20乳 トゥエンティミルキー
ハジィがコスプレスケベをやめる最後の日に、受付の男性は大量の紙袋を渡してくれた。
「寂しくなるな。ハジィさんに着てほしくて、ファンの人たちが持ってきた物なんだ」
ハジィは笑顔で受け取る。
「歌もダンスも楽しかったよ。見せる用のパンツでも、ちらっと見せるのは、ちょっと恥ずかしかったけどね」
二人は電車に乗り、二日かけてウルペス山の麓に戻った。牛小屋に着くと、アルファは知り合いのおじさんを見つけて大きな声で呼んだ。
「おじさん久しぶり!牛を売ってよ」
「構わんけど、牛を買ってどうするんだい?」
「都会の人たちを幸せにするのさ。都会の人たちって可愛そうでさ、パンツを見て喜んでるんだ」
ポカンとしたおじさんの頭の上に?マークが浮かんでいる。
「何のことかわからんが、まあいい。どの子が欲しい」
アルファは指差した。
「えーと、あの子とあの子とあの子」
おじさんも牛を見ながら指差して確認する。
「アッコとよし子とすみれだね」
ハジィは慌てた。
「待って、待ってよ!三頭もいらないわよ!」
アルファはハジィの両手を握り、目を見ながら真剣に説得を始める。
「よく考えてよハジィ。都会は人が多いだろ。一頭じゃ少なすぎるよ。三頭はいると思うんだ」
ハジィも必死でアルファを説得する。
「三頭も買ったら私たち破産しちゃう。一頭でいいよ!」
キラキラした笑顔でニッコリ笑うアルファ。
「都会の人たちだって、幸せになりたいと思ってるんだよ。僕たちで幸せにしてあげようよ」
「そういうことじゃ......」
話を最後まで聞かず、ニッコリ笑っておじさんにお礼を言うアルファ。
「牛は大事にするよ。ありがとう!」
ハジィが止めるのも聞かず、全財産を叩いて牛三頭を購入してしまった。
あーあ、全財産が牛になっちゃった。
都会に戻って、乳搾りができるお姉さん一人を雇い、不動産屋に紹介してもらった居抜きの大きな元ぬくぬくパークを改装した乳搾りぬくぬくパークが今日の夕方開店することになった。
「本当に今日開店するのね…」
ハジィがアルファをこう説得して、トップレスをやめて水着に変えた。
「乳は水着でも二個あるから大丈夫よ!」
店内を見渡したハジィ。
「これは何の店なの?」
一段上がったステージの上、小さな椅子に座りながら、水着で乳搾りをするお姉さんが一人。そして、大きな牛が三頭。
ハジィはこの光景を見て、固まりそうになったが、自分を叱咤した。もう決して逃げないわ!
店構えはギンギンギラギラライトが回る、ぬくぬくパークそのものだ。
ライトのついた看板には、『18+2=20乳トゥエンティミルキー』
とふりがなまでふっている。アルファの案だ。
看板を見てハジィは思った。
待ってよ…牛18乳と人間2乳という意味よね。
牛が三頭で人間一人...なぜそうなるのか?
考えても仕方ないことよね。
何かの悟りを開いたのか、勢いよく声を出してすべてを肯定する。
「そうよ!計算なんてしょせん人間が作ったものよ!アルファの計算がわからなくたって、大した問題じゃないわ」
少し冷静になり声は小さくなった。
「そうよね?」
そして、この『20乳』という看板にお客は食いつき、次から次へと入ってくる。
お客が見たものは、一段高くなったステージ上ギリギリに、牛が横に三頭並び、牛が動いたときだけ、ちらりとお姉さんが見える、牛の乳搾りショーだった。牛が動かないと、お姉さんの手だけしか見えない。
お客が叫び始めた。
「牛じゃねぇか!」
「なんだよこれ、詐欺だろ!」
「女の手しか見えねぇーぞ!」
搾りたて牛乳を配るアルファは、クレームを言われてただ困惑しながら返答するしかなかった。
「何で怒ってるのさ。たくさんの乳があったでしょ。乳を見たでしょ。幸せになったよね。あなたが何を言ってるのか僕にはわからないよ」
一人のお客は怒り心頭で叫んだ。
「何が20の乳だよ!10人の女じゃなく、牛3頭に女が一人じゃねぇーか。しかも女は見えねぇ!それだけじゃねえ!牛3頭で12の乳。それに人間の2を足せば14だ!何がトゥエンティミルキーだ!二度とくるかこんな店」
「乳は人間じゃなきゃ駄目なの?牛の乳の方が大きいしミルクも取れるよ」
それを聞いていたハジィ。
全く理解ができないのよ。だって、アルファにとって乳は最強なんだから。
あたしたちは、ぬくぬくパークの意味もわかっていない。アルファは羊飼いなのに数を数えられない。商売なんて出来るわけないわよ。
でも、お客に怒られて困惑しているアルファを見てハジィはこう決意した。
あたしが頑張らないと。
もう、お金は残っていないわ。ここで返金すれば店は潰れてしまう。すべてを終わらせるわけにいかないのよ。
それに、トゥエンティミルキーって名前、かわいいと思っちゃったしね。
そう思い、ハジィはお客にひたすら土下座をして謝り続けた。
返金なんて絶対にするもんですか。謝ればなんとかなるわよ。
だって、人間って、みんなやさしいはずだもん。
事務所では、アルファは無邪気に貯まっていくお金を喜んでいる。
「ハジィ、今日もこんなにお客さんが来てくれたよ。何故かみんな怒ってるけどさ。僕はこう思うんだ。初めて幸せを感じて、戸惑ってるってね」
違うのよアルファ!
彼がいつもハジィに自慢げにいう言葉。
「僕は商売の天才なんだ!」
違うわよアルファ!
でも、アルファの笑顔を見ながらこう誓った。
トゥエンティミルキーを守って、お客様にも幸せになってもらうわ。
店じまいを終えたあと、突然旧友がトゥエンティミルキーを訪ねて来た。
昔、ウルぺス山へ療養に来ていて親友になったケリリだ。友人になり、ハジィは二ヶ月ほど都会にあるケリリの家に泊まらせてもらったことがある。
彼女は車椅子に乗りながら、同じホームレスを従えて、車椅子を押させてる。
乗馬用の短いムチを持ち、段差のある場所をガクンと押したホームレスを、後ろも見ずにムチで叩く。まるで、ホームレスの女王様のようだ。
「久しぶりハジィ。ホームレスになっちゃったけど、悪くはないわよ。ところで、この商売やめてくれない」
あの、か弱かったケリリが…どうなってるの?
「ケ、ケリリ...会えて私も嬉しいけど..なぜ...店に...」
「あなたの店に行ったお客から、たくさんのクレームがこのあたりを仕切っているマフィアに届いてるの。マフィアが動くと警察も動くでしょ。だから、私の組織に依頼してきたってわけ。店を潰してほしいってね。いい、伝えたわよ。早く締めなさい」
「ちょっと待ってケリリ。あなたが組織のボスなの?」
「そうよ、あたしが作った組織。もういいでしょ」
そう言うと、またケリリは短いムチを叩きながら、車椅子をホームレスたちに押させて帰って行った。
ハジィはケリリの心の奥底にあった、ウルペス山でたち上がった根性が、意外な方向に花開いたと感じた。
ケリリと入れ替わるように、大きな犬を連れた少年が、トゥエンティミルキーにやって来た。
「すいませーん」
「はーい」
ハジィが事務所から出てきた。
「あら、大きな犬ね。こんな夜中にどうしたの坊や?」
「僕はネロ。この犬はパトラッシュって言うんだ。これが僕の名刺」
名刺を受け取るとそこにはこう書かれていた。
なんでも屋
ネロ
電話番号
ネロは声を潜めハジィの耳元で話す。
「ハジィさんて言うんでしょ。かなりあくどい商売をしてるって、僕の耳に入ってるよ」
カチンときたハジィは思わず言い返した。
「あくどい商売なんてしてないわ!都会の人たちを幸せにしようとしてるのよ」
「隠さなくてもいいよ。蛇の道はヘビっていうでしょ。僕はね、何でも屋だから、どんなことでもハジィさんを助けられると思うんだ。どんなことでもね。困ったことがあれば連絡を頂戴」
ネロは大きな犬に声を掛けた。
「パトラッシュ、行くよ!」
「ワン」
そして、ネロとパトラッシュはどこかへ消えて行った。
ハジィは首をかしげて、
「何だったのかしら?」




