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推しを死なせてなるものか!地味な支援魔法で限界魔導師様を完全介護する  作者: 秋月 もみじ


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第10話 最強の魔導師は寮母を離さない


朝の光がキッチンに差し込んでいる。

ベーコンの焼ける香ばしい匂いと、コーヒーの香り。

まな板を叩くトントントンという軽快な音。


平和だ。

二週間前の地獄のような騒動が嘘のように、第三寮には穏やかな時間が流れていた。


ただし、一つだけ以前と違うことがある。


「……サラ」

「はい、なんですか」

「充電切れだ。補充させてくれ」


私の背後から、大きな体が覆いかぶさってくる。

ルシアン様だ。

彼は私の腰に両腕を回し、首筋に顔を埋めている。

重い。

物理的にも、愛情的にも。


「ルシアン様、お料理中ですから危ないですよ」

「君が動かなければいい」

「そういう問題じゃありません。……それに、もう出勤時間ですよ?」


私が窘めると、彼は不満げに鼻を鳴らした。


「行きたくない。王宮なんて行かずに、一日中君と布団の中にいたい」

「ダメです。筆頭魔導師様がサボったら、国が傾きます」

「国なんてどうでもいい。僕の世界はここ(第三寮)にしかない」


ご覧の通りである。

かつて「氷の魔導師」と呼ばれたクールな英雄は、私の前では完全に「溶けた砂糖菓子」になってしまった。

分離不安の大型犬と言ってもいい。


「ほら、離れてください。朝ごはんにしますよ」

「……あと一分」

「もう」


私は苦笑しながらも、彼の手を解こうとはしなかった。

背中から伝わる体温が、心地よかったからだ。


   ◇


食卓には、いつものメンバーが揃っていた。

彼らもすっかり健康的になり、肌ツヤが良い。


「いただきまーす! うめぇ! サラさんの飯は今日も世界一!」

「このスクランブルエッグのふわふわ感、魔法工学的にありえない……」


住人たちが賑やかに食べている中、ルシアン様は私の隣に陣取り、甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとする。


「サラ、あーん」

「自分で食べられます」

「僕が食べさせたいんだ。……ダメか?」


上目遣い。

あざとい。

あの美貌でそれをやられると、断れるはずがない。

私は恥ずかしさに顔を赤くしながら、差し出されたパンを齧った。

住人たちがニヤニヤしながら見ている。

「ご馳走様ですー」という視線が痛い。


その時、一羽の使い魔(白いフクロウ)が窓から飛び込んできた。

足に手紙を結んでいる。


「お、王宮からか?」


空気が少し張り詰める。

ルシアン様が手紙を受け取り、封を切った。

ざっと目を通し、ふっと短く笑う。


「……朗報だ」


彼は手紙をテーブルに置いた。


「カイル元王子の処分が決まった。王位継承権剥奪の上、北方の砦へ左遷だそうだ。二度と王都の土は踏めない」

「そうですか……」


胸を撫で下ろす。

ざまぁ、という暗い喜びよりも、もう関わらなくて済むという安堵のほうが大きい。


「ニーナ嬢は、聖女教育を行う修道院へ送られた。あそこは厳しいぞ。朝から晩まで祈りと魔力制御の訓練だ。ドレスも宝石も禁止」


「あの子、耐えられるかしら」

「耐えるしかないだろう。……君を虐げた報いだ」


ルシアン様の目が一瞬だけ冷たく光ったが、すぐに私を見て優しく細められた。


「これで、君を脅かすものは何もなくなった。自由だ」


自由。

その言葉の響きに、私は窓の外を見た。

青い空が広がっている。

悪役令嬢としての運命も、断罪の恐怖も、もうない。

ここにあるのは、温かい居場所と、愛する人たちだけ。


「……はい!」


私は満面の笑みで答えた。


   ◇


夜。

夕食の片付けを終えた私は、ルシアン様に呼ばれて庭に出た。

満天の星空。

虫の声が静かに響く。


「サラ」


彼は私の手を取り、ベンチに座らせた。

そして、私の前に片膝をつく。

物語の騎士様のようなポーズ。


「ル、ルシアン様?」


「改まって言うのは照れくさいが……きちんと伝えたかった」


彼はポケットから、小さな箱を取り出した。

パカッ、と開かれる。


中に入っていたのは、見たこともないほど巨大な青い宝石の指輪だった。

ダイヤモンド?

サファイア?

いいえ、これは……。


「最高純度の魔石だ」


ルシアン様が得意げに言う。


「僕の魔力を三ヶ月分くらい圧縮して込めてある。これを着けていれば、どんな魔獣に襲われても自動防衛魔法が発動して消し飛ばすし、冬は暖かく夏は涼しい。ついでに肌の保湿効果もある」


「機能性が高すぎませんか!?」


ロマンチックな指輪かと思いきや、超高性能マジックアイテムだった。

さすが魔導師。

プレゼントの方向性が斜め上だ。


「……君を守りたいんだ。四六時中、僕が傍にいられない時でも、僕の力が君を包んでいるように」


彼は真剣な眼差しで私を見つめた。

その瞳は、指輪の宝石よりも澄んでいて、美しい。


「サラ。僕と結婚してくれ」


直球の言葉。

飾らない、彼らしいプロポーズ。


「君のバフがないと生きていけない……なんて理由は、もう言わない」


彼は私の手を握り締め、その甲に口づけを落とした。


「ただ、君が好きなんだ。君が笑っていると幸せで、君が泣くと胸が張り裂けそうになる。君以外の未来なんて考えられない」


「……っ」


涙が滲む。

前世の記憶。

画面の向こうの彼を応援していた日々。

「幸せになってほしい」と願っていた推しが、今、目の前で私に愛を乞うている。


「私で、いいんですか? 家事と、地味な支援魔法しか取り柄がありませんよ?」

「それがいいんだ。……いや、君がいい」


彼は立ち上がり、私を抱きしめた。


「君が世界最強の魔導師を支えているんだ。つまり、君こそが世界最強だ」


その理屈はおかしいけれど。

彼の腕の中は、世界で一番安全で、温かい場所だった。


私は彼の背中に腕を回し、精一杯の力を込めて抱き返した。


「……はい。謹んでお受けいたします、ルシアン様」


「サラ……!」


彼が嬉しそうに私の名前を呼び、体を離して、今度は唇を塞いだ。

長く、深いキス。

星空が回るような感覚。


唇が離れると、彼は悪戯っぽく笑った。


「覚悟しておいてくれよ。僕は欲張りだからな。これからは毎日、君の料理と……君自身を、たっぷりと味わわせてもらう」


「ふふ、望むところです。私のバフは無尽蔵ですから、胃もたれしても知りませんよ?」


「いいや、一生おかわりし続けるさ」


私たちは笑い合った。

月明かりの下、二人の影が一つに溶け合う。


「推しを救いたい」

たったそれだけの動機で始めた、私の寮母生活。

まさか、こんなに甘くて重いハッピーエンドが待っているなんて。


でも、悪くない。

いや、最高だ。


私は左手の薬指に輝く青い指輪を撫でた。

その温もりを感じながら、私は心の中で呟いた。


(これからもよろしくね、私の最愛の推し兼、旦那様)


私たちの幸せな日常は、まだ始まったばかりだ。

明日の朝も、その次の朝も。

「おはよう」と「愛してる」が響くこの場所で、私は生きていく。


最強の魔導師様の、たった一人の「寮母」として。


(完)

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― 新着の感想 ―
何も興味ないスカスカ草食系男子もメシウマに目覚めると肉食系になるのですねえ。 のぞみ、かなえ、たまえ‥昔懐かしいわら⚪を思い出しますわ。
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