第1話
赤と白の旗が宮廷の屋根から下ろされて、まだ三年。
戦は終わっても、修復と調停の日々は続く。人材は足りず、王宮でも女性が要職を担うのが珍しくなくなった。
若くして女官長となったエレオノーラ――ノーラも、そのひとりだ。
正午の中庭は、冬でも日差しが柔らかく、石畳に淡い影が落ちている。
その一角で、若い女官が立ち止まり、両手で何かを差し出していた。
白い花束。
「……ずっと、憧れておりました」
かすかな声が、冷えた空気を震わせた。
相手は背の高い若い行政官、ルドルフ――通称ルディ。
戦後の混乱期に頭角を現し、今や最も勢いのある役人のひとりだ。
彼は花束を受け取らず、軽く片手を上げて微笑む。
「光栄ですが、これは私にはもったいない。どうか、あなたにふさわしい方に」
声音は柔らかく、けれど退けることに迷いがない。
その横を、書類を抱えたノーラが通り過ぎた。
すれ違いざま、ルディが視線を上げ、涼しい顔で一礼する。
「女官長殿、良い日和ですね」
「……ええ、職務には支障のない天候です」
淡々と返し、足を止めずに歩み去る。
内心、ひとことだけ。
(ああいう軽い人は、仕事相手にしないほうがいい)
ノーラはその日、午後からの会議で彼と同席することになっているとは、まだ知らなかった。