表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これはたぶん、最初じゃない  作者: 星山 秀
第一章 始まりを繰り返す者
2/9

第二話 黒い鳥と、呼び覚まされる感覚




 翌朝。

 ノートに残された「またここからか」という走り書きが、頭から離れなかった。


 あれは確かに俺の筆跡だった。

 記憶にないのに、手が覚えていた。

 手首の感触。ペンを握ったときの重さ。書き終えた後に走る軽い痺れ。


 それらすべてが、“本物の自分”を証明していた。


 だけど──思い出せない。

 ただ、胸の奥がひどくざらついている。

 喉の奥に微かな鉄の匂いを感じる。

 あれは、きっと“現実じゃない現実”の匂いだ。


 


 靴音を響かせながら、いつもの登校路を歩く。

 少し湿ったアスファルト。

 空は晴れているのに、頭の上に見えない雲がのしかかっているような感覚。


 視界の端で、自転車のブレーキ音が引っかかる。

 その音が、昨日の“銃声”と混ざった。

 心臓がひとつ、大きく跳ねた。


 


 昇降口を抜け、教室に入る。

 まるで舞台装置みたいに整った光景がそこにある。


 同じ顔ぶれ。

 同じ席順。

 同じ雑音。


 だけど、その整いすぎた空気に、俺だけがうまく混ざれない。


 


 席に着くと、窓際から二つ前に座っている朝倉あさくら みおが、文庫本を読んでいた。

 顔を上げ、こちらをじっと見てくる。


「……眠れなかった?」


「……まあ」


 言葉を濁した俺に、彼女はそれ以上追及せずに目を伏せた。

 けれど、本のページをめくる手は止まっていた。


 彼女の沈黙が、かえって問いかけのように感じた。


 


 一時間目の現代文。

 教師がチョークを黒板に走らせるたび、耳の奥で何かが軋む。


 キリ、ギリ……カリッ。

 金属が擦れる音。地面が裂ける音。

 チョークの粉が視界に散るたび、閃光のような映像が頭の中に走った。


 ──瓦礫、煙、焼けた鉄の匂い。

 ──焼失した市街地。誰かが泣き叫んでいる。


(まただ……)


 昨日と同じ。いや、それ以上。

 映像の密度が濃くなっている。記憶じゃない、でも明らかに“蓄積”されていく感覚。


 


「神永ー?」


 隣から、声が飛んできた。

 八城 総士。いつもの調子で俺を覗き込んでくる。


「お前、マジでどうした? 顔、死んでんぞ。ゾンビ化したか?」


「……そう見える?」


「顔色でバレバレ。てか昨日、寝たのか?」


「正直、わからん。寝てたのか起きてたのかも曖昧だ」


「うわ、ガチなやつじゃん。寝ろよ。倒れるぞ?」


 からかうような声。だけど、救われた。

 総士の軽さは、俺をまだ“こっち側”につなぎ止めてくれている。


 


 昼休み。

 屋上には出ず、教室に残っていた。


 外では風が吹いていた。強すぎず、でも確かに春の匂いを運んでくる。

 だけど──それが“知らない匂い”だった。


 春って、もっと……こんなだったか?


 鼻孔を通り抜ける香りに、見たことのない土地の土の匂いが混ざっている気がした。

 それが、恐ろしくてたまらなかった。


 


 放課後。

 昇降口に差し込む夕陽が、床に長く伸びている。


 靴を履き替えた俺の背後から、静かな声が届いた。


「……少し、歩かない?」


 朝倉 澪。

 その声音には、確かな“迷い”と“確信”が入り混じっていた。


 俺は無言で頷いた。


 


 駅まで続く歩道橋を、並んで歩く。


 彼女は前を向いたまま、ふと問いかける。


「夢、見てない?」


「……最近は。というか、見てるのかどうかもよくわからない」


「たとえば、“何かを忘れている”って、感じたことは?」


 その一言が、胸に突き刺さった。


 ただの雑談には思えなかった。

 彼女は“俺が忘れていること”を、まるで知っているようだった。


「……ああ、ある。理由もないのに、“懐かしさ”だけが先に来るときがある」


「じゃあ、もう……始まってるのかもしれないね」


「……何が?」


 彼女は少しだけ黙り込んでから、言った。


「夢の中でね、私、何度も同じ場所に立ってるの。

 空が赤く染まってて、黒い鳥が飛んでる。足が三本で、羽が燃えてるみたいに広がって……。

 怖いはずなのに、守られてる感じがする」


 三本足の鳥。


 その言葉を聞いた瞬間、足が止まった。


 心臓が“ドクン”と脈打つ。

 理由なんてない。けど、それだけは──確かに、知っている存在だった。


 


 駅のホーム。

 人の流れの中、澪はもう何も言わなかった。


 別れ際に俺が振り返ったとき、彼女はまだこちらを見ていた。


 その目には、何かを“託す”ような静けさが宿っていた。


 


 帰り道。

 夜の街をひとり歩く。

 電灯の明かりが、一つだけパチ、と明滅した。


 そのとき、視界の端に──**“誰か”がいた。**


 ローブ。仮面。

 声は聞こえない。けれど、視線だけが確かにそこにあった。


 次の瞬間にはもう、誰もいなかった。


 ただ、風だけが吹いていた。

 季節風ではない。

 それは──過去から吹いてきた、記憶の風だった。


ご覧頂きありがとうございますm(_ _)m


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ