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第六話 聖女になった私

 私の充実した学院生活は、あっという間に過ぎていく。

 第一学年も残すところ後少しとなったある日、私たち一年生はとある行事へと参加していた。

 一年生の最後の行事、魔力適性検査である。



「では、次の方、こちらへお願いします」


 控室で待っていた私は、職員によって検査の部屋へと案内された。案内された部屋はそれ専用の部屋なのか、窓ひとつない。

 密閉された部屋は、左右と奥の壁、そして床と天井にまで魔法陣が描かれていた。専門知識がないため、魔法陣の意味を読み解くことはできないけれど、正面のガラスのような透明な板を中心に魔法陣が展開されているのが見て取れた。

 部屋の中には、先客が三名。魔法学科の主任教師、私が属する三組の担任の先生、そしてこの国――オルドレイン王国の第二王子であるセドリック殿下である。


 この魔力適性検査は、入学試験の際に調べた簡易検査とは異なり、魔力量や特殊な加護についても調べることができるみたい。その為、基本的に非公開で行われるのだけれど、一部例外がある。今、目の前にいる立会人の三名がそれだ。

 

 担任の先生は自分が受け持つクラスだけ立ち会うけれど、主任教師と王族は全一年生の魔力適性検査に立ち会う決まりみたいだから、なかなかの重労働だと思う。

 第二王子殿下は現在、第三学年に在籍しているため、食堂で見かけることもあったけれど、こんなに間近で見るのは初めてだ。


(殿下に見守られながら適性検査を行うなんて、緊張する……)


 適性検査は一組から順に行われていて、残すは三組の生徒があと五名。一年生のほぼ全員の立ち会いを終え、疲労の色が濃い主任教師に対して、王家の義務として参加している殿下が顔色ひとつ変えていないのは、流石としか言いようがない。


「リズさん、こちらへ」


 担任の先生に促されてガラス板の前に立つと、私はそっとそれに触れた。その瞬間、ガラス板が金色の光を発し、表面に何かの絵が浮かんだ。

 金色の光が光属性を示しているのは分かる。でも、金色の線で描かれたこの模様は……なんだろう?


「加護の力……これは盾か?」


 言われてみれば、確かに盾のようにも見える。盾の中央には、薔薇のような多弁の花が描かれていた。

 殿下の呟きに、主任教師がすぐさま答える。


「ええ、そのようですね。盾ということは、守りの加護でしょう。リズさんは光属性ですから、最上位の堅牢な結界術かと思われます」

「ほう……」


 主任教師の言葉に、殿下は満足そうに頷いた。私はそんな二人をよそに、呆然とガラス板を見つめる。

 加護といえば、ごく稀に発現すると言われる、特別な力だったはず。そんな特別な力が、本当に私にあるの……?

 光の魔力を持っていることを知った時も驚きだったけど、それ以上の驚きに、小さく口を開けたまま、ただポカンとしていた。


「とても素晴らしい結果です。魔力量も申し分ないですし、守りの加護持ちとなれば、間違いなく聖女と認定されることでしょう」

「え……うそ……?」


 あまりにも非現実な単語に、私の口から呟きが溢れる。けれど、その呟きは加護の話で盛り上がる立会人三人の耳に届くことなく、部屋に消えた。




 翌朝、登校した私は第二王子殿下に付き添われ、なぜか神殿へと連れて行かれた。そして、実感する暇もなく事は次々と進み、大神官枢機と面会した私は、聖女として認定されたことを告げられた。

 その後、今度は大神官から今後についての説明を受けることになったのだけれど、なぜか第二王子、大神官とともにテーブルを囲むことになった。

 テーブルの上には美味しそうな紅茶とお菓子が並んでいるけれど、同席している相手が相手なので、緊張で喉を通る気がしない。


 大神官の説明によると、守りや癒しに特化した加護を持つ人を神殿は聖女として認定しているみたい。条件に合う加護であれば魔力属性に関係なく聖女認定されるが、統計的には光属性の人が多いようだ。余談として、男性の場合は聖人と呼ばれるそうだ。

 時代に一、二人の聖女や聖人がいるのが通例で、過去には欠損した部位さえ治癒したと言われる光属性の聖女や、干ばつの地域に恵みの雨を降らせた水属性の聖女がいたらしい。

 他には、聖女は神殿に属する階位名ではなく、神殿から公証される称号のようなものだと説明を受けた。聖女に認定されたからといって、強制的に神殿所属になるわけではないと聞いて、私はほっと胸を撫で下ろす。


 加護の力は、正確には「精霊の加護」と呼ばれている。精霊が気に入った者、愛した者に、自らの力を分け与えたものが、加護の力の正体らしい。

 そして、精霊の加護は、魔力を持つ者に発現すると言われているため、加護持ち――つまり聖女となる人は、基本的に貴族である確率が高い。そのため、神殿が聖女や聖人を強制的に神殿所属にさせたりすると、王家や貴族の反発を招くことになるんだろう。

 ただ、神殿としては、学院卒業後は神殿所属の聖女として活動することを願っていると告げられた。

 聖女としての活動と聞くと大それたことに聞こえるけれど、簡単に言えば、聖女という肩書きを持った治癒師として働く感じみたい。言うなれば、就職先としての勧誘だろうか。

 それに、今の聖人はご高齢との話だったから、神殿としては新たな聖女である私は、是非とも押さえておきたい人材なのだろう。


 ちなみに、聖女として認定された私だけど、今はまだ正式な聖女ではない。学院で魔力や加護の使い方をちゃんと学び、実際に加護の力を発現させ、使いこなせるようになって初めて、正式な聖女になるらしい。

 とはいえ、加護の力を使いこなせるようになるのも一筋縄ではいかないみたい。

 魔力適性検査がそうだったように、加護の力は言葉ではっきりと示されるものではない。単純に力を発現させるだけでは駄目で、修練と試行錯誤を繰り返して、ようやく自分の力となるみたい。

 聖女への道のりはまだまだ長そうね……。


 ひと通り説明を受けた後、大神官から「神殿でも力の使い方を学ぶことができます。もしよければ神殿で学びませんか?」というお誘いを受けた。


「リズ様は聖女として認定されましたが、今の身分は平民とお聞きしております。今後、聖女として活動していくことを踏まえ、神殿へ籍を置かれてはいかがでしょうか。正式に神官となれば、力の使い方を神殿で学ぶことができますし、何より確固とした立場を得ることができます。神殿が後ろ盾となり、あなたをお守りいたしましょう」


 平民の私に対して、大神官は微笑みを絶やさずに丁寧に話してくれているけれど、私はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。丁寧な口調はもちろん、大神官がただの平民である私のことを「様」とつけて呼ぶなんて、違和感しかない。

 昔の私は、道ですれ違っただけで近所の人たちに蔑むような視線を向けられたり、時には邪魔者扱いされることすらあったのにね……。

 昨日の今日だし、この人たちはきっと私の父のことを知らないのだろう。「異端児」や「呪われた子」と心無い言葉を浴びせられたことのある私からすると、聖女と呼ばれるのはとても落ち着かないし、神殿に属するなんて違和感しかない。

 むしろ、お父さんのことを知ったら、手のひらを返して所属を拒否したり、聖女認定を取り消したりするんじゃないかと、嫌な予想しか浮かんでこなかった……。


「先程、聖女に認定されたばかりだというのに、気が早すぎるのではないだろうか」


 私が困惑していることに気付いたのか、殿下が助け舟を出してくれた。


「リズ嬢も突然のことに、戸惑っているだろう。神殿への所属については、後ろ盾の話も含め、時間をかけてゆっくりと考えた方がいい。後ろ盾を申し出る者は、今後も出てくるだろうし……」


 そう言いながら、殿下は私に視線を向けた。高貴な人の考えはよく分からないけれど、私はその視線に何かの意図が含まれているように感じた。




 神殿での用事を終え、私が学院に戻ったのはちょうど午前中の授業が終わった頃だった。すれ違う生徒の視線に違和感を感じながら、ひとまずカバンを置きに自分の教室へと向かう。

 教室に入った瞬間、私を見つけたクラスメイトにわっと囲まれた。


「リズ、聖女に認定されたんだって? 今、すごい噂になってるわよ」

「光属性というだけでも凄いのに、さらに加護持ちだなんて凄いじゃないか」

「リズは平民の期待の星ね」


 私の周りに集まった平民のクラスメイトが興奮した様子で口々に言う。まだ何もしていないのに、まるで既に立派な聖女のように皆の期待が高まっているのを感じた。


(実際の私は、加護の力どころか、まだ治癒魔法すらまともに使えないのに……)


 皆が見ている「聖女」と、本当の私は、まるで別の存在のよう。もし、このまま何もできなかったら?  皆の期待を裏切ってしまったら?

 そんな考えが頭をよぎり、期待の声がかえって重く感じられた。


 気持ちが沈みながらも皆の話に耳を傾けると、どうやら昨日の魔力適性の結果が、今朝には噂になっていたみたい。私が加護の力を宿していて、聖女として認定される可能性が高いって。


(魔力検査は非公開だったのに、一体どこから漏れたんだろう?)


 今朝、私がセドリック殿下に付き添われて神殿に向かったことが決定打となって、聖女の噂が駆け巡り、すでに学校中に知れ渡っているらしい。

 行き交う人たちから注目を浴びていたのは、そういう理由だったみたい。


 ふと、視線を感じて教室の隅を見ると、私に意地悪をしていた女子生徒たちの一団があった。主犯格だった男爵家の女子生徒と目が合ったけれど、顔色を青くしてすぐさま視線を下げた。


(ああ……、昨日までの私とはまったく変わってしまったんだ……)


 今ひとつピンときていなかったけれど、聖女となり、自分の立場が昨日までとはガラリと変わってしまったことを実感した。

 今までされたことを考えれば、いい気味だと思ってもいいのかもしれない。だけど、嬉しいどころか、なんとも言えない苦々しさを感じる。

 私がじっと見つめていたからか、集まっていた女子生徒の中から何人かが私の側にやってくるのが見えた。もちろん、主犯格の数名の女子生徒を残して……。


「リズさんは本当に類まれな人だったのね。素晴らしいわ」

「私、リズさんは他の人と何かが違うと思っていたの」

「同じクラスメイトとして鼻が高いわ」


 まるで昨日までの出来事がなかったかのように、彼女たちは微笑む。手のひらを返して私を褒めそやす人たちに、さっき以上になんとも言えない気持ち悪さを感じた。

 大神官の態度は神殿関係者だからと思っていたけれど、下位貴族の彼女たちまでこうも露骨に態度を変えるなんて……。神殿で後ろ盾の話もされたし、おそらく高位の立場の人が後ろ盾につく可能性が高いのだろう。

 もしかしたら彼女たちも、それを見越して私におべっかを使っているのかもしれない……。


(昨日まであんな風に私を見下していたのにね)


 女子生徒たちの態度に、「調子良すぎじゃ……」と小声で呟く平民のクラスメイトに内心同意しながら、私は会話を切り上げて食堂へ向かった。




 食堂へ向かう途中、すれ違う生徒たちがひそひそと囁き合うのが聞こえた。その内容を聞き取るつもりはなかったけれど、耳が勝手に拾った言葉は、やはり「聖女」に関するものだった。

 聞こえてくるのは好意的なものばかりとは限らないようで、声を潜めた誰かの「まさかあんな子が……」という言葉に、胸がざわついた。


 食堂へ着くと、教室や廊下以上に周りからの視線が集まる。これほど注目を浴びるのは初めてのことで、背筋に冷や汗がにじんだ。

 ネヴィア様やグレアム様と昼食を取っている時に注目を浴びることもあったけれど、それの比ではない。食堂のざわめきの中にも、自分の名前が紛れている気がして、気が休まらない……。

 居心地の悪さを感じつつ、私は昼食の乗ったトレイを手に取る。そして、ぐるりと食堂に視線を巡らせると、目当ての人が軽く手を挙げて私を呼ぶのが見えた。

 その瞬間、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩む。私は見苦しくない速度で二人の座るテーブルに急いだ。


「おはようございます。グレアム様、ネヴィア様」

「おはよう、リズ。話は聞いたわ。朝から大変だったみたいね」

「私のクラスにも話が回ってきていた」

「そうだったんですね。なんだかお恥ずかしいです」


 普段と変わらない様子の二人に、さっきまでの居心地の悪さが霧散していく。私は空いているネヴィア様の隣に着席した。

 さっきまで、食堂でただ一人寄る辺なく漂っているような気がしていたけれど、席に着いた瞬間、ようやく地に足がついたような気がした。


「昨日、魔力適性検査で加護のことを知ったばかりだったのに、今日には聖女に認定されるし、皆の態度や向けられる視線が急に変わって戸惑うことばかりです」

「昨日の今日で急に変われば、リズが戸惑うのも当然ね」

「注目されて落ち着かないというか、評価の急激な変化が少し怖いです……」


 本音を言うと、加護の力は何かの間違いで、また急に皆の態度がガラリと変わるんじゃないかという恐怖が、心に影を落としていた。

 私に意地悪していた女子生徒たちの変わりようは、昔の近所の人たちを思い出させた……。

 私が昔住んでいた家から引っ越してしばらくたった頃、道端で偶然近所の人たちと再会したことがある。その時、私は学院の制服を着ていたのだけれど、その人たちは私を急に褒め始めたのだ。


 ――あなたの父親はいろいろと言われていたけれど、やっぱり素晴らしい人だったのね。

 ――学院に入学できるなんて凄いわ。やっぱり神官様の娘は違うわね。

 ――あなたみたいな娘を持てて幸せね。


 私は会話を打ち切るようにその場から逃げ出した。昔の態度とはあまりに違う、あまりの変わり様に私は恐怖した。

 学院に入学しただけで、あれほど排斥していた私への態度がガラリと変わった。物事が好転すると言えば聞こえはいいけれど、急な変わりようは、少しのことでも物事は好転も悪転もするという恐怖を私に植え付けた。

 だからこそ、何かをきっかけにまた評価がひっくり返るのではという不安が、どうしても頭から離れない。


「この場合、周りの変化はどうしようもないでしょうね。自分で気持ちの整理をつけて受け入れるしかないわ」

「やっぱり、そうですよね……」


 ネヴィア様にずばり正論を言われて、しょんぼりと返事をする私に、ネヴィア様が「ただ……」と言葉を付け加えた。


「私がひとつ言えるとすれば、あなたが聖女になっても、私にとってあなたがあなたであることに変わりはないわ」

「ネヴィア様……」

「ネヴィアの言う通りだ。恥ずべきことでも萎縮することでもない、君は君らしく堂々としていればいい」

「グレアム様……。お二人とも、ありがとうございます」


 二人からの励ましの言葉に、胸がぐっと熱くなる。胸の奥に張り詰めていたものがふっと緩み、今まで心に巣食っていた不安が、一気に晴れた気がする。

 急な立場の変化に萎縮していたけれど、考えてみれば、聖女の立場も悪くないのかもしれない。

 これまで、貴族である二人に対して、申し訳なさや少しの引け目を感じていた。けれど、今は違う。聖女となった今なら、もっと胸を張って二人と肩を並べられるのかも。


(いや、そもそも、この人たちは最初からそんなこと気にしてなかったよね……)


 気づけば、自然と肩の力が抜けていた。ふと顔を上げると、二人がいつもと変わらぬ穏やかな表情でこちらを見ている。


(二人がいてくれれば、きっと私は大丈夫)


 そう思えることが、心の底から何よりも嬉しかった。


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