第七話 共鳴の扉、その名を知る時
遅くなって申し訳ございません。
仕事の方が長引いてしまって投稿出来てませんでした。。
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放課後の風が、いつもより深く身体を撫でた。
その感触は、空気というよりも“誰かの記憶”に触れられているような、不思議な重みを持っていた。
遠くでカラスが一羽、静かに鳴いた。
その鳴き声が、合図だった。
「ねえ、神永くん」
横を歩く澪が、唐突に口を開いた。
少しだけ俯いた横顔には、どこか昨日よりも影が差しているように見えた。
「……昨日、戦ったとき。あれが本当に“あなた自身の力”だったって、分かったの」
「……俺にも分かった。“自分じゃない”と思ってた動きが、結局、俺の一部だった」
「記録が動いたからよ。記録は、記憶よりも深い。
何を考えたかよりも、“どう感じて、どう選んだか”が残るもの」
その言葉に、胸の奥がわずかに疼いた。
自分の中で確かに“目覚めかけている何か”が、反応している気がした。
二人並んで歩道橋を渡る。
下を流れる車の流れが、まるで別の世界のように遠い。
現実と現実のあわいに、自分たちだけが立っている──そんな感覚。
「でも、ね」
澪が立ち止まる。
「まだ“記録の本質”には触れていない。
私たちは今、ようやく“扉の前”に立っただけ。
開くには──もっと深く、触れなきゃいけない」
そのまま、土手まで歩いた。
いつもの河川敷。
階段に腰を下ろして、風を感じながら、俺たちはしばらく沈黙していた。
「神永くん」
「……ああ」
「私たち、“繋がってる”と思う?」
「……思う。根拠はない。でも、確信はある」
「ふふ……正直な答えね」
澪は、そっと手を差し出した。
その指先に、わずかに風が絡む。
俺はためらいながらも、その手を取った。
指先が触れた瞬間、脳が“何か”を感知した。
頭の奥がざわめく。
視界が、二重に揺れる。
そして──変わった。
──赤い空。
──瓦礫と煙、崩れた都市。
──その中央で、誰かが立っていた。
白い外套。肩には三本足の黒い鳥の羽根。
「これは……澪……?」
「ううん、これは私じゃない。……私の“記録”よ」
彼女の声が、耳元ではなく“心”に届くように響いた。
「記録共有が始まってる。あなたの記録と、私の記録が重なり始めてるの」
そのとき、視界の端に人影が現れた。
仮面の男。
黒い外套。
でも、これまでの敵とは違う──彼の目には“人間の感情”があった。
悲しみ。怒り。そして、諦め。
「彼は、前の世界で……私を守って死んだ人」
「……お前の、仲間?」
「ううん。“あなたのかつての姿”だった人」
心臓が、跳ねた。
目の前の男が、かつての“自分”だったという感覚が──信じられないほど、しっくりきた。
「私たちは何度も、何度も、世界を繰り返してる。
そのたびに、何かを忘れて。何かを残して」
「じゃあ俺は、何度目なんだ」
「九度目。これが──“最後の記録”」
その言葉に、重力が乗った。
視界がゆっくりと戻る。
土手の風景。澪の手の感触。
全てが“今ここ”に繋がっているのに、胸の奥だけが別の場所に残されていた。
「“八咫烏”って……知ってる?」
唐突に、澪が尋ねた。
「名前だけは……聞いたことがある。俺の中に」
「それが、あなたの“本当の家系”よ。
八咫烏は、世界の裏で戦いを続けてきた影の一族。
表に名を出すことはない。でも、全ての“記録”を保持し、運命を正す者たち」
「じゃあ、俺は……」
「あなたは、その中核にいた。……でも、記録が分断されて、あなた自身はそのことを覚えていない」
カラスが空を横切る。
風がまた、記憶を連れて吹き抜けた。
「私も……八咫烏に関係している。
でも、私は“外の血”だった。
だからこそ、あなたの“鍵”になれる」
「鍵?」
「記録は、“誰か”によってしか開けない。
持ち主自身の意志だけでは、到達できない領域があるの。
それを開けるのが、“記録の番人”──それが、私」
風が止んだ。
空は、静かに暮れていく。
その赤は、あの記憶の空と、どこか似ていた。
「神永くん。……お願いがあるの」
「……何だ?」
「今度、もう一度記録を“共鳴”させてほしいの。
私の奥にある“もう一つの記録”……あなたじゃない誰かが見ていた記録を、一緒に見てほしい」
「……分かった」
気づけば、迷いはなかった。
恐怖も、疑念も、今はただ“繋がっていたい”という感情に塗り潰されていた。
澪の指先が、そっと離れる。
その温度だけが、手の中に残っていた。
「また明日」
「……ああ」
そして俺は、澪の背中を見送りながら、思った。
“八咫烏”──
その名が何を意味するのか。
なぜ、俺が“今ここに”いるのか。
全ての答えは、きっと“次の記録”にある。
最後までご覧頂きありがとうございましたm(_ _)m