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【第2章準備中】呪いのせいで「女嫌い」と呼ばれる黒獅子殿下は、呪い集めの令嬢と共に解決方法を探す  作者: 杵島 灯
第1章

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12.帰途

 買い物を終えて元の路地に戻ると、荷馬車はいなかった。

 イーリスによれば「ここに停めていると邪魔になるので、いつも別の場所に置いている」らしい。

 その場所へ行こうかとフィンは提案したのだが、イーリスは「頃合を見てハンナはここに来るから、はぐれないように待っていた方がいい」と言う。

 それで今のフィンはイーリスと並び、馬車が来るのを待っているところだった。


 この夜手に入れた呪具は、香水瓶、人形、小さな毛糸玉、櫛だ。


「物入れでもあれば良かったな」


 フィンが言うと、呪具を抱えたイーリスは上機嫌のまま「そうですねえ」と答える。


「ただ、今日はすごくいい日なんですよ。いつもならこんなに何個も見つかったりしないんです。日によっては呪具が見つからないまま帰るときもあるくらいですからね」

「それだとつまらないだろう?」

「いえいえ。だからこそたくさん見つかったときの喜びはひとしおになるんですよ。このあいだは――」


 言いながらイーリスがフィンの方へ体を向ける。と、腕から毛糸玉がぽろりと落ち、石畳を転がっていった。


「あらっ!」

「私が行こう。君はそこにいてくれ」


 フィンは地を蹴って駆けだすが、運の悪いことに前方は下り坂だった。毛糸玉は石畳の傾斜に沿って軽やかに転がり続けて止まる気配を見せない。それでもなんとか追いつき、左足の内面に毛糸玉を当ててポンと跳ねさせ、胸の前で握りこむ。荒い息を吐いてイーリスの様子を確認し――フィンは今以上の速度で猛然と走り出した。


 残してきたイーリスが数人の男に囲まれていたのだ。


 下卑た笑みを浮かべる彼らは酒瓶を握っている。そういえば近くには酒場があった。あそこで飲んでいた連中が若い女性(イーリス)を見つけ、酔いに任せて絡んでいるのだろう。

 男のひとりが手を伸ばす。イーリスの頬に触れ、続いてぐっとつかんだ。その光景を見た途端、フィンのこめかみが脈打ち、全身に熱が走る。胸の奥で炎が噴き上がる。その熱さに任せてフィンは()えた。


「彼女に触れるな!」


 別の男が振り返り「ツレがいたのか!」と言いながらフィンの方へ酒瓶を振り上げる。それよりもフィンが男の顎を掌で跳ね上げるほうが早かった。飛ばされた男が壁にぶつかり、持っていた酒瓶が派手な音をたてる。


「なんだこいっ……! ぐっ!」


 フィンは違う男の鳩尾(みぞおち)へ膝を叩き込み、うずくまった背中を肘で叩き伏せる。残りの男が殴りかかってきたが迷うことなくかわし、肩口を掴んで石畳に叩きつけた。もうひとりの気配を背後に捉えて肘打ちを与える。

 短い間に、数人の男が呻き声と共に地面へ転がるばかりとなっていた。


 彼らを一瞥することなくフィンはイーリスの元へ駆け寄る。


「怪我はないか?」


 イーリスからの返答はなかった。目を丸くした彼女は珍しく呆然とした様子でフィンを見ている。


「どうした? 大丈夫か?」


 手を伸ばしたが、触れることはできない。むなしく宙で止めて、そこで思い出した。


 ――いま自分は、思いきり“他者”と接触していた。


 本当は「女性に触れられない呪い」なのに、最初に話すとき「“他者”に接触できない」と偽った。イーリスに「女性にさわりたくて必死なのだ」と思われるのが、どうしても嫌で。

 イーリスの表情は、そのことを見抜いたからではないのか。


「あ……いや、これはだな」


 弁明の言葉を述べかけたとき、近くから「おおっ!」と声が上がった。


「こいつらを倒したのは兄ちゃんか?」


 酒場の扉が開き、明かりのともる店内から何人かの客が顔を覗かせている。駆け寄ってくるのは店主らしき初老の男だ。


「いやあ助かった! こいつら、酔っぱらっちゃあ通りすがりの人に絡むもんで、みんな迷惑してたんだ。だけど腕っぷしが強いもんで、誰も手を出せなくてなあ。それをひとりでやっつけちまうなんてすげえよ、アンタ!」


 集まってきた人々が賞賛の声をあげながらフィンを囲む。広くはない道が一気に熱気を帯びた。

 その中でフィンはちらりとイーリスを見た。彼女はマントの中に呪具を隠している。笑顔を見せていることに安堵はしたものの、肝心の弁明をする機会は失われてしまった。


 どうしようか悩んでいると、ガタガタと音をたてて一台の荷馬車が近づいてくる。御者台に座っているのはハンナだ。



 後始末は任せろ、と言ってくれる店主の言葉に甘え、フィンとイーリスは荷馬車に乗り込んだ。


「これを」


 言ってフィンは馬車の床に毛糸玉を転がす。毛糸玉は猫の玩具ほどの小ささだ。直接渡そうとしたら、うっかりイーリスに触れてしまうかもしれなかった。

 イーリスは転がってきた毛糸玉を取り、フィンに頭を下げる。


「ありがとうございます。私がこれを落としてしまったせいで、大変なことになってしまい、申し訳ありません」

「いや。……ところで」


 フィンはようやく弁明ができると思ったのだが、それより先に馬車が動き出してしまった。またしても舌を噛みそうな揺れが来る。仕方なくフィンは黙ってしまうしかなかった。


 公爵邸へ向かう馬車の荷台は、来たときと同様に人の声はない。

 気まずさを覚えながらフィンはそっとイーリスの様子を窺う。彼女はどこか上の空で、ときおり思い出したように買った呪具を手に取って弄んでいた。しかし夢中になっている様子がないのは、やはり先ほどのフィンの行動のせいなのだろうか。


 偽りを口にしたせいで不審を抱かせたか。

 あるいは暴力の現場を間近で見て恐怖を感じたのか。


 せめてこちらを一度でも見てくれたら、取り繕う努力ができるのに。そう願うフィンの思いとは裏腹に、イーリスはフィンのほうへまったく顔を向けない。

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