表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これはたぶん、最初じゃない  作者: 星山 秀
第一章 始まりを繰り返す者
9/9

第九話 笑う者たちの記録

もうすっかり外が暑くなって夏が近づいてますねー。

その前に梅雨か。。





 昨日の夢の中、誰かがこう言った。


 ──「生きているうちに、ちゃんと笑っておけ」


 その声に応えるように、今朝の空はいつもより晴れていた。


 


 目覚めた俺は、少しだけ空を見上げる余裕があった。

 いつもの風景。いつもの道。けれど、少しだけ違う。


 昨日までの俺は、“記録に追われる者”だった。

 でも今日、ほんの一瞬だけでも、“今”を生きる者になれている気がした。


 


「おい、神永ー!」


 背後から聞こえる声。

 振り向くと、笑顔の総士が片手を上げて駆け寄ってくる。


「なあ、澪ちゃんがな! 職員室前で先生に囲まれてたぞ!」


「……囲まれてた?」


「いや、“質問攻めにされてた”って意味な! 別にリンチとかじゃねーよ?」


「……朝からうるさいぞ」


 


 そこへ、澪がやってきた。制服の襟元を直しながら、ため息ひとつ。


「先生たち、私のこと“真面目すぎる”って言うの。

 でもさ、何かを守るにはそれぐらい必要でしょ?」


「なにそれ、急に使命感?」


「……学校じゃなくて、世界救う方の話してない?」


「ちがっ……比喩! たとえ話だから!」


 


 沈黙。

 一拍置いて──総士が頭をかきながら、くくっと笑った。


「……マジで、お前ら揃って中二かよ」


 


 次の瞬間、風に乗って笑いが弾けた。

 そんな風に笑える日が、何日ぶりだったか分からない。


 


 昼休み。屋上に出ると風が気持ちいい。


 総士はパンをかじりながら空を見上げ、澪は小さくあくびをした。


「最近、夢を見るんだ」


 ふいに、澪が呟いた。


「夢?」


「うん……あたたかくて、でも悲しい夢。

 手を伸ばしても届かない誰かを、いつも追いかけてるの」


「……それ、誰だった?」


「分からない。でも、きっと知ってる人」


 


 その言葉の余韻が残る中──


 


「おいおい、なんだこの空気。

 二人して昼ドラやってんのか?」


 いつの間にか、総士がパンを片手に立っていた。

 ニヤニヤしながら、明らかに聞いてた様子。


「なっ……ち、違っ!」


 澪が一歩引き、俺は言葉を詰まらせた。


 総士は頭をかきながら、くくっと笑った。


「まあまあ、青春ってやつだな。ごちそうさん」


 


 風が通り過ぎる。

 でもその直前までの空気は、ほんの少しだけあたたかかった。


 


 放課後、俺は旧校舎の渡り廊下を歩いていた。

 無意識だった。理由もないのに、身体が勝手に動いていた。


 そして、その先に──人影があった。


 


 窓の外に佇む黒い影。

 フードをかぶり、顔は見えない。


 だが、昨日見た“記録喰い”とは明らかに違った。


 そいつは“観察者”ではなく、“訪問者”だった。


 


「……神永哉。記録の匂いが濃くなったな」


 聞こえたのは、落ち着いた男の声。

 その響きは妙に澄んでいて、威圧感とは無縁だった。


「誰だ、お前……」


篁朧たかむら おぼろだ。お前の“記録の番人”のひとり」


 


 その名に、覚えがあった。


 初めて“記録”に触れたとき、脳裏に響いた低い声──

 あれが、こいつだった。


「今日はただ、“確認”に来ただけだ。

 お前が“道を外れていないか”、それをな」


「俺は──」


「言い訳は不要だ。

 ただ、“笑えているうちは大丈夫”ということだけは覚えておけ」


 


 そう言って、朧は静かに消えた。

 まるでそこに最初から存在しなかったかのよう




その晩、澪からメッセージが届いた。


《明日、ちょっとだけ付き合って》


 それだけ。

 でも、彼女の言葉の裏には、“何か”があると分かっていた。


 


 翌日。

 放課後、澪に連れられて向かったのは、駅前の古いカフェだった。


「ここ……?」


「うん。前に一度来たことがあるの。

 記録とは無関係な、“普通の場所”に行きたくなって」


 


 中は静かで、落ち着いた雰囲気だった。


 俺たちは窓際の席に座ると、なんでもない話をした。

 好きな食べ物、昔のクラス、飼っていた猫の話。


「ねぇ、哉くんって──どんな夢見るの?」


「夢……最近は、昔の誰かと話してる夢ばっかりだ」


「それって、記録?」


「わからない。でも、見てる最中は……悲しくて、でも、救われてる気がする」


 


 澪は微笑んだ。

 そして、ホットココアを一口すする。


「……それ、きっと“未来の記録”だよ」


「未来?」


「うん。“まだ選んでいないはずの選択”が、夢に滲み出てるの。

 私も、たまにあるから。……あなたと一緒にいた時間が、夢になるとき」


 


 その言葉に、胸が強く揺れた。


(未来の記録……)


 それが見えてしまうということは、

 俺たちは、やはり“もう何周も繰り返してる”んだろうか。


 


 帰り道、ふたりで並んで歩く。


 夕焼けが、建物の影を長く伸ばしていた。


「ねぇ」


 澪が、ふいに立ち止まった。


「哉くんは、怖くない?」


「何が?」


「これからのこと。記録のこと。……敵と、戦うってこと」


「……怖いよ。

 でもそれ以上に──“この日常を失うほうが怖い”」


 


 その言葉に、澪は小さく笑った。

 そして、そっと俺の手を握った。


「それなら、守ってみせてよ。

 ……私の笑える日常も」


「……ああ。守る」


 


 その約束のような言葉が、空へと消えていった。


 


 ──そして数日後。


 学園の掲示板に、ひとつの違和感があった。


 「転入生のお知らせ」──そこには、見慣れない名前が書かれていた。


 


 天城零あまぎ れい

 転入理由:海外からの帰国。成績優秀。推薦入学。


 


 だがその名を見た瞬間、俺と澪は──同時に背筋を凍らせた。


 その名前が、

 “かつての記録の中”に存在していたことを、記憶していたからだ。


 


 そしてその日、教室に現れた零の瞳は──真っ黒だった。


 


 その瞬間、総士がぽつりと呟いた。


 


「……記録が動き出したか」


 


 その声は誰に届くでもなく、ただ教室の空気に滲んだ。

 けれど確かに、俺の記録の奥に──刻まれた。


最後までご覧頂きありがとうございますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ