第3話
王宮の文書庫は、石壁に囲まれたひんやりとした空気と、紙とインクの匂いに満ちている。
午前の業務を終え、必要書類を取りに向かったノーラは、扉の前で足を止めた。
すぐ近くで、女性の声がしたのだ。
「……ずっと、あなたの働きぶりを見てきました」
真剣な声色。
声の主は事務官の娘らしい、深緑の制服を着た若い女性だった。
そして、向かい合うのはやはり――ルドルフ。
彼は軽く片眉を上げ、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「それは光栄です。でも……あなたのように聡明な方なら、私よりも良い相手を見つけられる」
言葉は丁寧だが、拒絶の間合いが絶妙にやわらかい。
女性は小さく頷き、去っていった。
入れ替わるように、ノーラが文書庫の前を通る。
ルディは微笑みを変えず、軽く会釈した。
「おや、女官長殿。よくお会いしますね」
「……そうですね。なぜか、あなたの“お話”の場面ばかり」
「偶然でしょう」
「三度も続けば、偶然とは言えません」
ノーラは視線を合わせず、扉を押して中へ入った。
内心は静かに決まっていた。
(……もう確定。この人は絶対ダメ)
だが、その日の夕刻、内務評議の席で同じ机に並んで座ることになるとは、まだ知らなかった。