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ケリリ

大きな庭の屋敷。衛兵のように侵入者を監視する大きな体つきの男たちが庭を隅々まで見回り、屋敷の中も男たちが固めている。


彼らは元ホームレスたちだ。ケリリを慕い屋敷に住んでいる。


そんな屋敷の一室で、いつもそばにいてくれる、強靭な体つきのセバスチャンが紅茶を入れてくれていた。


琥珀色の液体がティーカップに注がれていく。ケリリは彼の横顔をそっと見ている。


彼がいなければ、私はここまで這い上がってくることなんてできなかった...


今でこそ元ホームレスたちが守ってくれている屋敷に住んでいるが、つい数ヶ月前まではお嬢様として生活を送っていた。


ケリリは十五歳の時に最愛の母親を病気で亡くした。ケリリにとって世界で一番大切な人だった。商社を経営する父親は仕事が忙しく、月の半分しか家に帰って来ない。


お手伝いさんと、家庭教師のロッジマイヤーさん、時間のあるときに来てくれる、父親方のエリザおばあさまが、話し相手になってくれ、寂しさをまぎらわしてくれる。


ロッジマイヤーは三十代半ばの女性で、誰にでも厳格だが心優しく、ケリリの家庭教師も兼ねていた。エリザばあさまは上品な老婦人で、ケリリに貴族としての立ち振る舞いを教えてくれる人だった。


ケリリ自身は生まれつき足が不自由で、普段は車椅子での生活を余儀なくされていた。しかし、それを苦にすることなく、読書や刺繍、ピアノを楽しむ穏やかな日々を送っていた。十八歳のとき、父の勧めでウルペス山へ療養へ行き、歩くことはできないが、立てるようになった。戻って来てからも、歩く練習を続けた。



二十二歳のある時、そんな平穏な生活が一変した。


突然、見知らぬ男たちが屋敷にやってきて、家具や美術品に次々と札を貼り始めたのだ。ケリリが慌てて車椅子で駆けつけると、スーツを着た中年男性が冷たい表情で書類を差し出した。


「お嬢ちゃん、これを見てくれ」


差し出された書類には、屋敷の所有権が別の会社に移されたことが記載されていた。ケリリの青ざめた顔を見ても男は続ける。


「あんたの父親の会社が破綻してね。債務の担保として、この屋敷は我々のものになったってわけだ」


「そんな...お父様に連絡を...」


「無駄だよ。親父さんは行方をくらましちまった」


 ケリリは震える手で電話を取り、エリザばあさまの番号をダイヤルした。


しかし、返ってきたのは『この番号は現在使われておりません』という無機質なアナウンスだけだった。


「ばあさんには、すでに出ていってもらってる。電話は通じないよ」


「どういうことなんですか?あんたの父親が破産したのさ。借金まみれでね」


「急に言われても...私はどうすれば...」


 ケリリの声は震えていた。


「俺も鬼じゃない。一週間以内に出ていってくれればそれでいい。荷物はまとめておけよ」


 男が立ち去ろうとした時、階段からロッジ・マイヤーの足音が聞こえてきた。今日は家庭教師の時間だったため、彼女は予定よりも早めに二階から降りてきたのだった。


「何事ですか?あなたはどちら様でしょうか?」


 ロッジの凛とした声に、男は面倒くさそうに事情を説明した。そして、「一週間だからな」と言い残して出ていった。


 ロッジは急いで屋敷の電話を使い、ケリリの父親とエリザばあさまに連絡を取ろうと試みた。しかし、どちらも繋がらない。他のお手伝いたちに尋ねると、皆、男の指示で荷物をまとめているとのことだった。


 ロッジは力強くいった。


「お嬢様、猶予は一週間ございます。私がなんとか方法を見つけてみますわ」


 それから三日間、ロッジは必死に情報を集めた。しかし、得られた結果は絶望的なものだった。


「お嬢様...お父様の会社は誰かに乗っ取られたようです。お父様は多額の借金を背負い、現在行方不明です。悔しいですが、私どもではどうすることもできません」


「おばあさまは?」


「申し訳ございません。私は電話番号しか存じておりませんでした。恐らく...」


「私は...出ていかなければならないのね」


「申し訳ございません。私の力では...」


「ありがとう、ロッジさん。ロッジさんも住む場所と仕事を探さなければならないのに、一週間ギリギリまで頑張ってくださって。私は大丈夫です」


「お嬢様...お助けできず、本当に申し訳ございません」


 涙ぐむロッジを見送った後、ケリリは一人呟いた。


「ロッジさんも、私と同じホームレスになってしまった...」


一人になったケリリは、車椅子の車輪を押して壁まで行くと、必死で立ち上がり、壁を伝いながら、父親の隠し金庫にたどり着いた。


金庫を開けると、金のネックレス、指輪、ダイヤのイヤリング。そして、大きなダイヤの指輪が入っていた。


「お父様は何かを予感してたんだわ。だから、あたくしにここを教えておいたのね」


それらを袋に入れ、車椅子の隠しポケットに入れた。


「これは、いざという時以外使えない。早めに、寝床を探さないといけないわ。ホームレスの人たちはどこで眠っているのかしら?」


ホームレスを見たことないケリリは、ホームレスを探すところから始めた。


 その日の夜、小さなバック一つを足に載せて屋敷を出たケリリは、街を彷徨った。車椅子を押しながら、公園や駅の周辺を探し回る。


 ようやく橋の下で段ボールを敷いて眠っている一人の男を見つけた。


「あの...すみません」


 振り返ったのは、年齢は二十代半ばくらいで、汚れた服を着てはいるものの、強靭な体格は隠せなかった。


「なんの用だい」

上体を起こして、珍しいものを見るように、


「こんな所で何をしてる?あんたみたいなの、襲われて、ボロボロにされちまうぞ」


「私...住む場所がなくなってしまって...」


男はじっとケリリを見つめた。


「そうかい。じゃあ、今夜はここで寝なよ。俺の近くにいれば、襲われることはないぜ」


「事情も聞かずに、なぜ親切にしてくださるのです?」


男はじっとケリリの顔を覗き込むように見た。


「あんたの目はまだ生きてる。そう、直ぐに這い上がれるよ。ここらにいる連中の事情なんてみんな似たり寄ったりさ。何も言う必要なんざねえよ」


次の朝、ケリリは男に話しかけた。


「私はケリリ。あなたの名前は?」


「セバスチャンと呼んでくれ」


「本名なの?」


「本名は捨てた」


「ホームレスの方々はどこにいらっしゃるの?お会いして挨拶をしたいのだけれど」


「挨拶ってか。いいだろう。連れて行ってやるよ。ちょうど退屈してたんだ。あんた、何か面白いこと始めそうだしな。それに、俺の知り合いだと分かれば、連中に襲われることもないだろうし」


こうして、ケリリはホームレスとしての生活を始めることになった。



ホームレスたちに会いにセバスチャンの案内で公園に行くと、三人がテントの外にいた。


そこへ車椅子の車輪を回して前に行った。


「ケリリといいます。みなさんよろしくお願いします」


ホームレスたちは、ケリリよりも、セバスチャンを見ていた。


身長185センチ、体重110キロの強靭な肉体。


ホームレスたちの小声が聞こえる。


「あいつだろ、マフィアに殴られてたヨッシーたちを助けたの?」


「多分そうだ。格闘技好きのまーさんの話じゃ、元地下格闘家で、八百長の約束を破って、相手を半殺したやつに似てるっていってたぜ」


「噂じゃ誰ともつるまないって聞いてたのに、あんなお嬢ちゃんと一緒にいるとはな」


「お嬢ちゃんとやっちまったんだろ。へへへ」


ケリリは真剣な眼差しで三人を見た。


「皆さんのお話をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」


「俺たちゃ構わねぇけど、嫌がる連中もいると思うぜ」


「お話できる方だけで構いません」


三人の中の一人が媚びるような話し方をした。


「お嬢ちゃん、皆の話を聞きたかったらよ、酒とつまみを持ってきな。俺がみんなを呼んでやるよ」


「わかりました。買いに行ってきます」


公園で宴会が始まり話を聞くことができた。


ケリリは彼らがそれぞれ複雑な事情を抱えていることを知る。


 元銀行員、元教師、元IT技術者、元証券会社の社員、様々な人が、様々な理由で社会から脱落した人々だった。しかし、彼らには豊富な知識と経験があった。


ある日、ケリリは顔見知りになったホームレスたちに提案した。


「私たちには、噂話や情報を集めることができると思うんです。それらを分析して、商品として売れば、お金を得ることができるはずです。やってみませんか?」


「俺たちゃ噂話が好きだから集められるが、どうやって売るんだい」


「俺は闇金に追われてる。動いて捕まりたくねぇ」


「俺も、もうこのままでいいよ」


ケリリは質問に答える。


「では、情報を私が買います。まずは、街中にネットワークがある情報屋がいるという噂を流してください」


ケリリの話をまともに聞く人はいなかった。


彼女はポケットに手を入れ、大きなダイヤを取り出しこういった。


「必要な情報を捕まえた方には、お金を払います。信じていただけましたか?」


ホームレスたちの目の色が変わった。ケリリは続ける。


「全財産をセバスチャンに預けます。私を襲っても何も持ってませんよ」


こうして、ケリリを中心とした情報収集ネットワークが誕生した。


 情報の売上は一度ケリリが管理し、最も貢献した人に多く分配する。しかし、たとえ何もできなかった人にも、叱咤激励しながら最低限の分配は行った。


 組織のメンバーが稼いだお金は積み立てておき、ホームレス生活から脱出したい人には、その資金を提供する。


噂は噂を呼び、ケリリの組織は日々拡大していった。


ある時、セバスチャンはケリリに重要なことを伝えた。


「お嬢、組織は大きくなっていってる。こうなると、組織を統率するために、絶対的な権力者が必要になる。お嬢はこれから、女王として振る舞ったほうがいい」


「女王?わたくしが?」


「そうだ。入ってきた新人に車椅子を押させ、ムチで権力者であることを教えるんだよ」


「できないわ」


「これがみんなのためなんだ」


ケリリは下を向き黙り込み、しばらくして口を開いた。


「それがみんなのためなら、迷いません」


 そして今、ケリリは要塞のような屋敷の主として、セバスチャンに淹れてもらったお茶を飲んでいる。


 あの絶望的な状況から、ここまで這い上がってきた。車椅子のお嬢様から、ホームレスたちの女王へ。


「セバスチャン」


「なんだいお嬢」


「あの時、私を助けてくれて本当にありがとう。あなたがいなければ、私は今でも一人で街を彷徨っていたでしょう」


「お嬢の目が腐ってなかっただけさ。なにかをすると思ってたよ」










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