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【第2章準備中】呪いのせいで「女嫌い」と呼ばれる黒獅子殿下は、呪い集めの令嬢と共に解決方法を探す  作者: 杵島 灯
第1章

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5.検証中

「ところで、殿下」


 呪具の棚を覗き込みながら、イーリスが尋ねてくる。


「殿下の呪いが発動したのは二年前だったと伺いましたが、そのころ殿下がおられたのは王宮ではなくて、辺境伯領なんですよね?」

「ああ」


 フィンが『女性に()れられない』という呪いを自覚したのは二年前、十九歳のときだ。

 もしもうっかり接触してしまうと、自分だけでなく相手の女性にも、叩かれたような衝撃が発生してしまう。


 最初にこの『呪い』を自覚した相手は侍女だった。

 辺境伯令嬢のクラリッサが王都へ旅立つのを見送ったあと、一緒に見送りをしていた侍女が邸内へ戻ろうとしたときによろめいた。彼女に手を貸した際、叩かれたような衝撃が来たのだ。


 フィンは彼女が自分を嫌って手を払ったのかと思った。彼女も同じことを考えたのか、怯えた様子でフィンを見ている。互いの表情を見てどうやら誤解だと気づき、理由は分からないながらもフィンも、侍女も、その場はぎこちない空気のまま流した。

 そのあとも同様のことが繰り返されるうち、フィンは“女性に触れられない”という自分の状態を認識するに至ったのだ。


 このせいでフィンはまず、舞踏会を避け始めた。女性の手を取ってダンスなど当然できないし、そうでなくとも会場には女性が多いのだから、いつ、どこで、うっかり触れてしまうか分からない。

 次にフィンは侍女を遠ざけることにした。女性騎士との打ち合いもなるべく断った。も軍務などで治療が必要になった場合、男性の医療従事者が来るまで頑として自身の様子をみせようとしなかった。

 そういった行動を繰り返すうち、辺境伯の屋敷では「フィン殿下は女性が嫌い」という噂が流れるようになってしまっていた。


「殿下は辺境伯領へ行かれてからずっと、王宮にはお戻りになっていないのですか?」

「いや。一度だけ戻ってきている」


 そこで口を閉ざしても良かった。イーリスも特に問いを重ねることなく、ただ静かに呪具の棚を見つめているばかり。彼女の周りに漂うふわりとした空気には押しつけがましさや詮索めいた色もなく、この部屋の空気も「話したければ話してください」と告げるかのような優しい沈黙だった。


 もし答えたくないのなら、しばらく黙っていればいい。イーリスは何かまた別の質問をしてくるだろう。

 それが分かったからフィン口元を緩める。不思議と、自分から先を語りたい気分になったのだ。


「私は五年前に辺境伯領へ旅立った。実践を含む剣術の修行ということになっていたが、それは表向きの理由だ」


 ことの発端はフィンの兄、第一王子ロレンツが病に倒れたことだった。

 ロレンツは体が弱く、昔から「長くは生きられないだろう」と囁かれていた。ついにその時が来てしまったのだろうと誰もが覚悟していたある日、王宮に仕える人々のあいだで奇妙な病が流行り始めたのだ。


 特定の症状はない。ただ、ひたすらに衰弱していく。原因は分からず、薬も治療も一切効かないうえに、感染経路も不明のまま、混乱する王宮内で病は徐々に広まっていく。

 フィンが辺境伯領へ急ぎ発たされた真の理由はこの“謎の病”の流行にあった。つまり「兄王子はもう駄目かもしれないが、せめて弟王子だけは助けるべきだ」と周りの人々が考えたのだ。


「私が辺境伯領に移り住んで二か月も経たぬうちだったか。……母が亡くなったと連絡が来た」


 最後に見送ってくれたときは元気だった母王妃が、あのあと病に倒れたのだと思うとやりきれない。


「病が蔓延(まんえん)している時期だったこともあり、母の葬儀はしばし見送られた。時が経って流行が収まり、兄の容体も戻ったということで、ようやく葬儀がおこなわれたそうだ」

「はい。私も参列いたしました。たくさんの方が悼んでおられる姿に王妃様のお人柄が偲ばれて、さすがは聖女であられた方だなと改めて感じ入ったのを覚えております」

「ありがとう。話を聞かせてもらえて嬉しい。私も参列したかったが……王宮への帰還が許されなかったからな」


 完全に病が終息したとは言えないから、と言われては諦めるしかなかった。

 フィンがようやく母の墓前に立てたのは葬儀から半年以上も後のこと。その数日が、この五年で一度きりの帰還だった。


「お寂しいことですね」


 先ほどからイーリスの声は静かに心に響く。フィンはかすかに微笑み、首を振った。


「もう何年も前のことだ」


 さすがに母を恋しがる年齢ではない。だが、見送りもできなかった自分は不孝者だろうか。そんな思いが頭をかすめることはある。


「ではせめて。亡き王妃様が天で安心していただけるよう、殿下の呪いを晴らさなくてはいけませんね」


 イーリスの声が先ほどの調子を取り戻したので、フィンは思わずくすりと笑う。つられたように笑って、イーリスは手の中の品を差しだしてきた。


 途端にフィンは顔をひきつらせる。


 渡されたのは仮面だった。

 白磁のように滑らかな表面に切れ長の目が描かれて、口元はにやりと吊り上がった線で刻まれていた。

 だが、笑っているはずなのに、不自然さばかりが際立つ。まるで感情のない者が「笑み」という仕草だけを真似したかのようだ。


「……これを着用するのか?」

「はい!」


 嫌々ながらも顔に当ててみると、何もしていないのに仮面はピッタリと張りつく。どうして、と思うと同時に、不思議と笑いがこみあげてきた。


「ふふ……ふふふ……」


 なにがこんなにおかしいのかと冷静な自分が問いかけてくるけれど、とにかく笑えてしまって仕方がない。


「ははは……あははははは!」


 フィンは床に膝をつき、腹を抱え、身を二つにして笑い始めた。

 やがて少しずつ息苦しくなってくる。笑いが止められずに息を吸う暇がないせいだ。しかも口元までを覆う仮面が邪魔するせいで、わずかな吸気の時間では思った以上に空気が胸に入ってこない。


 フィンの心に焦りが生まれる。だが、口からは出せるものは相変わらず笑い声だけ。心の中だけで「どうすればいいんだ」と叫んだとき、


 ――パリン。カシャン。


 高い音が響いたかと思うと仮面が二つに割れた。唐突に笑いが途切れ、喉に空気が流れ込んでくる。

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら顔を上げると、近くでしゃがんだイーリスは、フィンの頭上に手をかざしたまま、さかんに目を瞬かせていた。よく見ると手には木の棒らしきものを持っている。それで仮面を落とそうとしていたのか。


 身を起こしたフィンが汗で張りつく前髪を払っていると、イーリスが「うーん」とうなる。


「殿下にお渡ししたのは『道化(どうけ)の笑い(めん)』と呼ばれる品です。装着した者はひたすら笑い続けて、呼吸ができなくなってしまうのです。その前に外そうとしたんですけど……」


 床に落ちた白い仮面は、五つほどののカケラになっている。


「……なんか、すまん」

「いいえっ、お気遣いなく!」


 机から一枚の紙を持ってきて広げ、イーリスは面の破片を慎重に拾い上げる。


「『道化の笑い面』がこんな挙動をするなんて聞いたことがありません。もう壊れかけていたせいなのか、それとも何か別の効果が働いたのか……これはあとで調べてみる必要がありますね!」

「……君にかかると、どんな呪いであっても楽しいものになるんだな」

「うーん? でも、殿下だって楽しいでしょう?」


 フィンは沈黙をもって返事とする。ただし口元に浮かんだ笑みは今しがたのものとは違い、自然なものになっている自覚があった。

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