ハジィ対ケリリ
繁華街から離れた、小さなビルが立ち並ぶ場所。
真っ昼間に、ケリリがホームレス軍団を引き連れてやって来た。
「ハジィ! ロッジ! あなたたちの詐欺店を潰しに来たわ。今すぐ店を閉めるなら、このまま帰ってあげるわよ」
トゥエンティミルキーの面々が迎え撃つ。
前列にハジィ、ロッジマイヤー、アルファ。後列には超知能牛サリーを真ん中に、よしことすみれを含めた三頭が並んでいる。
ハジィが一歩前に出た。
「ケリリ、私たち親友じゃない。争いたくないわ」
ケリリが笑い飛ばす。
「そうね、親友だったわね。あなたがこんな詐欺行為をしなければ、親友のままだったかもしれないわ。牛の乳を見せてぬくぬくパークの店構えで客を釣り、絶対に返金しない。明らかに詐欺よ」
ロッジマイヤーが割って入る。
「ケリリさん、以前ご説明しましたが、納得していただけなかったようですね」
「喧嘩を売ったのはロッジマイヤーの方でしょ! 「トゥエンティミルキーがお相手しますわ」って啖呵を切ったじゃない」
「仕方ありませんわね。悪い頭でも理解していただけるよう、帝都大の心理学教授にお越しいただきましたわ」
ロッジマイヤーが大げさに呼び込む。
「レール・トンプソン教授 (Professor Rail Thompson)、ご説明をお願いします」
本を抱えた男が現れた。
「それで。あなたたちは『ぬくぬくパーク』や『コスプレスケベ』という言葉を、エロと結びつけてしまうわけですね。かなりの重症です。医学用語では、これを『普通表現性的翻訳症』といいます」
教授は淡々と語り続ける。
「普通の言語を聞いているのに、脳内でエロく変換してしまう症状です。よく考えてください。『ぬく』という言葉は、栓を抜く、糸を抜く、釘を抜く。続けて言うと『ぬくぬく』。温かそうに聞こえるでしょう。『パーク』は公園や遊園地。これらを合わせれば『ぬくぬくパーク』。これをエロく感じるのは完全な病気です」
教授は続ける。
「『コスプレスケベ』も同じですね。コスプレはコスチューム・プレイ。スケベはエッチなこと。アニメに出てくる魔法少女戦士やロボットアニメの、体型がわかるような戦闘服を見て興味がそそられるのは、思春期の男の子によくあることです」
教授は声のトーンを変えた。
「しかぁーし、あなた方のように、二十歳を超えて戦闘服を見てエロく感じる。これは『思春期回帰興奮障害』という立派な病気です」
ケリリの車椅子を押している男が、震えた声で尋ねる。
「あ、あっしたちは病気なんですか……?」
ケリリは後ろも見ずに、その男にムチを振るった。
「もちろん、そんな言葉は辞書には載っていないわ! 業界用語よ! 教授、あなたは大金を払って牛の乳を見たいですか? 見たくないですよね、当たり前です。しかも最近じゃ、牛にブラジャーまで着けて乳を隠しているようだけど」
トンプソン教授の答えはこうだった。
「例えば、普通、牛の乳は丸見えです。しかし、そこにブラジャーを着けて隠し、あえて外すことで脳内で想像させる。これは『隠蔽顕示興奮症候群』から、想像補完回路 が脳内で動くことによって興奮する症状のことです。通常丸見えの対象物を一時的に遮蔽し、段階的に露出させることで脳内の『想像補完回路』が異常活性化する現象ですね。これにより、牛の乳が人間の乳を見ているのと同じように見えるのです。ケリリさん、あなたはこの人間の乳を見るという行為をぬくぬくパークと呼んでいるのですよね? ならば、問題ないのでは?」
「フン、実物を見るのと脳内補完では意味が違うわよ! そんなことも分からないの、教授!」
「あなたはマジシャンのマジックを見て、お金を払わないのですか? あれも同じこと。トリックによりコインが貫通したかのように見える。あなたの言い分だと、実際にコインが貫通しなければお金を払う必要がない、とおっしゃっているように聞こえますが」
「マジックとぬくぬくパークが一緒? 馬鹿なことを言わないで」
「心理学という学問上では同じということです。法律でも、お客が満足していれば問題ないのでは?」
「確かに、クレームは減ったようね。でも、ぬくぬくパークの店構えで牛の乳を見せていることに変わりはないわ」
モー! モー! モー!
超知能牛のサリーが怒った。
ロッジマイヤーが牛語を通訳する。
「私だって仕事のために乳を見せている。人間の乳と牛の乳の何が違う! とおっしゃってますわ」
「話は平行線ね。今日から、私の組織を店の前で寝泊まりさせて潰してあげるわ」
今まで黙っていたハジィが、もう一歩前に出て土下座をした。
「ケリリ、親友でいたいの」
ハジィの涙が、地面にポトポトと落ちる。
「あたしね、ウルペス山でのケリリとの思い出を大切に生きてきたの。ロッジマイヤーさんが家に来てくれたときも、本当に嬉しかったわ」
ケリリが冷たい目で、冷たい声で突き放した。
「芝居と言うには陳腐すぎるわよハジィ」
顔を上げたハジィは、涙とともに、鼻水まで垂れている。クシャクシャの顔で叫ぶように大きな声を出した。
「クレームをなくすから、時間を頂戴!お願いよ!」
「その芝居に免じて、今日は帰ってあげる。期限は二週間よ。いいわね」
そう言うと、ケリリは後ろを見ずにムチを振るい、車椅子を押させて帰って行った。
ハジィは何事もなかったかのように立ち上がり、パサパサと服に付いた砂を払った。
ポケットからティッシュを取り出し、涙を拭いて鼻をかんだ。
芝居はバレてたわね。女優並みの演技だと思ったのに。ケリリも流石だわ。
後ろ向き、従業員たちに向かって
「さあ、開店準備始めるわよ」
アルファがハジィの隣に来た。
「僕にはケリリがどうして怒ってるのかわからないけど、二週間の猶予をくれたんだからまだ親友だよ」
笑顔で答える。
「そうよね。うん、きっとそうよ」
事務所でロッジマイヤーが尋ねる。
「ハジィさん、どうするつもりですの? ケリリさんは、二週間後に戻ってきますよ」
真剣な目つきだが、口元は笑っている。
「考えがあるの」
そう言うと、コスプレスケベにファンからもらった、大量の紙袋を見た。
「武器を使ってみるわ。あたしにも武器があったのよ」
ロッジを正面から見つめる。
「ロッジさん、あたしね、山にいるときから変わらないアルファが大好きなの。普通は変わっていくものでしょ。でも、彼は何も変わらない。とんでもない人だけど、彼は誰にでも優しいの。それに、一緒にいるとウルペス山のあの頃を思い出せて安心しちゃうんだ」
ふと、ロッジマイヤーの笑みがこぼれた。
「羨ましいですわ。私はこの性格なので、付き合ったことがございませんの。ただ、アルファさんのような方は、イライラするのでご勘弁ですが」
ハジィが笑い出す。
「フフフ!じゃあ、世界中でアルファを好きなのは私だけだね。アルファと一緒に、みんなを幸せにして、お金持ちを目指すわ」
その日の夜の乳搾りショーが終わった。
いつもなら出口に立ち、クレームを聞いているはずのハジィがいない。代わりに、そこはカーテンで仕切られていた。
いつものように、不満顔の客がやって来る。
「おい、どこだクレーム係は!」
カーテンの中から声がした。
「ここです」
「何隠れてやがんだ!」
客がカーテンを力任せに開ける。
そこには、魔法少女戦士の格好をした、絶世の美女が立っていた。ハジィが本気でコスプレをした姿である。
客は怒りの行き場を失い、口をパクパクさせた。
「テ、テメェみてぇな綺麗な方が……」
ハジィはニッコリ笑った。言葉遣いが変わった客に優しく応じる。
「何かクレームでしょうか?」
「えーと、あの……牛の乳しか見えなかったんだけど」
「申し訳ございません。お詫びに土下座をさせていただきます」
ハジィはスカートを整え、しとやかに正座した。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
深く頭を下げた際、胸元がチラリと覗く。男は一瞬で舞い上がった。
「きょ、今日のところは帰ってやる。次回はよ、別のコスプレで頼むよ、絶対また来るからよ」
男は鼻歌を歌いながら上機嫌で帰っていった。
物陰で見ていたロッジマイヤーが声をかける。
「ハジィさん、お見事ですわ。このままなら一件のクレームも出ませんわね。ケリリさんも何も言えないはずです」
ハジィは、店を辞めた日のことを思い出していた。
あの時、受付の男性が持たせてくれた袋。
「これさ、ファンが着てほしくて置いていった特注品なんだ。ハジィの体型に合わせて作ってあるから、店に置いてても仕方がないから、持って帰って、旦那を楽しませてあげてよ」
「ありがとうございます。喜んでくれますかね」
「当たり前でしょ。みんなハジィさんに会いたくて来てたぐらいなんだから」
ハジィは、受付の青年と店長の顔を思い浮かべ、そっと感謝した。




