玉の輿
――その日の夜、21時40分頃――
新出 麗羅 (シンデレイラ)は、ギンギラギンギラの照明がちょうど消える直前、まだ開いていたトゥエンティミルキーに転げ込んだ。座り込んで、自分の足を見ながらつぶやく。
「やっぱり、ガラスの靴は割れちゃった。パーティーにも間に合わなかったし……」
両足とも、ガラスの靴はつま先部分しか残っていない。足はガラスの靴で切れ血まみれになっている。
「どうしよう……」
奥の事務所にいたハジィとロッジマイヤーが出てきた。
二人は振り向いた麗羅と目があったが、足の惨状を見たハジィが、
「ロッジマイヤーさん、事務所から救急箱を持ってくるわ!」
と言って慌てて奥へと向かう。
戻ってきたハジィは、麗羅の足に包帯を巻いてあげた。
半泣きの麗羅の口元が、ほんの少し笑い、自分の頭をげんこつで軽く叩く。
「ありがとうございます。見知らぬ人に助けられちゃった。テヘッ!」
ロッジマイヤーが靴を見て、説教を始めた。
「あなた、ガラスの靴で歩くなんて無謀ですわよ。だいたい、なぜそんな危ない靴を履いてるのです。拷問かなにかですの?」
麗羅は沈んだ声で話し始めた。
「今朝ね、玉の輿に乗りたくて、お金持ちが来るっていうパーティーのチケットを買ったんだ」
ハジィとロッジマイヤーは無言で話を聞いている。
「で、予算も少ないし、魔法使いに、かぼちゃを綺麗なドレスとガラスの靴にしてもらったの。だって、ガラスの靴ってロマンチックでしょ。まさか、割れるような靴だとは思わなかったんだけど。でね、本当のガラスって魔法使いに言われて、慎重に歩いてたんだけど割れちゃったんだよね」
ロッジマイヤーが、突き放すようにツッコむ。
「当たり前ですわよ!」
◇◇◇◇◇◇
きっかけは今朝のことだ。
麗羅はベッドに横たわり、広告を見ていた。そこには、身分を隠して王子もやって来る婚活パーティー、と書かれている。
《玉の輿に乗るには》
印象を残しましょう。決して安物のドレスや貴金属は身に着けないこと。背伸びしているのが相手に伝わってしまいます。
「高価なドレスなんか持ってないよ」
落ち込んだ麗羅は、ふと思いついた。
「そうだ、魔法使いを探せば安く済むわよね。以前、広告を取っておいたのよ。確かこの辺に置いたと思うわ」
「あった! 魔法使いに魔法をかけてもらうのって、結構高いのね。ダイヤの指輪と高価なドレス、それに憧れの童話のガラスの靴。魔法だと5万から10万円か。買うより安いけど」
ベッドに座り、自分に問いかける。
「麗羅、よく考えるの。玉の輿に乗ったら、10万円なんて安いものよ。リスクのない賭けに、美味しい思いはありえないものね」
通帳を広げ、預金残高を見た。
「家賃、光熱費、食費を含めれば、使えるのは5万円が限度ね」
ベッドの上に立ち上る。
「一か八か、5万円でチャンスゲット!」
パーティーチケットの予約と、一番安い魔法使いを探し出して予約の電話をかけた。
「時間はどのくらいかかります? すぐ終わりますよね? それじゃあ、次の金曜日の20時で」
ベッドで飛び跳ねる麗羅。
「これで、玉の輿! 大金持ち! イェイ!」
金曜日の20時、家の呼び鈴がなった。魔法使いが大きな、おばけかぼちゃを持ってやって来たのだ。テーブルの上で大きな包丁を使い、かぼちゃの真ん中をくり抜いた。
魔法使いが大きなおばけカボチャを持つとこう言った。
「下着はつけていていいわよ。早くこの中に入って」
かぼちゃの中に下から入った。
「かぼちゃを持ってて。で、これが靴よ」
中身をくり抜いた、やや大きめのかぼちゃを床に置いた。
「その中に、上から足を突っ込んで」
麗羅は躊躇した。
「これが靴になるの?」
「早く足を入れて。魔法をかけるわよ」
おばけカボチャを身に着け、大きめのかぼちゃに足を入れている麗羅が立っている。
魔法使いは両手を頭の横ぐらいに上げて回り始めた。
「回れまわれメリーゴーランド、回れまわれメリーゴーランド!」
おばけかぼちゃは綺麗なドレスに、やや大きいかぼちゃはガラスの靴に変わった。
かぼちゃの指輪はブランド物そっくり。頭には、奮発して買ったティアラを着け、懐中時計を首からぶら下げ胸元に入れた。
魔法使いが鏡を見せる。
思わず麗羅は、自分に見とれた。
「これがわたしなの。綺麗だわ」
魔法使いが説明する。
「では、5万円になります。使用できる時間は、2時間となっております」
「に、2時間だけ!?」
「さようでございます。お電話でご説明したはずですが」
「こんなとこで揉めてる場合じゃない。急がないと、時間がなくなっちゃうよ」
料金を支払い、外に出て、歩きだそうとしたとき、魔法使いが声を掛けた。
「お持ちください。お客様のご要望どおり、ガラスの靴でございます。お気をつけください」
「どういう意味なの?」
「ですので、ガラスの靴ですから。では、失礼します」
「割れちゃうってこと!?」
魔法使いは返事をせず、そそくさと車に乗り込み去っていった。
取り残された麗羅は、恐る恐る歩いてみる。
「大丈夫そうね」
もう少しだけ速めに歩いてみる。
「まだ大丈夫そうね。でも、無理はしないほうがいいわ。慎重に歩かないと」
首に掛けた懐中時計を胸元から引き出して見ると、麗羅は愕然とした。
「ほんの10歩歩くのに、5分以上かかってるわ。急がないと間に合わない」
少し歩く速度を上げた。
パリッ!
「あっ! 踵が欠けちゃった。慎重に歩かないと」
一時間たった頃。
「だめだわ。このままじゃ間に合わない! 速めに歩くしかないわ」
「ああー! 踵が完全に割れた! 何やってるの、あたし! 慎重に慎重に速く歩くの!」
パキッ!
「あああああ!! 反対の踵も割れた!」
胸から引き出し、懐中時計を見る。
「あと30分で魔法が解けてしまう。もういいわ。間に合うように歩くしかない!」
バキバキッ!
ガラスの靴が木っ端微塵に割れ、ガラスで足を切り、血だらけになった。
「痛い……もう歩けない。どこかで休憩させてもらおう」
周りを見渡すと、ギンギラギンの店が目に入った。
「あそこで休憩させてもらおう」
◇◇◇◇◇◇
麗羅は、ハジィとロッジマイヤーを交互に見た。
「でね、ここにたどり着いたの」
22時の鐘が鳴った途端に、魔法がとけ、ドレスは大きなおばけかぼちゃに戻り、靴は残っていた前部だけがかぼちゃの破片になった。
ロッジマイヤーが麗羅に聞く。
「あの、かぼちゃの馬車なのでは?」
少女はロッジマイヤーを馬鹿にしたように答えた。
「あなた、何を言ってるの? 馬車みたいな大きなかぼちゃがあるわけないでしょ。魔法使いでも、質量まで変えられないのは常識よ」
少女は立ち上がると、こう叫んだ。
「次はきっと、パーティーに間に合わせる! いい男に出会うためには、たとえ足がずたずたに引き裂かれようと、走り続けてみせるわ!」
麗羅は、ハジィとロッジマイヤーに頭を下げた。
「見ず知らずのあたしを介抱していただき、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません。何かあれば、絶対に駆けつけますから」
そう言うと、少女はおばけかぼちゃを落とさないように両手で持ち、半分だけ残ったかぼちゃの靴を、ゴトゴトと音を立てながら歩いて帰っていった。
「ハジィさん、設定は童話ですわよね」
「だと思うけどハロウィンでもないのに、あの格好で帰らなきゃいけないなんて。現実は厳しいものよね。それにしても、今日は変わった一日だったわ」




