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【第2章準備中】呪いのせいで「女嫌い」と呼ばれる黒獅子殿下は、呪い集めの令嬢と共に解決方法を探す  作者: 杵島 灯
第1章

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11.静かな影たち

「行きましょう」


 イーリスに促され、フィンは一度振り返る。ハンナはまだ顔を隠したまま立っていた。


「彼女はいいのか?」

「はい。これから行く路地は狭いので、二人までならまだしも、三人以上になるとさすがに目立っちゃうんですよ。だからハンナは馬車と一緒に待っててもらいます」

「そうか、悪いことをしたな」

「いいんですよ。呪具店に行きたい若様(わかさま)をご案内するほうが重要ですからね!」

「行きたいわけでは……」


 確かに「行きたい」と言ったが、あれは場の勢いのようなもので、心から行きたかったわけではない。

 だがそれよりも気にかかるのは、年下のイーリスに「若様」と呼ばれていることだ。なんだか少し気恥ずかしい。


 ――もっと別の言葉でもいいだろうに。


 同時に「では、どの言葉なら良かったのか?」という疑問が湧く。

 たかが短時間の呼び名ひとつ、何であっても良いはずだ。


 ――これはなんだろう。


 妙にもやもやとする自分の気持ちをはかりかねて黙っていると、「もうひとつ」と言ってイーリスが顔を覗き込んでくる。フィンは思わず後退った。


「これから行く場所は初めての人だと“飲まれて”しまう可能性があります。気をしっかり持ってくださいね」

「あ? ああ、分かった」


 よく分からないなりにうなずくと、イーリスは軽やかに歩き出した。彼女に続いて路地に入った途端、フィンは息を詰まらせる。

 馬車を降りたあの通りも決して大きくはなかった。人影も少なかったし、街灯も乏しかった。しかしこの路地に比べれば、先ほどまでいた場所がいかに明るく、いかに賑やかであったかとフィンは思い知らされるような気がした。


 この路地は、あまりに闇が濃い。


 建物の壁が押し寄せるように迫り、突き出した屋根が頭上を覆うようにして星明かりを遮っている。

 壁に並んだ窓はすべて閉じられ、中には板で打ちつけられているものさえあった。どこからも光は届かない。


 しかし、闇を濃くしているのは物理的に光が遮られているせいだけではないだろう。先ほどから胸の奥を押さえつけられるような重さがある。それは、路地に満ちる空気そのものが淀んでいるからかもしれない。

 こんなところを歩いてイーリスは平気なのだろうか。


 汚泥と淀んだ水の臭いとが充満する中、顔をしかめたフィンが目の前の令嬢を案じつつも路地の奥へ進んでいくと、青白い明かりが揺れる界隈に到着した。左右にぽつぽつとある明かりは合計で十か、もう少し多いくらいか。そういえばイーリスが言っていた。


『だいたいは裏通りにあって昼は普通の骨董屋さんとか古道具屋さんを装っていましてね、夜になるとひっそりと小さな明かりが灯るんです』


 到着したんだな、と思いながらフィンは少しフードを上げて周囲の様子を窺う。


 思いのほか客は多い。その誰もがフィンたちのようなフード付きのマントを着用し、顔のほとんどを隠している。

 かすかな音がして視線を移すと、誰かが扉の向こうへ静かに吸い込まれていくところだった。


 ひっそりとした場でひっそりと影が動く様子は、己の心の仄暗い部分を隠そうとする様子に似ている。

 呪具を求めるほどの強い思いがあるというのに、その気持ちを闇で覆って見せまいとするから、ここの闇はさらに深くなるのではないか?

 多くの闇が集まって濃くした中に、また同じ闇を持つ者が魅せられてやってくる。そうしてこの路地はすべての闇を受け入れる。


 フィンは空を見上げて立ち尽くした。


 闇の集まるこの場に来たのだから、フィン自身も皆と同じ闇の一部。

 あそこで食い入るように手の中の品を見つめている老人も、何かを呟きながら辺りを見回している若者も、店の中で座って誰かが来るのを待っている店主も、すべてが自分だといえるはず――。


 びりっとした感触が体に伝わってフィンは肩を震わせた。

 見ると、イーリスが右の手のひらをフィンの二の腕に近づけているところだった。実際に触れてしまうまであと、握り拳ひとつぶんくらい。


「あらら。実験してたのに、見つかっちゃいました」

「実験?」

「いえいえ、検証です」


 にこっと笑って腕を降ろし、イーリスは近くの店を指す。


「聞いてください、若様。この店の扉は蝶番に念が染み込んでるんです。前に見たときは何も感じなかったので、きっと取り替えたばかりですよ。もしかしたら一緒に呪具を仕入れてるかもしれません、入ってみましょう!」


 フィンはふっと苦笑する。イーリスから警告してもらっていたというのに、うっかり“飲まれて”しまったらしい。


「……ありがとう、助かった」

「いえいえ、お礼を言うのはまだ早いです。ちゃんとした呪具があるかどうかは実際に見てみないと分かりませんからね!」


 どうやら「気にするな」ということらしい。

 これなら頼りないと思われても仕方がないな、と苦笑しながらフィンはマントのフードを下げ、イーリスに続いて店内へ入る。


 中は外観よりも広く見えた。壁際には背の高い棚がいくつも並んでおり、そのうちの一角は、すでに脇へ押しやられている。棚の下には小さな車輪のような金具が取り付けられており、滑らせて動かした痕跡が床に残っていた。おそらく昼間用の“ただの古道具”を並べた棚をどけたということなのだろう。


 残った棚には古そうな道具錆びついた燭台や古そうな鏡、柄に大きな傷の入った短剣などが雑然と並んでいる。その中の一つ、若草色の古びた香水瓶を目にしてイーリスは、


「んんん?」


 と小さな声を上げた。

 イーリスがカウンターの向こうに声をかけると、店主の女性がぼそぼそと何かを答える。改めて彼女に近づいたイーリスが更に何か言葉を重ねた。

 その様子を何となく眺めていたフィンは、ふとイーリスの背後へ視線を移し、細く開いた扉の向こうを見て動きを止める。


 暗い路地の先へ、フードを深くかぶった影が歩み行く。

 遠目ではあるが、あの後ろ姿は。


 ――クラリッサ……?


 イーリスの交渉が終わったらしい。香水瓶を大事そうに抱える彼女が、フィンを見て小首を傾げた。


「若様、どうしました?」


 答える前にイーリスはフィンの視線の先を追った。「あ」と小さく言って歩み出す。


「待っ――」


 フィンは反射的に声を掛けようとしたが、イーリスは扉の向こうに行こうとしたわけではなかった。彼女は扉横の、壁掛け棚に座っていた一体の古い人形を取り上げたのだ。

 人形の大きさは本と同じくらい。体は薄汚れた布で縫い合わされ、薄茶のボサボサの髪は(ほど)いた麻布のようなもので作られている。鼻は無く、糸で縫い付けられた目と口は大きく歪み、泣いているような、笑っているような、少々不気味な表情を浮かべていた。


 イーリスはしばらく人形を眺めたあと、にっこりと笑う。


「若様、お目が高い! これは(まぎ)れもなく呪具ですよ!」


 イーリスはフィンがこの人形に見入っていたのだと思ったらしい。宝物を見つけたような笑みを浮かべ、再び店主に歩み寄る。


「さすがは“(わす)()(びん)”を置いているほどの店ですね、こんな人形が呪具だなんて普通は絶対に分かりませんよ! ということで、これを呪具だと見抜いた私にぜひお譲りを!」


 再び熱心に交渉を始める声を背に、フィンは外をのぞいた。そこには濃い闇が沈むばかりで人影はどこにも見えない。

 しばらく目を凝らしたあと、フィンは小さく息を吐き、扉を閉めた。


 昨日顔を合わせたとき、クラリッサは呪いへの嫌悪を隠そうともしなかった。そんな彼女が呪具店の並ぶ路地裏へ姿を見せるはずがない。――今のはきっと、ただの見間違いだ。

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