「それに、体の調子が良すぎるんだ」


彼が私に詰め寄る。

距離が近い。

整いすぎた顔が目の前にある破壊力に、心臓が悲鳴を上げる。


「朝起きると体が軽い。魔力の循環もスムーズだ。まるで……高位の白魔導師に常時支援されているような感覚だ」


鋭い。

さすがは筆頭魔導師。

でも、ここでバレるわけにはいかない。

正体がバレれば、王宮に連れ戻されるか、あるいは「怪しい魔女」として警戒されるかだ。

何より、まだ彼の信頼を完全に勝ち取ったとは言えない。


私はとっさに、手に持っていたバスケットを差し出した。


「それはきっと、気のせい……ではなく、栄養が足りてきたからですよ!」

「栄養?」

「はい! 今日のお弁当、どうでしたか?」


話題のすり替え。

ルシアン様の目が、バスケットに吸い寄せられる。

今日のお弁当は、スタミナ重視の「厚切りベーコンと彩り野菜のソテー」に「魔力回復おにぎり」だった。


彼はゴクリと喉を鳴らした。


「……美味かった」

「それは良かったです」

「同僚が『一口くれ』と言ってきたが、断固拒否した。……あれは、僕の分だからな」


最後の一言、少し声が小さくなる。

独占欲?

今の、独占欲ですよね!?


内心でガッツポーズをする私をよそに、彼はふいと顔を背けた。

耳が赤い。


「……君の料理を食べると、不思議と力が湧くのは事実だ。だから、その……疑ってすまない」

「いえいえ! 元気になっていただければ、寮母冥利に尽きます」


ルシアン様は、ふうと息を吐き、肩の力を抜いた。

張り詰めていた空気が緩む。

彼はブーツを脱ぎ、私がピカピカに磨き上げた廊下に足を下ろした。


「……ああ、そうだ」


自分の部屋に向かおうとして、彼は足を止めた。

振り返らずに、背中越しに言う。


「……ただいま」


蚊の鳴くような声。

でも、はっきりと聞こえた。


この寮に来てから、彼が誰かに向かってその言葉を言ったのは、たぶん初めてだ。

いつも無言で入り、無言で部屋に籠もっていた彼が。


胸の奥が熱くなる。

私は精一杯の笑顔を作って(見えていないけれど)、その背中に声をかけた。


「はい。ご飯、すぐに温めますね」


彼は小さく頷くと、逃げるように階段を上がっていった。

その足取りは、一週間前のような引きずる歩き方ではなく、しっかりとした大人の男性のそれだった。


   ◇


その夜。

ルシアン様の部屋から、微かな寝息が聞こえてきた。

私は廊下でこっそりと聞き耳を立てていた(変態ではない、生存確認だ)。


「う……ん……」


うなされていない。

安らかな呼吸音だ。

洗濯したシーツの【安眠バフ】が効いているようだ。


「おやすみなさい、ルシアン様」


私は小さく呟いて、自分の部屋へと戻った。


私の推し活は順調だ。

でも、知っている。

物語の進行は止まっていない。

王宮では今頃、聖女ニーナの力が通用せず、歪みが生まれているはずだ。


その歪みが、いつかこの穏やかな寮生活を壊しに来る。

それまでに、もっと彼を強く、元気にしなければ。


私は明日の献立を考えながら、布団に潜り込んだ。

明日も忙しくなりそうだ。

でも、ちっとも苦痛じゃない。

だって、明日の朝もまた、「おはよう」が言えるのだから。

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