ケリリ再び
日差しの強い日だった。
ハジィとアルファがトゥエンティミルキーへの出勤途中に、向こうからパトラッシュが屋台を引き、その隣をネロが歩いてくるのが見えた。
ハジィが声を掛ける。
「ネロ、この間はゾンビの情報ありがとう。今日は何をやってるの」
「表の仕事さ。夏の間はかき氷屋さんを手伝ってるんだ。またね」
すれ違いざまに見えたのは、屋台を後ろから押している真っ白い服を着た女性だった。
ネロと彼女の会話が聞こえてきた。
「今日は気温が35度を超えそうだから、ネロがかき氷を販売してくれる。私は氷を溶かさないように魔法に集中したいから」
ハジィがアルファに聞く。
「彼女って雪の女王じゃない? 小銭を稼ぐために山から降りてきたのよね?」
「そうだと思うよ。もう夏だから、かき氷の季節さ」
「魔法に集中しないと、氷が溶けるって言ってたわ。雪の女王も大変なのね」
二人はトゥエンティミルキーに着いたが、ケリリがホームレスたちを連れて店の前で待っていた。
「ハジィ、この一ヶ月はクレームがなかったようだけど、あたしはこんな店、絶対に認めないわ」
「ケリリ、なぜなの? あたしのこと嫌いになったの?」
「好き嫌いじゃないわ。詐欺だからよ」
ホームレスたちの中から、殺気のこもった声が響いた。
「俺にやらせてくれ。そいつら詐欺野郎どもに体でわからせてやる。悪は滅ぶべきからな」
一人の男が前に出た。
「俺はケリリさんの組織に所属している、元棒術の師範だ。仲間にはガッチリと呼ばれている」
男は服を脱ぎだした。
上半身裸、そして下半身は、あそこのあたりだけをガッチリと包帯で固めている。
「これが由来さ」
ロッジマイヤーが目を見開いた。
「なんですのその格好は! はしたないにも程がありますわよ!」
棒術使いは胸を張った。
「二百年続いた我が流派の正装だ。道場は俺の代で潰れてしまい、ホームレスになってしまったがな。なぜ、道場生が来なかったかお前にわかるか!」
ロッジマイヤーの怒声が飛ぶ。
「そんな格好をしないといけないから、入門者が来なかったのでしょ!」
棒術使いは誇らしげに叫んだ。
「そのとおりだ! 最近の若者は身なりで強さを判断しやがるのさ。クソ!」
「当たり前ですわよ。よく二百年もそんな格好で続いたものですわ」
だが、アルファだけは緊張した面持ちで男を見つめていた。
「動物の中には、素早く動けるよう、ボールをお腹に隠して逃げたり、狩りをするものもいるんだ」
ガッチリが解説を始めた。
「あそこが野放しの場合、あらゆる動作の動きが0.0001秒遅くなる。わかりやすい例えで言えば、反復横跳びだ。左に動き、右に戻るとき、バットと二つのボールがどう動くかを想像すればわかるはず。横だけではない。前後に動けば、同じように縦にも動くのだ。我が流派が負け知らずでここまで続いてきたのは、この0.0001秒速く動き、相手の攻撃を紙一重で避けることができるからだ!」
ロッジマイヤーは鼻で笑った。
「たいして大きくないように見えますが、それを自慢なさるのですか」
「バカめ。小さいから俊敏に動けるというのがわからんのか!」
ハジィは心の中でつぶやいた。
小さいことを自慢してるけど、誰も突っ込まないわね。あたしも、ここは流したほうが安全だわ。
アルファがすっと前に出た。
「僕はアルファ。野生動物がたくさんいる山で羊飼いをしていたんだ。子供の頃は、動物を捕まえて遊んでたのさ」
「何を言っている、小僧!」
アルファは意に介さず、ただ歩いてガッチリへ近づいていく。
「止まらぬと、この棒で突き飛ばすぞ!」
それでもアルファは、変わらぬ歩調で近づき続けた。
棒の先端が、アルファの鳩尾を狙って伸びてくる。
スッと横に動きかわした。
「おじさんの棒より、羊や山羊のほうが速いや」
「ほう、これならどうだ!五段突き!」
棒が五連続で襲いかかる。まるで、五本の棒が一度に襲いかかってくるように見える。
だがアルファはすべてをかわし懐に入ると、棒を握る両手をつかみ、足をかけて後ろに倒した。
「羊の毛を刈るときは、こうするんだよ」
仰向けになった棒術使いの体に、アルファがまたがるように座り込む。
羊飼いが羊を落ち着かせるときのように、自分の両足で男の体を挟み込んで固定した。
男が暴れようとするたび、アルファは足の力加減を調整し、動きを封じる。
「ほら、羊もこうやって大人しくするんだよ。それで――」
空いた片手で、男の両腕を胸の上で一まとめに掴んで制する。
「こうやって、お腹から首、背中って順番に毛を刈っていくんだ。わかった?」
そう言って、アルファは棒術使いに羊飼いの技を見せ、両手を離した。
立ち上がったガッチリは、怒りに顔を紅潮させる。
「油断しただけだ。これならどうだ!」
突如、不規則な反復横跳びを始めた。あそこは全く動かない。
アルファの一瞬の隙を突いて横へ回り込み、棒を叩きこむ。
しかし、棒は地面を叩いただけだった。
アルファは、すでに目の前に立っている。
「おじさん、遅いよ。それじゃウサギも捕まえられない」
そう言って、アルファは棒術使いを軽く押した。
男は大きくよろめき、後方へ飛ばされて尻もちをついた。
アルファはケリリに向き直る。
「ケリリ、僕たちはトゥエンティミルキーで、みんなを幸せにしてお金持ちになるんだ。悪いことはしてないよ」
「アルファが真面目なのは知ってるわ。でも、今のやり方は卑怯よ。だって、ぬくぬくパークで牛の乳搾りなんて、変な店でしょう」
「そうかな? ぬくぬくパークで人の乳やパンツを見るほうが、よっぽど変だよ。だいたい、それで幸せになれるわけないじゃないか」
「それが男性の欲求なの。アルファも男性なんだから、わかるでしょう?」
「ハジィの乳…おっぱいは見たいけど、他の人のは見たいと思わないよ。ハジィのパンツだけ見たってなんとも思わない。裸は見たいけど」
ハジィは顔を赤らめ、慌てて叫んだ。
「アルファ! 何をみんなの前で言ってるの!」
困ったような真面目な顔で返答する。
「だって、ケリリが聞くから答えただけだよ」
セバスチャンが、ケリリに声をかけた。
「お嬢は、面白い人たちと友達なんですね。クレームもなくなったし、真面目か不真面目かわかりませんが、まあ、いいじゃないですか」
「でも、セバスチャン……」
「お嬢は真面目すぎるんですよ。この世の中には、もっとあくどい連中もいます。どうしても決着をつけたいなら、俺がやりますがね」
それを聞いて、アルファは笑った。
「やるって、僕と喧嘩するってこと?」
「そうなるな」
「そうなの?じゃあ、喧嘩は嫌いだから僕は逃げるよ」
セバスチャンは苦笑した。
「お嬢、逃げられたら戦えません。帰りましょう」
ケリリは車椅子の上で、ため息をついた。
「ハジィもアルファも、真面目にやりなさいよね」
セバスチャンは笑いながら車椅子を押し、こう言い残した。
「アルファ、ハジィ、ロッジマイヤー。また会おうぜ。俺はセバスチャンと呼ばれてる」
モーモーモーモー!
牛舎から、サリーの鳴き声が響いた。
ロッジマイヤーが通訳する。
「サリーが、『わたくしを忘れるな』と言っておりますわ」
アルファは、去っていくケリリの背中に声をかけた。
「ケリリ! 君に怒られないように、どうすればいいか考えてみるよ!」
セバスチャンが、ケリリの代わりに片手をあげた。
トゥエンティミルキーに戻り、三人は話し合いを始める。




