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これはたぶん、最初じゃない  作者: 星山 秀
第一章 始まりを繰り返す者

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第二十話 それでも選ぶ


 夜明け前の街は、呼吸を止めたように静かだった。


 窓を開けると、冷たい空気が流れ込む。

 遠くで新聞配達のバイクが走り去り、鳥が一声だけ鳴いた。


 ――均衡が、薄い。


 それは感覚だった。

 確証はない。だが、間違いでもない。


 総士が学校から離れ、澪が留めない選択を始め、

 俺が“同じ場所に集める”ことを諦めた。


 その結果、世界は静かに歪んでいる。


(……来る)


 大きな何かが、ではない。

 むしろ、小さな崩れが連鎖する。


 それが、この世界の本気だ。


 スマホが震えた。


《今、揺れた》

 澪からの短いメッセージ。


《どこ》

《校区の外。体育館の方向》


 嫌な位置だ。


 総士からも、ほぼ同時に来る。


《外、変だ》

《音が遅れて聞こえる》


 位置は違う。

 だが、同じ“現象”。


 俺は、即座に決めた。


《動く》

《集合はしない》

《役割通りで行く》


 返事は、すぐに来た。


《了解》

《分かった》


 それだけで十分だった。


 ――同じ場所にいなくても、同じ判断ができる。

 それを、今日証明する。


 家を出ると、空はまだ薄暗い。

 街灯が残り、道路は湿っている。


 走りながら、空白を開いた。


 文字は、もう命令しない。

 ただ、状況を記す。


『均衡点、分散』

『観測誤差、拡大』

『介入方法――未定』


 未定。

 それが、今の答えだ。


 体育館に近づくにつれ、違和感は濃くなる。


 音が、ずれる。

 足音が、遅れて返ってくる。


 視界の端で、景色が一瞬だけ二重になる。


 ――“記録喰い”とは違う。


 これは、記録が剥がれかけている。


「……やっぱり来たか」


 篁朧が、体育館の影から姿を現した。


「今回は、止めに来たんじゃない」


「分かってる」


 俺は立ち止まらない。


「世界が、最終確認に来た」


「ええ」


 彼女は、苦く笑う。


「第一章の、ね」


 体育館の扉が、軋みながら開いている。

 中から、低い振動音。


「……中に、人は」


「いない」


 即答。


「いない状態で起きている。

 だから、危険度が高い」


 誰もいない場所で起きる異変は、

 次に人を呼び込む。


 それが、世界の誘導だ。


「総士は?」


「外周」


 篁が言う。


「“動く者”として、

 最初に接触する役を引き受けた」


 澪は。


「校区の境界」


 頷く。


「留めない。

 流す判断を続けてる」


 完璧じゃない。

 だが、最善だ。


 体育館に足を踏み入れた瞬間、

 空気が変わった。


 床が、わずかに波打つ。

 天井の照明が、遅れて揺れる。


 世界が、一拍遅れて存在している。


「……原因は?」


「関係の断絶」


 篁が、淡々と言う。


「名を持った者たちが、

 同じ場に集まらなくなった」


「それが?」


「世界は、

 “中心”を必要とする」


 中心。


 俺は、はっきり言った。


「それは、もう作らない」


 篁の視線が、鋭くなる。


「それでも?」


「それでもだ」


 床の波打ちが、強くなる。


 ――来る。


 体育館の中央、

 空間が、歪んだ。


 何かが“現れる”のではない。

 何もないはずの場所が、意味を持ち始める。


 観測者。


 だが、これまでの影とは違う。


 形が、定まらない。

 複数の影が、重なっている。


「……最終段階だ」


 篁が、低く言う。


「世界が、

 “一つに戻れ”って言ってる」


 その瞬間、

 体育館の床に、三つの影が浮かんだ。


 総士。

 澪。

 そして――俺。


 影が、引き寄せられようとしている。


 集まれ。

 中心を作れ。


 世界の、最後の要求だ。


 俺は、深く息を吸った。


「……拒否する」


 影の引力が、強まる。


 それでも、言葉を続ける。


「同じ場所に集まらない」


「同じ役割に戻らない」


「同じ結末も、選ばない」


 空間が、軋む。


 観測者の声が、重なって響く。


「――代替案を提示せよ」


 待っていた言葉だ。


 俺は、迷わず答えた。


「分散したまま、束ねる」


 沈黙。


 次の瞬間、

 体育館全体が大きく揺れた。


 世界が、

 その選択を“理解しようとしている”。


 総士の声が、インカム越しに届く。


《外、来た》

《記録喰いじゃない》

《人の形をしてない》


 澪も。


《境界、流れ切らない》

《でも、留めない》


 ――よし。


「行ける」


 俺は、呟いた。


 第一章は、

 “一緒にいる物語”では終わらない。


 離れたまま、同じ答えを出せるか。

 それを、世界に突きつける。


 ここからが、本番だ。


 体育館の床が、ゆっくりと“呼吸”を始めていた。


 揺れではない。

 振動でもない。


 存在そのものが、一拍遅れて応答している。


 観測者の影は、中央で形を定めきれずに滲んでいる。

 複数の輪郭が重なり、ほどけ、また重なる。


「……世界が、迷ってる」


 篁朧が、低く言った。


「拒否される前提で、

 代替案を用意してなかった」


 それだけ、前例がない。


 “分散したまま束ねる”という選択は、

 世界の設計思想そのものに反している。


 体育館の外周。

 総士は、アスファルトに片膝をついていた。


 空気が、裂けている。


 目の前の“それ”は、

 人の形をしていなかった。


 腕の数も、脚の位置も曖昧。

 だが、動きだけが異様に人間的だ。


 躊躇。

 探る視線。

 攻撃前の間。


「……真似してんのかよ」


 総士は、歯を食いしばる。


 先駆者。


 最初に動き、最初に危険を引き受ける名。


 だが、今回は違う。


(……突っ込むな)


 哉の言葉が、頭に残っている。


 総士は、動かない。


 相手も、動かない。


 数秒の沈黙。


 それだけで、世界の圧が増す。


「……来るなら、来い」


 総士は、構えを解かないまま言った。


 迎え撃たない。

 だが、逃げもしない。


 それが、今の彼の答えだった。


 一方、校区の境界。


 澪は、ひとりで立っていた。


 見えない“流れ”が、彼女の周囲を通過していく。


 留めない。

 だが、放置もしない。


 流れの角度を、ほんの少しだけ変える。


 それだけで、

 衝突は避けられる。


(……これが、錨の新しい形)


 止めるために立つのではない。

 ぶつからないために、そこにいる。


 額に、冷たい汗。


 留めない判断は、

 留めるよりも集中力を削る。


 だが、澪は歯を食いしばった。


(……私は、正解じゃない)


(……通過点でいい)


 体育館内部。


 観測者の声が、重なって響く。


「――分散は、効率が悪い」


「――中心を欠いた構造は、崩壊する」


「――記録は、収束を求める」


 俺は、中央に立ったまま、動かなかった。


「効率は、世界の都合だ」


 一つずつ、否定する。


「中心は、奪われる」


「収束は、停滞だ」


 床の歪みが、強くなる。


 天井の照明が、次々と消える。


 闇。


 だが、完全な暗闇ではない。


 三つの場所が、微かに光っている。


 外周の総士。

 境界の澪。

 そして、ここにいる俺。


 分散した光。


 観測者が、初めて言葉に詰まった。


「――同期が、成立している」


 それは、驚愕だった。


 同じ場所にいない。

 同じ視界を共有していない。


 それでも、

 判断のタイミングが揃っている。


 総士が、動いた。


 人ならざるものが、一歩踏み込んだ瞬間。


 避ける。


 攻撃しない。

 追わない。


 相手の“次の動き”を奪う。


 それだけで、

 存在が不安定になる。


「……そうか」


 総士が、気づく。


「こいつ、

 俺が“先に行く”前提で

 作られてる」


 先駆者が突っ込む世界線。


 それを、

 最初から拒否する。


 存在が、揺らぐ。


 境界で、澪が息を詰める。


 流れが、一瞬だけ集中した。


(……来る)


 留めない。

 だが、逃がさない。


 澪は、立ち位置を半歩ずらした。


 それだけで、

 流れは彼女を避けるように通過する。


 衝突が、消えた。


「……通った」


 声が、震える。


 体育館で、俺は一歩前に出た。


「見ているな」


 観測者に向けて、はっきり言う。


「俺たちは、

 中心を必要としない」


「役割が、

 互いを参照している限り」


 観測者の影が、激しく揺れた。


「――新しい記録形式……」


 その瞬間。


 体育館全体が、

 大きく沈み込む。


 世界が、書き換えを始めた。


 総士の視界で、

 人ならざるものが、霧のように崩れた。


 澪の周囲で、

 流れが散り、消えていく。


 そして、中央。


 観測者の影が、

 ゆっくりと縮小する。


「――確認」


 重なった声が、一つにまとまる。


「分散状態での同期、成立」


「中心不在構造、暫定許容」


「……第一章、最終確認へ移行」


 来た。


 世界は、まだ終わらせない。


 最後の問いを、投げるつもりだ。


 俺は、息を整えた。


 ここで揺れれば、

 すべてが否定される。


 だが、揺れなかった。


 遠くで、

 総士の声。


《まだ、行けるな》


 澪も。


《……大丈夫

 離れてても、分かる》


 俺は、小さく笑った。


「……ああ」


「だから、行く」


 第一章は、

 もう“戻る話”じゃない。


 戻らなくても、選び続ける話だ。


 体育館の沈み込みが、ゆっくりと止まった。


 揺れは消え、音も戻る。

 だが、空気の密度だけが、元に戻らない。


 世界は、まだ問いを手放していない。


 観測者の影は、中央で一つに収束していた。

 以前のような“人の形”ではない。

 輪郭は曖昧で、どこから見ても同じに見える。


「――最終問い」


 声は、単数だった。


「分散構造は、持続可能ではない」


 床に、細い亀裂が走る。

 破壊ではない。

 警告だ。


「いずれ、判断のズレが生じる」


「同期は崩れ、因果は逸脱する」


「その時、誰が責任を負う」


 問いは、俺に向けられている。


 ――中心を作らないなら、

 ――誰も背負わないなら、

 ――失敗した時、どうするのか。


 俺は、一歩も動かなかった。


「……背負う」


 短く答える。


「だが、中心としてじゃない」


 観測者の影が、わずかに揺れる。


「説明を求める」


「いいだろ」


 俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「判断がズレた時、

 俺は“正解を押し付けない”」


「選択の結果を、

 束ねて引き受ける」


「誰か一人の失敗を、

 全体の失敗にしない」


 沈黙。


 その間、外周で総士が、静かに息を吐いた。


 境界で、澪が目を閉じる。


 二人とも、聞いている。


 同じ問いを、

 別の場所で受け取っている。


 観測者が、続ける。


「それは、非効率だ」


「犠牲が増える」


 総士の声が、インカム越しに割り込んだ。


《……それでも》


《“全部救う”よりは、マシだ》


 澪も。


《失うことを、

 最初から織り込むなら》


《選び直せる》


 観測者が、初めて沈黙した。


 長い沈黙。


 世界が、

 答えを評価している時間。


 体育館の天井。

 消えていた照明が、一つずつ戻る。


 だが、すべては点かない。


 “完全な明るさ”は、戻らない。


「――承認」


 その言葉は、重かった。


「第一章の選択を、

 暫定的に承認する」


 床の亀裂が、静かに消える。


 観測者の影が、薄れていく。


「ただし」


 一拍。


「世界は、

 次の段階で試す」


「分散が、

 人ではなく“意志”として成立するかを」


 それだけを残し、

 影は完全に消えた。


 体育館は、ただの建物に戻った。


 外周。


 総士は、その場に座り込んでいた。


 呼吸を整え、

 空を見上げる。


「……終わった、のか」


 誰に言うでもなく、呟く。


 返事は、すぐに来た。


《終わった》

《第一章は》


 境界。


 澪は、ゆっくりとその場を離れた。


 留めない判断を続けた身体が、

 ようやく緊張を解く。


「……戻らなくて、よかった」


 小さく、そう言った。


 体育館の中央。


 俺は、深く息を吐いた。


 空白を開く。


 文字は、もう増えない。


 代わりに、

 余白だけが残った。


 そこに、最後の記述が浮かぶ。


『選択は、

 集まらなくても、

 共有できる』


 夜明け。


 三人は、同じ場所にいない。


 だが、

 同じ時間を生きている。


 総士は、街の端で朝日を見る。


 澪は、通学路で立ち止まり、

 空を見上げる。


 俺は、家の窓から、

 同じ色の空を見ていた。


 世界は、まだ危うい。

 均衡は、常に揺れている。


 それでも。


 戻らないことを選び、

 進むことを選んだ。


 それが、第一章の結論だ。


 ――始まりを、繰り返す者。


 だが、次は違う。


 次に始まるのは、

 選び続けた先で、世界と対話する物語。


 ここからは、

 誰かの記録ではなく、

 意志の物語だ。


 第一章、完。


 第二章へ。


第二十話にて第一章終了となります!

次回から第二章に突入させて頂きますので宜しくお願いいたします(>人<;)

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