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推しを死なせてなるものか!地味な支援魔法で限界魔導師様を完全介護する  作者: 秋月 もみじ


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第1話 偽聖女の追放と、前世の記憶


「サラ・フォン・アルディ! 貴様との婚約を、この場を持って破棄とする!」


王城の大広間。

シャンデリアのきらめきが目に刺さるほど眩しい。

カイル王子の怒声が、高い天井に反響して鼓膜を揺らした。


私の周囲には、色とりどりのドレスや軍服を着た貴族たちが遠巻きに立っている。

彼らの視線は氷のように冷たい。

嘲笑、軽蔑、あるいは単なる好奇心。


私はカーペットの上にへたり込んでいた。

さきほどカイル王子に突き飛ばされたのだ。

腰を打った痛みがじんじんと響いている。


「……殿下、それはどういう」


言いかけて、喉が詰まる。

王子の隣には、私の妹――ニーナが寄り添っていた。

蜂蜜色のふわふわした金髪に、大きな碧眼。

誰が見ても守りたくなるような、可憐な少女。


彼女は王子の腕にすがりつきながら、私を見下ろしている。

その唇が、微かに歪んでいた。

泣きそうな顔を作っているけれど、目は笑っている。

私にはわかる。

あれは、ずっと昔から私に向けられてきた「優越感」だ。


「とぼけるな! 貴様が『聖女』の力を偽り、国を欺いてきたことは明白だ!」


王子が指を突きつける。

整った顔立ちは怒りで赤く染まり、唾が飛びそうだ。


「真の聖女はニーナだった! 貴様のその役立たずな魔法……ただ対象を少し元気にするだけの紛い物とは違う! ニーナの力こそが、国を救う『光』なのだ!」


役立たず。

紛い物。

その言葉が胸に突き刺さる。


今まで、必死に努力してきた。

治癒魔法が使えないから、せめて兵士たちが疲れにくいように、傷の治りが早くなるようにと、毎日毎日祈りを捧げて魔法をかけ続けてきた。

けれど、目に見える派手な「光」が出ない私の魔法は、誰からも評価されなかった。


「お姉様、ごめんなさい……。でも、カイル様と私の愛は本物なの」


ニーナが鈴を転がすような声で言う。


「お父様もおっしゃっていたわ。偽物のお姉様は、もうアルディ家の恥さらしだって」


実家の父まで。

わかっていたことだ。

父は昔から、聖女の兆しがあったニーナしか見ていなかった。


(ああ、もう終わりなんだ)


糸が切れたように、視界がぐらりと揺れる。

床に手をついた瞬間。


ズキリ。


頭の奥で、強烈な閃光が走った。

突き飛ばされた時の衝撃だろうか。

いいえ、違う。

これは――情報の濁流だ。


ビル群の明かり。

満員電車の息苦しさ。

深夜のオフィスで飲み干すエナジードリンク。

そして、スマホの画面に映る『白銀の魔導師』の文字。


(――え?)


記憶が、パズルのピースのようにカチリと嵌まる。

私はサラ・フォン・アルディ。

でも、その前は日本の会社員だった。

イベント運営会社で、毎日終電まで働いていた「私」。


過労で倒れる直前まで読んでいたWeb小説。

その舞台設定が、目の前の光景と完全に一致する。

エスティナ王国。

聖女至上主義。

そして、無能な王子と、性格の悪い聖女ヒロイン


(嘘……ここ、ラノベの世界じゃない)


冷や汗が背筋を伝う。

同時に、状況を俯瞰するもう一人の冷静な自分が覚醒する。


この状況は、物語の序章だ。

「偽聖女」として断罪された悪役令嬢サラは、追放されたのち、貧民街で野垂れ死ぬ。

完全な当て馬。

使い捨てのモブ。


「……っ」


恐怖で震えそうになる手を、ドレスの裾で隠して握りしめる。

待って。

死ぬ? 私が?

冗談じゃない。

前世であんなに働いて、過労死たぶんしたのに、またバッドエンド?


ふざけるな。

絶対に嫌だ。


私は顔を上げた。

視界の端に映るニーナの顔が、小説の挿絵そのままだと気づく。

そして、思い出した。

この物語には、もう一人「死ぬ」人物がいることを。


宮廷筆頭魔導師、ルシアン・クロード。


黒髪の美青年。

世界最強の魔力を持ちながら、ブラックすぎる王国の防衛を一手に担わされ、物語の中盤で魔力欠乏症により命を落とす悲劇のヒーロー。


私の「最推し」だ。


小説を読みながら、何度スマホを握りしめて泣いたことか。

彼が死ぬシーンの虚無感といったらなかった。

なんであんなに頑張った彼が報われないの。

どうして誰も彼を助けなかったの。


(……助けられなかったんじゃない)


思考が高速で回転する。


この世界の「聖女」の力は、汚れた魔素を消滅させる「浄化」。

でも、ルシアンが患う「魔力欠乏症」の原因は、魔力の枯渇による身体機能の不全だ。

浄化では治せない。

必要なのは、枯れた泉に水を呼び戻すような、根本的な「回復力」の底上げ。


それって。


(私の魔法、じゃない?)


私が今まで「地味だ」「役立たずだ」と馬鹿にされてきた魔法。

状態付与エンチャント】。

対象の自然治癒力や魔力回復速度を、限界突破させて向上させる力。


王宮では誰も評価してくれなかったけれど。

これがあれば、ルシアンを救えるかもしれない。


「――おい、聞いているのか!」


王子の怒鳴り声で、意識が現実に引き戻される。

私はゆっくりと立ち上がった。

ドレスの埃を払う。

腰の痛みなんて、もうどうでもいい。


私の瞳には、もう涙なんて浮かんでいないはずだ。


「……ええ、聞いておりますわ、殿下」


声が震えていないことに、自分でも驚く。

前世の記憶が戻ったせいか、目の前の王子がひどくちっぽけな存在に見えた。

ただの「ざまぁ対象」にしか見えない。


「婚約破棄、謹んでお受けいたします。今までお世話になりました」


私は完璧なカーテシーを披露した。

貴族令嬢として叩き込まれた所作は、体に染み付いている。


「なっ……」


王子が言葉を詰まらせる。

泣いて縋り付いてくるとでも思っていたのだろうか。

残念ながら、今の私にそんな未練は欠片もない。


「それと、妹のニーナ」


隣で勝ち誇っている妹に視線を向ける。

彼女は一瞬、私の静かな目に怯んだように体を強張らせた。


「貴女が真の聖女として、この国を支えていくのね。頑張りなさい」


「え、ええ! 当たり前よ!」


「そう。期待しているわ」


(これから起きる地獄のような激務に、貴女が耐えられるならね)


心の中で毒づき、私は背を向けた。

大広間の扉へ向かって歩き出す。

背後でざわめきが広がっていくのがわかる。


「ま、待て! まだ話は終わって……!」

「追放、ですよね? 荷物をまとめる猶予すらないのでしょう? でしたら、このまま失礼いたします」


振り返りもせず言い放ち、私は重い扉を押し開けた。


   ◇


王城を出て、夜の街を歩く。

ドレスは目立ちすぎる。

路地裏に入り、魔法で収納していた予備の服に着替えた。

かつてお忍びで街に出るために用意していた、地味なワンピースだ。

ついでに、髪を魔法で焦げ茶色に変える。

仕上げに、度の入っていない瓶底眼鏡をかけた。


ショーウィンドウに映った姿を確認する。

どこにでもいる、平凡な町娘。

よし、これなら元公爵令嬢だとはバレないだろう。


「さて、と」


私は夜空を見上げた。

月が綺麗だ。

実家には戻らない。

戻ったところで、父に修道院へ送られるか、政略結婚の駒にされるのがオチだ。


私には、やるべきことがある。


ポケットから、くしゃくしゃになった求人票を取り出す。

さっき、街の掲示板から剥がしてきたものだ。


【急募:王宮魔導師団・第三寮 住み込み賄い婦】

【条件:健康な女性。魔力耐性があれば尚良し】

【給与:要相談(危険手当あり)】

【備考:清掃・洗濯含む】


第三寮。

通称「墓場寮」。

激務に耐えかねた魔導師や、変人たちが集められる隔離施設。

そして、ルシアン・クロードが住んでいる場所。


「待っていてください、ルシアン様」


求人票を握りしめる手に力が入る。

唇が自然と吊り上がった。


私はもう、悲劇のヒロインじゃない。

推しの生存ルートを切り開く、最強の「裏方」になるんだ。


まずは面接だ。

この地味だけど万能な魔法を使って、あの薄汚い(と原作で描写されていた)寮を、最高に快適な「推しの住処」に変えてみせる。


足取りは軽かった。

これからの人生で、今が一番わくわくしているかもしれない。

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