第6話
閣議の終了を告げる椅子の音が、大広間に重く響いた。
列席者たちがそれぞれの案件を抱えて退室していく中、ノーラも書類束を胸に抱えて出口へ向かう。
その途中、背後から低い声がかかった。
「女官長殿、少しお時間を」
振り返れば、ルディが立っていた。
いつも通りの柔らかな笑み……だが、どこか真剣さが混じっている。
「今度、時間をいただけませんか。場所は問いません」
言葉に含みはない。それでも、今までの軽口とは違う響きがあった。
ノーラは一瞬だけ言葉を探し、
「……業務がありますので」
とだけ答えて歩き出した。
足取りは乱さない。それでも、自分の胸の内に微かなざわめきを感じていた。
その日の午後。
机に向かっていると、後輩の若い女官が控えめに近づいてきた。
「女官長さま……あの、ルドルフ様のことなのですが」
「……何かしら?」
顔を上げると、彼女は小声で続けた。
「実は……あの方、本気らしいですよ。女官長さまのこと」
ペン先が止まる。
「根拠は?」
「宰相閣下にも、女官長殿の話をしていたと聞きました。かなり真面目な調子で」
後輩の声はひそやかだが、妙に確信めいていた。
ノーラは視線を落とし、書類の文字を追った。
(……本気? あれだけ誰にでも人気がある人が?)
だが、文書庫で見たあの速さ、先日の祝典での的確な指摘――その記憶が、否応なく胸の奥に浮かぶ。
「……くだらない噂話は控えなさい」
そう告げて再びペンを走らせる。
しかし、筆先はわずかに震えていた。