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これはたぶん、最初じゃない  作者: 星山 秀
第一章 始まりを繰り返す者

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第十三話 問い返す世界


 朝、目を覚ました瞬間に分かった。


 今日は、昨日までとは違う。


 理由ははっきりしている。

 身体が、現実に“先回り”している感覚があった。


 目覚ましが鳴る前に目が覚め、カーテン越しの光が差し込む前に外の気配を察する。

 心拍は落ち着いているのに、意識だけが研ぎ澄まされている。


(……世界が、こっちを見てる)


 そんな言葉が、自然に浮かんだ。


 洗面所で顔を洗い、鏡を見る。

 昨日よりも疲れているはずなのに、目だけは妙に冴えていた。


 体育館での“固定”以降、何かが変わった。

 それは力が増したとか、見えるものが増えたとか、そういう分かりやすい変化じゃない。


 もっと根本的な部分。

 世界との距離感が、確実に近づいている。


 登校途中、交差点で立ち止まったときだった。


 横断歩道を渡ろうとしていた女子高生が、突然足を止める。

 信号は青。

 車も止まっている。


「……あれ?」


 小さく呟いたその声が、やけに鮮明に聞こえた。


 次の瞬間、彼女は何事もなかったかのように歩き出す。

 周囲の誰も気にしない。


 だが俺には見えた。


 彼女の影が、一瞬だけ遅れて動いたのを。


 重ならない影。

 追いつけない現在。


(まただ)


 余韻が、明確な形を取り始めている。


 学校に着く頃には、確信に変わっていた。


 これは偶発じゃない。

 体育館での出来事を境に、世界の側が俺を“前提条件”として扱い始めている。


 教室に入ると、澪がすでに席についていた。


「おはよう、哉くん」


 いつも通りの声。

 いつも通りの笑顔。


 だが、彼女の周囲には、昨日までなかった“静けさ”があった。

 騒がしい教室の中で、そこだけ音が一段低くなる。


「……何か、あったか?」


「ううん」


 澪は首を振る。


「でも、ちょっと変な感じはする」


「どんな?」


「世界が、私に期待してるみたいな」


 その言葉に、喉が鳴った。


「期待……?」


「うん。

 何かを“しないといけない”気がする」


 それは、俺が感じているものと同質だった。


 担任が入ってきて、朝のホームルームが始まる。

 連絡事項は特にない。

 体育館の使用中止も、今日で解除されるらしい。


 それが、逆に不気味だった。


 昨日、確かに“起きかけた”ことがあった。

 それなのに、世界はもう平常運転に戻ろうとしている。


 まるで、「次はもっと上手くやれ」とでも言うように。


 休み時間、総士が無言で俺の席に来た。


「……なあ」


「どうした」


「今朝、夢を見た」


 その言葉で、すべてを察する。


「どんな」


「俺がさ、知らない場所に立ってて」


 総士は、視線を落とす。


「目の前に“お前”がいた」


 胸が、僅かに締まった。


「俺より、少し疲れた顔しててさ。

 でも、笑ってた」


「……何か言われたか」


「『今回は、まだ間に合う』って」


 余計な言葉はいらなかった。


 それは、余剰記録。

 俺がこれまで積み上げてきた失敗の、断片。


「……他には」


「最後に、こう言われた」


 総士は、顔を上げる。


「『お前は、逃げられる』って」


 その言葉の意味を、すぐに理解してしまった自分が嫌だった。


 俺は、引き受ける側だ。

 だが総士は、選べる。


 見ないふりをする未来も。

 巻き込まれない未来も。


「……総士」


「安心しろ」


 彼は、少しだけ笑った。


「逃げるつもりはねえよ。

 ただ……」


「ただ?」


「逃げられるって分かった上で、立つのと、

 逃げられないまま立つのは、違うだろ」


 その通りだった。


 昼休み、俺は一人で校舎裏へ向かった。

 理由はない。

 ただ、ここに“来い”と言われている気がした。


 人気のない場所。

 風が通り抜け、草の匂いがする。


 そこで、俺は立ち止まった。


「……見てるんだろ」


 声に出す。


 返事はない。


 だが、空気が僅かに歪む。


 視界の端で、何かが揺れた。


(来たか)


 心臓の音が、はっきりと聞こえる。


 次の瞬間、頭の奥に“問い”が落ちてきた。


 声でも、文字でもない。

 概念に近いもの。


 ――なぜ、お前なんだ。


 足元が、少しだけ沈む感覚。


 ――なぜ、お前が選ばれた。


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


「……選ばれてない」


 そう答える。


「選んだだけだ」


 空気が、ざわつく。


 ――なら、最後までやれ。


 ――途中で、投げるな。


 ――お前が壊れるなら、それでいいのか。


 問いは、容赦がなかった。


 だが、不思議と恐怖はない。


 これは“敵意”じゃない。

 世界が、責任の所在を確認しているだけだ。


「……いいわけないだろ」


 俺は、正直に答えた。


「だから、壊れないやり方を探す」


 沈黙。


 そして、圧が引く。


 校舎裏は、元の静けさを取り戻した。


 だが、確信が残った。


 もう、隠れてはいられない。


 世界は問い返してきた。

 そして、それは始まりに過ぎない。


 教室に戻る途中、廊下で篁朧とすれ違った。


 彼女は足を止め、俺を見る。


「……聞こえた?」


「はい」


 篁は、短く頷いた。


「もう、兆候じゃないわね」


「ええ」


「次は、“意志を持った歪み”が来る」


 その言葉は、予告だった。


「神永くん」


「何ですか」


「あなたが今、答え続けている問い」


 篁は、真っ直ぐ俺を見た。


「それはもう、世界戦の入口よ」


 心臓が、一拍遅れて鳴った。


 第二章には、まだ早い。

 だが、扉は確実に見え始めている。


 俺は、歩みを止めない。


 問い返す世界から、

 目を逸らさないために。


 これが、第一章後半の始まりだ。


 午後の授業は、どこか落ち着かなかった。


 黒板の文字は読める。

 教師の声も聞こえている。

 それでも、教室全体が「待っている」ような空気を帯びていた。


 何を待っているのか。

 それは誰にも分からない。


 いや、分かっている者はいる。


 俺だ。


 澪だ。


 そして、まだ言葉にしていない総士も。


 六時間目の途中、突然、教室の時計が止まった。


 秒針が、ちょうど真上を指したまま動かない。


「……あれ?」


 誰かが小さく呟く。


 教師も気づいたようで、黒板から振り返った。


「電池切れかな」


 そう言って、特に深刻そうでもなく授業を続ける。


 だが、俺の視界では違って見えた。


 止まったのは、時計だけじゃない。


 教室の一角。

 窓際の二列目、後ろから三番目。


 そこだけ、時間が薄く引き延ばされている。


 ペンを動かす生徒の手。

 瞬き。

 呼吸。


 すべてが、ほんの一拍だけ遅れていた。


(……来てる)


 これは、問いだ。


 世界が、形を持って問いかけている。


 チャイムが鳴った瞬間、時間は元に戻った。

 時計も、何事もなかったかのように動き出す。


 ざわめきが戻る教室の中で、澪がこちらを見ていた。


 目が合う。


 その瞬間、俺は確信した。


 彼女も、見ていた。


 放課後。

 帰り支度をする生徒たちの中で、澪が静かに口を開いた。


「……哉くん」


「見えてたな」


「うん」


 それだけで、通じた。


 二人で廊下を歩く。

 校舎の外へ出る直前、総士が合流した。


「お前らも、感じてたか」


「総士もか」


「感じるっていうか……」


 彼は、少し言いにくそうに頭を掻く。


「俺、さっきの時間、

 “選択肢”が見えた」


 足が止まる。


「選択肢?」


「うん。

 机に座ってる俺と、

 教室から出てく俺」


 背中に、冷たいものが走る。


「出てく方は?」


「……何かから、逃げてた」


 澪が、小さく息を吸った。


「それ、選べたの?」


「いや」


 総士は首を振る。


「気づいたら、元に戻ってた」


 それは、世界が提示した“仮の分岐”。


 まだ確定していない未来。


 だが、確実に近づいている。


 校門を出たところで、澪が立ち止まった。


「……私、話がある」


 声は震えていない。

 むしろ、覚悟が滲んでいた。


「何だ?」


「私ね」


 一度、深呼吸をする。


「“支点”なんだと思う」


 その言葉に、俺も総士も黙った。


「体育館のときも、今日の教室も」


 澪は、胸に手を当てる。


「私がそこにいると、

 現実が“決まる”感じがする」


 それは、否定できなかった。


 澪は、起きなかった未来と最も近い位置にいる。

 だからこそ、現実を引き寄せ、同時に定着させる。


「……それ、怖くないか」


 俺が聞く。


「怖いよ」


 即答だった。


「でも、逃げたくない」


 視線が、真っ直ぐこちらを向く。


「哉くんが一人で引き受けるなら、

 私も、何かを引き受けたい」


 その言葉が、重い。


 彼女はもう、守られる側に留まるつもりがない。


「澪、それは……」


 総士が言いかけて、言葉を飲み込む。


 代わりに、静かに言った。


「……覚悟、決めてる顔だな」


「うん」


 澪は、小さく笑う。


「笑えるうちは、きっと大丈夫でしょ?」


 その笑顔が、眩しかった。


 だが同時に、危うい。


 そのとき。


 校門の外、人通りの多い歩道で、異変が起きた。


「……え?」


 通行人の一人が、急に立ち止まる。


 次の瞬間、その人の足元の影が、完全に分離した。


 影が、影でなくなる。


 黒い輪郭が、地面から立ち上がった。


 ざわり、と周囲の空気が歪む。


 誰も気づいていない。

 悲鳴もない。


 だが、俺たちにははっきりと見えた。


「……来た」


 総士が、息を呑む。


 それは、人の形をしていなかった。

 だが、意思だけは明確だった。


 こちらを、見ている。


 問いを、投げかけてくる。


 ――引き受けたな。


 ――なら、次だ。


 足元が、じわりと沈む感覚。


 世界が、一歩踏み込んできた。


 俺は、一歩前に出た。


「……澪、下がれ」


「嫌」


 即答だった。


「ここ、私がいないと不安定になる」


 それも、事実だった。


 総士が、歯を食いしばる。


「くそ……」


 影が、ゆっくりと形を変える。


 人に近い輪郭。

 だが、顔はない。


 これは敵か。

 それとも、ただの問いかけか。


 分からない。


 だが、放置はできない。


 俺は、息を整える。


 空白のページが、また近づいてくる感覚。


 まだ、使わない。


 だが、もう逃げない。


「……答える」


 声に出す。


「俺が選んだ。

 だから、責任も取る」


 影が、わずかに揺れた。


 それは、拒絶でも攻撃でもなかった。


 評価だ。


 ――まだ、足りない。


 そう告げるように、影はゆっくりと後退する。


 人混みに溶け、痕跡を残さず消えた。


 世界が、元に戻る。


 通行人たちは、何も気づかず歩き続けている。


 澪が、小さく息を吐いた。


「……今の、何?」


「第一の“問い”」


 俺は答える。


「これから、もっとはっきりした形で来る」


 総士が、空を見上げた。


「……やっと、敵っぽくなってきたな」


「まだ、敵とは限らない」


「でも、向こうは俺たちを見てる」


「ああ」


 その視線は、確かに感じた。


 世界が、問い返す。

 引き受けるなら、どこまで引き受けるのか。


 第一章後半は、もう隠れてくれない。


 俺たちは、歩き出すしかなかった。


 問いから、目を逸らさないために。


 影が消えた後の歩道は、何事もなかったかのように賑わっていた。


 信号が変わり、人が流れ、車が走る。

 さっきまでそこにあった“問い”の痕跡は、どこにも残っていない。


 だが、確かにあれは存在していた。


「……消えたな」


 総士が、低く呟く。


「うん」


 澪は、まだ地面を見つめていた。


「でも、完全にいなくなった感じじゃない」


「正しい」


 俺は答える。


「あれは撤退じゃない。

 確認が終わっただけだ」


「確認?」


「俺たちが、“次”に進むかどうか」


 澪が顔を上げる。


「……合格、だった?」


「まだだ」


 正直に言った。


「たぶん、保留」


 その言葉に、二人とも納得したように息を吐く。


 帰り道、会話は少なかった。

 それぞれが、見てしまったものを咀嚼している。


 夜。

 部屋に戻ると、身体の奥に鈍い疲労が広がっていた。


 体育館のときとは違う。

 肉体的な疲れではない。


 精神が、少しずつ削られている感覚。


 ベッドに腰を下ろし、目を閉じる。


 すると、すぐに“あの場”が浮かんだ。


 分離した影。

 言葉にならない問い。

 評価するような沈黙。


(……あれは、何だ)


 ただの現象ではない。

 余韻が偶然形を取ったものでもない。


 “意思”があった。


 その瞬間、頭の奥が静かに疼いた。


 空白のページが、今までで一番はっきりと現れる。


 だが、書き込まれていない。


 代わりに、余白の端に、細い文字が滲んでいた。


『問いは、敵ではない』


 自分の字だ。


『答えを拒めば、壊される。

 答え続ければ、変わる』


 息を吸う。


「……変わる、か」


 それは、救いにも破滅にもなり得る言葉だった。


 翌朝、学校はいつも通り始まった。


 だが、俺たちの周囲だけ、わずかに“密度”が違う。


 教室に入ると、澪がすでに来ていた。


「おはよう」


「おはよう」


 彼女の声は落ち着いている。

 だが、瞳の奥に、昨日とは違う光があった。


「……澪、何かあったか」


「うん」


 彼女は、迷わず答える。


「分かったの」


「何を」


「私、支点なんじゃなくて……

 “錨”なんだと思う」


 言葉が、胸に落ちる。


「錨?」


「うん。

 揺れる世界を、今に繋ぎ止める役」


 それは、支点よりも重い役割だ。


「……それ、相当きついぞ」


「分かってる」


 それでも、澪は笑った。


「でも、哉くんが“立つ人”なら、

 私は“留める人”でいたい」


 否定できなかった。


 彼女は、もう自分の位置を理解している。


 休み時間、総士が珍しく真面目な顔で近づいてきた。


「なあ」


「どうした」


「昨日の影、

 俺にも少し……残ってる」


「残ってる?」


「うん」


 総士は、自分の胸に手を当てる。


「怖い、って気持ちじゃない。

 “選ばされる”感じだ」


 それは、逃げ道が見えた者だけが感じる圧だ。


「……総士」


「安心しろ」


 彼は、はっきりと言った。


「逃げないって決めた」


 その言葉が、重い。


 彼もまた、世界に“答える側”に足を踏み入れた。


 昼休み。

 屋上で、三人並んで空を見上げる。


 雲が流れ、鳥が飛ぶ。

 平和な光景。


 だが、俺には分かる。


 この世界は、もう“問いを投げない場所”ではない。


「……なあ」


 総士が言う。


「これから、どうなる」


 俺は、少し考えてから答えた。


「問いは、もっと具体的になる」


「敵みたいなやつも?」


「たぶん」


「倒せるのか」


「……倒す、って形じゃないかもしれない」


 澪が、静かに言った。


「受け止めて、変える」


「そう」


 それが、今のところ見えている唯一の道だった。


 放課後、校舎を出る直前。

 俺は、背後に気配を感じた。


 振り向くと、誰もいない。

 だが、確かに“見られている”。


 耳元で、囁きにもならない感覚が触れた。


 ――次は、選択だ。


 ――答えは、行動で示せ。


 心臓が、強く打つ。


 それは、脅しでも忠告でもない。


 通告だった。


 俺は、歩き出す。


 澪と、総士と。


 問い返す世界の中で、

 答え続ける側として。


 第一章は、まだ終わらない。


 だが、この日を境に、

 俺たちはもう“守られる日常”には戻れなくなった。


 世界は問いをやめない。


 なら、こちらも答え続けるだけだ。


 壊れないやり方で。

 笑うことを忘れないままで。


 それが、俺たちの選択だった。


本日も最後まで見て下さり誠にありがとうございますm(_ _)m


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