8 お前、混色は初めてか? 力抜けよ
またここで、
「そう言えば、黄色の壁の話――、でしたよね? 紫って、真逆の、補色の色じゃないですか」
と、誰かが。
「おっ? トーシロな発言だぁー。お前、混色は初めてか? 力抜けよ」
「力、抜けよ……?」
「何言うてますの? 美祢八はん。……まあ、紫色が黄色の補色というのは確かとして――、これは、ある意味、黄色という色を考察するうえで重要でしてねぇ。また、ゴッホはんの名前を出しますけどね、彼も、この補色を――、紫色、青紫色を作品に生かしているんです」
「ああ、アレけ? 補色どうしを、ギリっギリのとこまで攻めて、鮮やかな色やただの無彩色では出せない陰翳や深みや渋さを出すとか、そんな幹事の」
「まあ、そうですぅ。美祢八はんの、黄色の壁も、土と黄色の顔料を使ってはるんでしょうけど、単純に黄色や黄土の土を使うんでなく、“くすんだ”、微かに紫や青みのある土を使ってはるじゃないですか? その、土の色味と、割合は少ないけど骨材の砂やスサ、それからヒビの入った表情と陰翳で、一見すると鮮やかな黄色い壁に、何ともいえない深みを出しているんでしょ?」
「うん」
「うん、って、軽い返事だな……」
「てか、自分のプロデュースした作品の説明を、全部他人に丸投げさせて、それとは……」
と、「うん」と軽すぎる返事をした美祢八に、つっこみの声が。
「まあ、色の考察はそこそこにしての、その、黄色の壁かね? 都市伝説的には、そこそこ興味深いかのう」
「『そこそこ』を二回使ってますって。まあ、いずれにしても、美祢八はん好みじゃないですか。万が一に、その噂が本当だとしますと、美祢八はん的には、“観て”みたくないですか?」
「ふ~ん……? まあ、いちおうは壁に携わる者としては、どんな壁で、何者が作ったのか――。少しくらいは、知りたくはあるかのう……」
美祢八は答えつつ、続けて、
「もし、狂って壁の向こうに行ってしまうという話が本当であれば、“何か呪術・呪詛的な力”が――、製作者の意図するにしろ、しないにしろ、壁に含まれているる可能性がある」
「呪詛、ですか……?」
と、商会の女が怪訝な顔をし、
「ああ……。職人というのは、あくまで無心で物を作るべき存在なんだがね、時に、無意識的にだが、作る者の思念だったり……、あるいは、建物が使われているうちに、勝手に、あらゆる思念が、まるで写像のように転写されることがあってね。オカルティックな言葉を使えば、霊的な“情報”とか、そんな幹事――」
***
――と、ここまでが、金沢での振り返るところだった。
「……」
と、美祢八は酒を飲みながら、障子の向こうの、月明かりの庭を見ずして見る。
話し半分に聞いた“壁”のこと――
だが、その茶室とやらは、どうやら実際に“ある”らしい。
そして、自分も異能力を使える人間の端くれで、かつ、先のトランス島――、Ⅹパラダイスにも携わった。
まあ、聞くところによると、招待客たちは“狂人ら”によって、凄惨にしてその形を変えられたようだが……
まあ、それはよしとして――、いや、よくはないのだが、件の黄色の壁について。
誰か何者かが異能力を使っているわけではなく、“壁自身”が、まるで自我を持っているかのように、“そのようなこと”をしているのであれば――
誰が、どのようにして作ったのかは、実に興味のあることだ。
――“壁”
衣服が人体の延長であるのと同様に、壁も、建築も人体の延長だ。
およそ脆弱な人類が、寒さや、外敵から守るための“殻”。
最初は、“そのため”の、原始的な衣類だったり、竪穴式住居など、自分たちを最低限まもるだけの殻を作っていた。
だが、文明や技術が進むにつれ――、建築やその集合体の都市が高度に複雑になるにつれ、“壁と紐づいた人間の集団の形”は、複雑かつ歪に変化していく。
生まれながらにして利己的で性悪説的なものを秘めた我々人間が、隠れて悪意を計らい、その富を独占するための強固な殻としての壁――
ニューヨークの、金融街をウォール街と呼ぶのもの、偶然ではない。
そこに、フリーメイソンやディープステートなど、陰謀論的なものが出てくるのも仕方がない。
なお、古代エジプトやシュメールのころから、職人と都市と“貨幣なるもの”は三位一体として生まれたものであり、金融や社会システムを牛耳るとされるフリーメイソンが、『自由なる石工ら、左官ら』というのも、当然のことだ。