ジャックのくれた豆
アルファは、トゥエンティミルキーの店の入口をウロウロしている青年に気づいた。
様子をうかがうように近づき、声をかける。
「どうしたの? 入りたいの?」
青年は落ち着かない様子で、もじもじと視線を泳がせた。
「僕さ、今日18歳になったんだ。でも……恥ずかしくて入れないんだよ」
それを聞いたアルファは、ふっと笑顔になる。
「なんだ。お乳が見たいんだね」
青年はぽっと顔を赤らめ、黙ってうなずいた。
「じゃあ今日は誕生日なんだね。入んなよ。僕からのプレゼント」
青年はぱっと明るい笑顔になった。
「ありがとうございます。僕はジャック。七代目のジャックなんだけどね」
牛のショーを見ているうちに、ジャックはつい独り言を漏らしてしまう。
「これが大人への第一歩なんだね。ブラジャーで隠れていた牛の乳が、外れて見えた瞬間……すっごく興奮するよ。 大人はみんな、こんな楽しみを知ってるんだ。これで僕も、大人の仲間入りなんだね。嬉しいな」
興奮気味のジャックに、アルファは搾りたての牛乳を手渡した。
「ありがとうございます。これが大人が飲む牛乳なんだね」
一口飲んだ瞬間、ジャックの目が見開かれる。
「美味しいや。こんな牛乳、初めてだよ」
それを見たアルファは、満足そうに微笑んだ。
「幸せになれただろ」
ジャックも、きらきらとした笑顔で答える。
「うん!」
ショーを見終えた後、ジャックは再びアルファを見つけ、興奮した様子で駆け寄った。
「こんな世界、初めて知ったよ。お礼に、この豆をあげる。 200年ぐらい前、ご先祖様がこれを植えたら、天まで伸びて天界に行ったんだって」
アルファは、相変わらずの笑顔で首を振る。
「いいよ、そんなの。ジャック、大人の世界へようこそ」
するとジャックは、少し言いにくそうに打ち明けた。
「実はね……お金がなくて、この豆と交換に入れてもらおうと思ってたんだ。でも無理だと思って、言い出せなかった。だから、これだけは受け取ってほしいんだ」
そう言って豆を渡すと、ジャックは手を振りながら帰っていった。
その背中を見送りながら、アルファは小さく呟く。
「ジャック、大人になったんだね。自信がついたのか、入店前より大きく見えるよ」
―――
翌日、トゥエンティミルキーの開店前。
食事の時間になると、皆の前には料理が並んだが、アルファの前にだけスープが置かれていた。
「ハジィ、ロッジマイヤーさん。本当に僕だけ、このスープ飲んでいいの?」
ハジィは顔をしかめる。
「アルファが作ってほしいって言ったから作ったけど……200年前の豆のスープなんて、怖いわよ」
ロッジマイヤーも、真剣な眼差しで続けた。
「そうですわ。お腹を壊しますよ。飲まないほうがよろしいと思います」
だがアルファは、まったく気にしていない様子だ。
「大丈夫さ。乾燥豆だから腐ったりしないよ。それに、ジャックからもらったものだから捨てられないんだ」
そう言うと、スープを飲み始める。
「美味しい!」
一気に飲み干し、満足そうに息をついた。
「あー、美味しかった」
次にパンへ手を伸ばそうとした、その時。
「ハジィ、ちょっとトイレ行ってくる」
「いちいち言わなくていいわよ」
ハジィとロッジマイヤーが二人で食事を続けていると、突然アルファの叫び声が響いた。
「助けてー!」
二人は顔を見合わせ、慌ててトイレへ向かう。
そこには、脱いだズボンを押さえたまま、細い豆の木に持ち上げられて空中に浮かぶアルファの姿があった。
それを見たロッジマイヤーの脳裏に、断片的な情報がつながる。
――200年前。ジャック。急激に伸びる豆の木。
「……!」
「聞いたことがあります。天界まで届いた豆の木の話を。 ハジィさん、豆の木がお腹の中で発芽して、お尻から出てきたんですわ。このままでは、天界まで行ってしまいます」
豆の木は勢いよく伸び、アルファの体もどんどん上昇していく。
「助けてー!」
「アルファー!」
「ハジィさん、一緒に登るしかありませんわ。豆の木に掴まりますわよ」
「せーの!」
二人は豆の木に飛びついた。
豆の木は勢いよく伸び、アルファの頭が店の天井を突き破った。
細い幹は空へ向かって伸び続け、三人の体を空へと運んでいく。
太陽の光を浴びた部分は、一瞬で光合成を始め、みるみる太くなっていった。
その光景を、牛舎から牛のサリー、すみれ、よしこが黙って見上げている。
やがて雲が見えてきたが、豆の木の成長は止まらない。
必死にしがみつきながら、ハジィが叫ぶ。
「ロッジさん、このままだと雲まで突き抜けちゃうよ!」
ロッジマイヤーは冷静に答えた。
「心配しないでください、ハジィさん。天界まで到達すれば、成長は止まるはずです。その後、アルファさんを助けて地上に戻りましょう」
三人は、ついに雲の上へと抜け出した。
そこでは、つんつん頭の普通の大きさのヒーローが、上半身だけで五十メートルはあろうかという巨大な菩薩と戦っていた。
「菩薩なんかに、オラ絶対負けねぇ!ウォー! スーパーコケコッコ3!」
体が光に包まれ、ヒーローの髪はモヒカンへと変わる。
菩薩は、諭すような口調で怒りを込めた。
「天界を暴れ回ったことが悪いと、まだ分からないのね。猿よ、石の中に閉じ込めることにしました!」
「やれるものなら、やってみろ!」
つんつん頭は腰を落とし、胸の前で両腕を交差する。
「うさぎ大王光線!」
交差した腕の間から、光のようなものが放たれ、菩薩へと伸びていく。
「ウォオオオオオー!!」
だが、菩薩は右掌でそれを受け止めた。 光線は、まったく通じていない。
「猿よ、もうおよしなさい。罰として、緊箍児呪を頭に嵌めます。この輪は、崇高な人間以外、外せません」
ヒーローの頭に、金の輪が嵌められた。
「こんなもの、オラには無駄だ!」
両手で輪を掴み、力任せに引っ張る。
「ウォオオオオー!!」
「お前には外せませんよ。諦めなさい」
その様子を見て、ロッジマイヤーは唖然とした。
「ハジィさん……天界のようですわ……菩薩がいます」
「なんか、話が混じってない?」
「いいえ。元の中国の話に戻っただけですわ」
「つんつん頭のヒーローって、中国の話だったの?」
「後でご説明します。それより、天界まで来たので、豆の木の成長は止まったようです。アルファさんのところまで登りましょう」
その時、菩薩が三人に声をかけた。
「あなた達、ここは天界です。早く地上へ降りなさい」
二人は豆の木を登り、アルファの元へ辿り着く。
「アルファ、大丈夫?」
「ハジィ、豆が発芽しちゃったよ」
「大丈夫です。ハジィさん、そちら側からアルファさんのお尻を押してください。私は反対側から押します」
二人は右手でお尻を押さえ、左手で足首を掴んだ。
「せーの!」
ポンッ。
豆の木が抜け、その先に豆の花が咲いた。
だが次の瞬間、アルファの体重が一気にかかり、ロッジマイヤーの手が滑る。
「あっ!」
ハジィの腕に重みが集中する。
「ダメー! 滑っちゃうよー!」
そのまま、手が外れた。
落下していくアルファ。
「アルファー!」
「ハジィー!」
その時、天界に菩薩の声が響いた。
「ラバーラバーの腕!」
菩薩の腕が伸び、落下するアルファを掴み取る。 腕は、そのまま元に戻っていった。
ロッジマイヤーが思わず叫ぶ。
「ラバーってゴムよ! 怒られるわよ!」
菩薩はアルファを顔の前に持ち上げ、静かに告げる。
「ここは天界です。人間が来てよい場所ではありません。二度と来てはいけませんよ」
「うん。豆は全部食べたから、もう来られないから大丈夫だよ」
菩薩はアルファを豆の木へ戻した。
「この豆の木は後で引き抜きます。急いで地上へ戻りなさい」
「ありがとう」
屈託のない笑顔で答え、三人は豆の木を降りていく。
背後で、菩薩とヒーローの会話が聞こえた。
「おめえ、いいやつだな」
菩薩は穏やかに微笑む。
「猿よ、これ以上天界で暴れるでない。三蔵法師と共に旅をするなら、許してやろう」
「三蔵法師? そいつは、つぇーのか?」
「三蔵法師は強いぞ」
「そうか。オラ、ワクワクすっぞ」
その会話を聞きながら、ロッジマイヤーが小さく呟いた。
「ツンツン頭のヒーローは、三蔵法師とボールを探すのかしら」




