44 黄色の壁の中、飲む紫色のワインと、抹茶と――
(4)
その後の、いわゆる後日談のこと――
パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりは、再び、庵を訪れていた。
例の、グレーの混じった揺らめく“黄色の壁”の中、
「わざわざ、こうして、使ってあげるなんてね」
と、戸を開けて露地を眺めながら、ドン・ヨンファが言った。
手に持つ、侘び寂と歪みのある湯呑には、抹茶が満たされていながら。
また、そこへ、
「まあ、そうすることで、分かることもあるじゃん、ぽよ」
と、パク・ソユンが答えた。
なお、つい昨日は、首に爆弾を爆発させられるという、常人であれば首ちょんぱか即死レベルの攻撃を受けたにも関わらず、こうしてケロッとしていた。
まあ、まったく持って、意味が分からないところだろう。
そうでありながらも、この『黄色の壁』の庵を訪れてやったというのは、何か思うところがあったのか、それとも、ただの気まぐれかはさておいて、
「ほら、ソユン」
と、わざわざこのふたりに付き合ってくれたのか、リーダーのカン・ロウンが、まるで茶をもてなす亭主のごとくか――? 年代物のワインかつ、ワイングラスに、深い紫色のワインをドボドボと注いでやった。
「うん。けっこうな、御手前ぽよ」
パク・ソユンが、評価するように言い、
「けっこうな御点前って、ただ、ワインを入れただけじゃないか」
と、ドン・ヨンファがつっこむ。
「まあ、それも、御点前のうちぽよ」
「はぁ、」
相槌するドン・ヨンファの傍ら、
「……」
と、パク・ソユンはジッ……と、揺らぐ黄色の壁の中、グラスに佇む紫色ワインを見つめる。
そのまま、ワイングラスに口をつけようとしたところ、
「あ? ロウン、さ? ぽよ」
「ん? 何だい? ソユン」
と、パク・ソユンが、カン・ロウンのほうを向いて、
「せっかくだから、私にも、お茶淹れてぽよ」
「ああ、いいよ」
「何だよ、茶とワインって、謎の組み合わせ……」
「まあ、いいじゃない」
と、ドン・ヨンファがつっこみながらも、パク・ソユンもドン・ヨンファと同じく、カン・ロウンに茶を立ててもらう。
そうして、香とともに抹茶を淹れてもらい、
「どうぞ」
「ぽよ」
と、パク・ソユンは湯呑を受け取る。
黄色の壁の中、飲む紫色のワインと、抹茶と――
「しかし? 何だったんだろうな? 君たちが招かれた、黄色の空間というのは」
改めてのように、カン・ロウンがふたりに聞いた。
「招かれたって……、勝手に、連れてかれたんだけど、」
ドン・ヨンファが、「勘弁してくれよ」との顔で答えつつ、
「まあ、もう、いいじゃない、ぽよ。戻って来れたわけだし、ぽよ」
「まあ、そうだな……。こうして、戻って来れたことだし……、いずれにしろ、 少し変わった壁だけど、良いひと時だよね」
と、あっけらかんとしているパク・ソユンの傍、抹茶を啜った。
「もしかすると、こうして茶を飲むっていうのは、この侘びと寂びの世界の中に自己が存在するっていうのを実感する、究極のひと時のひとつかもしれないな」
カン・ロウンが言い、
「ぽよ。まあ、この世界ってのが、仮想現実かもしれないけどね、ぽよ」
と、パク・ソユンが空になったグラスに、今度はワインを自分で注ぐ。
「あっ、またそんな飲むのかい? お酒は、ほどほどにしておきなよ、ソユン」
「だから、お酒は絶対やめたって言ってるぽよ」
「ああ、またその、ワインはぶどうジュース理論ね」
***
また、場面は変わって、
――カタン、コトン
とは揺れずに、レールの継ぎ目を感じることも無く、高速で流れる軽井沢に浅間山の車窓。
左官偽能アーティストこと、る・美祢八は富山のほうへ、北陸新幹線に乗って帰っていた。
「ふぅ……」
ため息交じりに、こちらは日本酒とつまみに、茶ではなく缶コーヒーなどという組み合わせ。
まあ、車内販売が無いから、予め缶コーヒーを買っておく必要があるから仕方がない。
「しかし、面白いものを見せてもらったかのう……」
車窓を横目に、美祢八は呟く。
今回の、噂に聞いた『黄色の壁』と、その異空間のこと。
そこへ、パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりが調べに行くように仕向けたというべきか?
まあ、ふたりが行ったのは結果として、良かったかもしれない。
「……」
と、美祢八は、何か資料を開いて手にした。
『シンギュラリティ委員会』との、組織名のある資料――
それを眺めながら、
「我が財団の、プロジェクトのひとつ――、トランスヒューマニズム技術の上で、“彼ら”は、もしかすると良い“参考”に、なるのかもしれない……」
と、美祢八は言った。
車窓に映る顔には、どこか狂人のような嗤いが浮かびそうになりながら。
また、その横から、
――トコ、トコ
と、若い女が通り過ぎた。
「おっ――? 良いケツだのぉ~」
などと、美祢八は鼻を伸ばしていた。
―――終了―――




