第十七話 代償は日常に滲む
一日空いてしまいました。。
すいませんm(_ _)m
翌朝の学校は、驚くほど普通だった。
チャイムが鳴り、教室がざわつき、黒板にチョークの音が走る。
昨夜、公園で世界が軋んだ痕跡は、どこにもない。
――だからこそ、違和感が際立った。
総士は、いつもより早く登校していた。
机に座り、ノートを開いているが、視線は窓の外に向いている。
動きたい。
だが、動く理由がない。
それが、彼の中で摩擦を生んでいた。
「……総士」
声をかけると、彼は一瞬だけ肩を強張らせてから振り向いた。
「おう」
いつもの声。
だが、微妙に抑制がかかっている。
「大丈夫か」
「平気」
即答。
だが、平気なやつの答えじゃない。
澪は、席に着いたまま動かなかった。
ノートも、教科書も開いていない。
ただ、教室全体を見渡している。
留める者としての癖が、抜けていない。
(……もう、役割は始まってる)
名は、夜で終わらない。
日常に溶けて、形を変えていく。
一時間目の途中、違和感は具体的になった。
教師が黒板に向き直った、その瞬間。
前列の女子生徒が、ふらりと前のめりに倒れた。
「え――」
教室が、ざわっと揺れる。
机が擦れ、椅子が鳴る。
だが、総士はもう動いていた。
考えるより先に、身体が出る。
倒れ込む直前で、彼女の肩を支える。
衝撃は、最小限。
「大丈夫か!」
教師が慌てて駆け寄る。
「立てる?」
「……はい、ちょっと立ちくらみで」
保健室へ、という流れ。
教室は、すぐに落ち着きを取り戻す。
だが、総士は動けなかった。
彼の手が、微かに震えている。
(……早すぎる)
これは、偶然じゃない。
名が、最初の“仕事”を持ってきた。
休み時間、廊下に出ると、篁朧が待っていた。
「……来たわね」
短い言葉。
「これが、代償か」
「一部よ」
篁は、視線を教室の方へ向ける。
「名を持った者は、
“気づく前に起きる”」
「……防げたのは」
「ええ。
それは確かに“救い”」
だが、彼女の表情は晴れない。
「問題は、その先」
「先?」
「続く」
その一言が、重い。
澪が、こちらに近づいてきた。
「……今の、揺れた」
「留めきれなかったか」
「ううん」
澪は首を振る。
「留めた。
でも……」
一拍、置く。
「教室全体が、
“総士を見る目”に変わった」
それが、現実的な代償だった。
ヒーロー視。
期待。
依存。
名は、人の視線を引き寄せる。
昼休み、総士の席の周りには、自然と人が集まっていた。
「さっきの、すごかったな」
「反射神経やばくね?」
「運動部入らない?」
悪意はない。
だが、逃げ場もない。
総士は笑って応じている。
だが、目は笑っていない。
俺は、彼の横に立った。
「……一人にするな」
澪が、静かに頷く。
「留める」
「束ねる」
三人で、視線を交わす。
名は確定した。
だからこそ、運用を間違えれば壊れる。
放課後。
校門を出たところで、総士が立ち止まった。
「……なあ」
「どうした」
「今日さ」
言葉を探している。
「俺、助けたよな」
「ああ」
「でもさ」
拳を握る。
「助け“続けろ”って、
空気が言ってる」
それが、最初の犠牲だ。
選択の自由が、
少しずつ削られていく。
俺は、即答した。
「助けなくていい場面もある」
「……本気か」
「本気だ」
澪が、間に入る。
「戻る場所がないと、
動く人は壊れる」
総士は、しばらく黙っていた。
そして、短く笑った。
「……難しいな」
「だから、三人なんだ」
その夜、俺は一人で空白を開いた。
文字が、静かに浮かぶ。
『代償は、救いの形をして現れる』
消せない言葉。
第一章は、佳境に入った。
世界はもう、
“力”ではなく“生活”を削りに来ている。
翌朝の学校は、驚くほど普通だった。
チャイムが鳴り、教室がざわつき、黒板にチョークの音が走る。
昨夜、公園で世界が軋んだ痕跡は、どこにもない。
――だからこそ、違和感が際立った。
総士は、いつもより早く登校していた。
机に座り、ノートを開いているが、視線は窓の外に向いている。
動きたい。
だが、動く理由がない。
それが、彼の中で摩擦を生んでいた。
「……総士」
声をかけると、彼は一瞬だけ肩を強張らせてから振り向いた。
「おう」
いつもの声。
だが、微妙に抑制がかかっている。
「大丈夫か」
「平気」
即答。
だが、平気なやつの答えじゃない。
澪は、席に着いたまま動かなかった。
ノートも、教科書も開いていない。
ただ、教室全体を見渡している。
留める者としての癖が、抜けていない。
(……もう、役割は始まってる)
名は、夜で終わらない。
日常に溶けて、形を変えていく。
一時間目の途中、違和感は具体的になった。
教師が黒板に向き直った、その瞬間。
前列の女子生徒が、ふらりと前のめりに倒れた。
「え――」
教室が、ざわっと揺れる。
机が擦れ、椅子が鳴る。
だが、総士はもう動いていた。
考えるより先に、身体が出る。
倒れ込む直前で、彼女の肩を支える。
衝撃は、最小限。
「大丈夫か!」
教師が慌てて駆け寄る。
「立てる?」
「……はい、ちょっと立ちくらみで」
保健室へ、という流れ。
教室は、すぐに落ち着きを取り戻す。
だが、総士は動けなかった。
彼の手が、微かに震えている。
(……早すぎる)
これは、偶然じゃない。
名が、最初の“仕事”を持ってきた。
休み時間、廊下に出ると、篁朧が待っていた。
「……来たわね」
短い言葉。
「これが、代償か」
「一部よ」
篁は、視線を教室の方へ向ける。
「名を持った者は、
“気づく前に起きる”」
「……防げたのは」
「ええ。
それは確かに“救い”」
だが、彼女の表情は晴れない。
「問題は、その先」
「先?」
「続く」
その一言が、重い。
澪が、こちらに近づいてきた。
「……今の、揺れた」
「留めきれなかったか」
「ううん」
澪は首を振る。
「留めた。
でも……」
一拍、置く。
「教室全体が、
“総士を見る目”に変わった」
それが、現実的な代償だった。
ヒーロー視。
期待。
依存。
名は、人の視線を引き寄せる。
昼休み、総士の席の周りには、自然と人が集まっていた。
「さっきの、すごかったな」
「反射神経やばくね?」
「運動部入らない?」
悪意はない。
だが、逃げ場もない。
総士は笑って応じている。
だが、目は笑っていない。
俺は、彼の横に立った。
「……一人にするな」
澪が、静かに頷く。
「留める」
「束ねる」
三人で、視線を交わす。
名は確定した。
だからこそ、運用を間違えれば壊れる。
放課後。
校門を出たところで、総士が立ち止まった。
「……なあ」
「どうした」
「今日さ」
言葉を探している。
「俺、助けたよな」
「ああ」
「でもさ」
拳を握る。
「助け“続けろ”って、
空気が言ってる」
それが、最初の犠牲だ。
選択の自由が、
少しずつ削られていく。
俺は、即答した。
「助けなくていい場面もある」
「……本気か」
「本気だ」
澪が、間に入る。
「戻る場所がないと、
動く人は壊れる」
総士は、しばらく黙っていた。
そして、短く笑った。
「……難しいな」
「だから、三人なんだ」
その夜、俺は一人で空白を開いた。
文字が、静かに浮かぶ。
『代償は、救いの形をして現れる』
消せない言葉。
第一章は、佳境に入った。
世界はもう、
“力”ではなく“生活”を削りに来ている。
その日の午後は、妙に長く感じられた。
授業は進んでいる。
黒板の内容も理解できる。
だが、総士の意識は常に“次”を探していた。
倒れる人はいないか。
危ない動きをしている者はいないか。
名が、彼の視線を引きずり回している。
(……やめろ)
俺は心の中で呟く。
これは、彼の役割じゃない。
“必要なときに動く”のであって、
“常に監視する”ことじゃない。
だが、名はそう単純じゃなかった。
五時間目の終盤。
廊下側の席から、声が上がった。
「……あれ?」
小さな違和感。
次の瞬間、ガタン、と机が倒れる音がした。
男子生徒が、椅子ごと後ろにひっくり返っている。
足を引っ掛けただけの、よくある事故。
教師がすぐに反応する。
「大丈夫か!」
周囲の生徒も立ち上がる。
――本来なら、ここで終わりだ。
だが。
総士の身体が、勝手に動きかけた。
一歩。
ほんの一歩。
それを、俺は見逃さなかった。
「……総士」
低く、しかしはっきりと呼ぶ。
彼の足が止まる。
「今は、行かなくていい」
総士が、歯を食いしばる。
「……でも」
「教師がいる。
周りもいる」
事実だ。
誰も見捨てられていない。
それでも、総士の中で葛藤が渦巻いている。
名は、動けと言っている。
だが、束ねは止まれと言っている。
数秒。
短いが、重い時間。
結局、総士は動かなかった。
教師が生徒を立たせ、
「気をつけろよ」と声をかけて事態は収束する。
教室は、すぐに元の空気に戻った。
だが。
総士の呼吸だけが、乱れていた。
「……くそ」
机に手をつく。
「今の、何だよ」
それは、敗北感に近い。
“助けなかった”という事実が、
彼の中で強く残っている。
休み時間、屋上に出る。
風が強く、フェンスが低く唸っていた。
「……俺さ」
総士が、フェンスにもたれて言う。
「助けられたよな、今の」
「結果論だ」
俺は即答する。
「誰かが怪我をしたわけでもない」
「でも」
「でもじゃない」
少し強めに言った。
「“全部を拾う”のは、
お前の役割じゃない」
総士は、黙り込んだ。
澪が、ゆっくりと口を開く。
「……集団がね」
「ん?」
「総士に“全部拾わせよう”としてる」
彼女の視線は、校庭を見下ろしている。
「無意識に。
でも、確実に」
それが、世界のやり方だ。
個人に役割を与え、
周囲がそれに依存し始める。
「……俺、悪くねえよな」
総士が、ぽつりと呟く。
「悪くない」
俺は、はっきり言った。
「助けなかったことも、
選択だ」
その言葉が、彼の胸に落ちるまで、
少し時間がかかった。
放課後、昇降口で事件は起きた。
下校の生徒で混み合う中、
一人の一年生が、床に落としたスマホを拾おうとして、
人の流れに飲まれかけた。
危ない。
俺も、澪も、気づいた。
総士も、もちろん気づいた。
だが。
同時に、別の場所で声が上がる。
「きゃっ!」
階段の方。
女子生徒が、足を踏み外しかけている。
――同時。
二つの“危険”。
一人では、両方は拾えない。
総士が、立ち止まった。
完全に。
名が、彼を引き裂こうとしている。
「……選べ」
世界が、囁いている。
澪が、即座に動いた。
スマホを拾おうとしていた一年生の前に立ち、
人の流れを止める。
「止まって!」
彼女の声が、場を留める。
同時に、俺は階段を見る。
総士と、視線が合う。
「……行け」
俺が言う。
「一つでいい」
総士が、走った。
階段の生徒の腕を掴み、支える。
事態は、最小限で収まる。
だが、終わった瞬間。
総士は、その場に立ち尽くした。
「……見捨てた」
声が、震えている。
「一つを……」
俺は、彼の肩に手を置いた。
「違う」
「でも」
「役割を、分担した」
澪が、こちらに歩いてくる。
「私も、留めた」
三人で、立っている。
誰も倒れていない。
誰も怪我をしていない。
それが、答えだ。
それでも。
総士の胸の奥には、
確実に“削れた何か”が残っていた。
その夜。
空白に、新しい文字が浮かぶ。
『救わなかった記憶は、
後から必ず牙を剥く』
第一章は、残酷だ。
救うことより、
救わないことの方が、
人を深く削る。
そして、世界はそれを知っている。
夜は、静かすぎた。
部屋の明かりを落とし、窓を少しだけ開ける。
遠くの車の音と、風に揺れる木の葉の擦れる音が、断片的に聞こえる。
総士は、ベッドに腰掛けたまま動かなかった。
制服のまま。
鞄も床に置いたまま。
「……眠れねえ」
独り言のように呟く。
目を閉じると、今日の光景が浮かぶ。
階段。
差し出した手。
その直前、視界の端に映った“もう一つの危険”。
助けた。
確かに助けた。
それでも、胸の奥に残るのは、
“選ばなかった”という感覚だった。
――俺が行けば、全部拾えたんじゃないか。
理屈じゃない。
感情が、そう囁く。
「……クソ」
額を押さえる。
名が、静かに疼いている。
先駆者。
最初に動く者。
最初に、選ぶ者。
その名は、誇りでもある。
だが同時に、
選ばなかった未来をすべて背負わせてくる。
同じ夜。
澪は、机に向かっていた。
ノートは開いているが、文字は一つも書かれていない。
代わりに、教室の光景が何度も思い返されている。
人の流れ。
止まった瞬間。
自分の声で、場が“留まった”感覚。
(……皆、私を見るようになってきてる)
助けたわけじゃない。
指示したわけでもない。
ただ、立っただけ。
それだけで、
「ここにいれば大丈夫」
そんな空気が生まれ始めている。
錨。
その名は、場を安定させる。
だが同時に、人を寄せ、依存させる。
「……それ、違う」
小さく呟く。
守りたいのは、
皆が“自分で戻れる場所”だ。
自分に縋る場所じゃない。
その境界が、少しずつ曖昧になっている。
そして、俺。
部屋で、空白を開いていた。
今日一日で、文字が増えている。
『分担は、正しい』
『だが、感情は分担できない』
その通りだ。
理屈では理解している。
結果も、最善に近い。
それでも、
“救わなかった誰か”は、
選ばれなかった世界線として残る。
それを、誰が引き受けるのか。
――束ねる者。
俺だ。
スマホが、震えた。
総士からのメッセージ。
《なあ》
すぐに返す。
《どうした》
少し間が空く。
《今日の選択、正しかったよな》
文字を見つめる。
簡単に肯定してしまえば、
彼の中の違和感は押し殺される。
だが、それは長く持たない。
《正しかった》
そう打って、消す。
代わりに、こう送った。
《正しかったと思う
でも、辛いのは自然だ》
すぐに既読がついた。
しばらくして、返事。
《……だよな》
短い。
だが、逃げていない。
次に、澪から。
《哉くん
今日ね
少し、怖かった》
《何が》
《皆が
私を“正解”みたいに見るの》
胸が、締め付けられる。
《澪は正解じゃない》
《うん
だから、留まり続ける》
その言葉が、危うい。
《壊れそうになったら
すぐ言え》
少し間があってから。
《約束》
スマホを伏せる。
今日一日で、はっきりした。
名は、力を与える。
だが、同時に“役割通りであれ”と迫ってくる。
世界は、
役割から外れる者に、容赦しない。
だからこそ。
俺は、決めた。
全員は救えない。
それは、もう否定しない。
だが――
救えなかった事実を、
“なかったこと”にはしない。
それを引き受け、
次の選択に繋げる。
それが、束ねる者の仕事だ。
翌朝。
三人は、少しだけ疲れた顔で再会した。
だが、誰も逃げていない。
名は、重い。
代償は、確かにある。
それでも、歩いている。
第一章は、終盤だ。
次に来るのは、
もっと露骨な“喪失”。
世界は、
まだ本気を出していない。
だが、俺たちはもう知っている。
救うことよりも、
救えなかった後にどう立つかが、
本当の選択だということを。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございます('ࠏ' )




