43 黄色の使い手のメンヘラなら、ゴッホの右に出るもんはおらん
「まあ、このふたりだからよかったものの……、結果、お前さんが連れ去った者たちは、壁の中の、異空間に呑まれてしまい……、二度とこちらの、もとの世界に戻ってくることはなくなった。そういうわけやろ?」
「ああ。そのとおりだ」
「そんでのう? どういった経緯で、“そんなこと”するようになったんけ?」
美祢八が問う。
「おお……、壁への質問とは、なんと稀有な質問か」
「ぽよ」
と、感心するカン・ロウンと、たぶん何も感心していないパク・ソユンが見守る中、
「さあ、な……? 私が、“生じた時”から、私は、そのようなことをしていたのだ」
「何け? 要すっに、よう覚えてないってことけ?」
「無責任な答えになるかもしれないが、そうなるな……」
「おいおい、何よ? それ~」
と、美祢八が、「勘弁してくれよ」との顔をしつつ、
「何ぽよ? そうすると、本当に、自分と向き合う系の人を見過ぎた結果、アンタみたいなのが出来ちゃったって可能性も、あるわけ? ぽよ?」
「ああ……。確かに、そう言われても、否定はできないな……」
と、翁は認める。
ここで、ドン・ヨンファも加わって、
「何だい? そうすると、庵の、黄色の壁を見てきた人たちの、“念”って言ったら、いいのかな? そういったものが、少しずつ“乗り移る”ようにして壁へと蓄積していき……、それらが情報体となって、この、翁が生じた――、っていう可能性が、少なからずあるってことなのか?」
「うん。そんな感じ」
「相変わらず、軽い答えだね、美祢八」
と、そのように翁に、『黄色の壁』に事の理由を聞こうとするも、しっくりとした答えが得られず、ただ「ああでもないこうでもない」と、仮説を巡らすだけになってしまう。
「ちなみに、そうすっと、アンタを――、この黄色の壁を作ったちゅうか、塗った職人のことも、覚えてないっちゅうことかね?」
また、美祢八が翁に尋ねる。
「壁を塗った、左官の、職人のことか?」
「おうよ。いちおう、壁に携わる生業をしとるからの、どんな人間が、どうやってこの壁を塗ったのか――? っちゅうのは、気になるやろ」
「そうだな……」
と、翁は考える様子で、微かに残る、記憶の断片とでも言うべき情報を探る。
「ゴッホみたいな、ナニカ複雑な陰鬱を抱えた陰キャのオッサンが塗ったのか? それとも、陽キャのオッサンが酒を飲みながら適当に黄色の顔料を混ぜて塗っただけなのか? ああ、ゴッホは躁鬱だったらしいからの、その両パターンもあり得るか?」
「ゴッホみたいなオッサンの、前提かい?」
「おうよ。黄色の使い手のメンヘラなら、ゴッホの右に出るもんはおらんやろ?」
と、つっこむドン・ヨンファに、美祢八は答えになってない答えをしつつ、
「まあ、覚えとったらで、いいけどの」
と、翁に言った。
「……」
翁は、ジッ……と、沈黙を挟みながら、
「すまんが……、思い出せないようだ」
と、詫びる。
「そうけ。まあ、いいっちゃ」
美祢八は、あっさりと言った。
そのまま、続けて、
「とりあえず、のう……。まあ、人間であれば、罪に問われるんやろうけどな、 なんせ、『壁』やし、ねぇ……」
と、翁の、『黄色の壁』の“してきたこと”に言及する。
「そうだよ、ねぇ……」
「ぽよ」
ドン・ヨンファと、パク・ソユンも相槌する。
「……」
翁は、ジッとして、美祢八たちのほうを見る。
確かに、人間であれば何人かを殺めたことになり、殺人犯として問われることになるだろう。
だが、美祢八の言うように、それを“やった”のは、『壁』という、人はおろか生物ですらない存在であるのだ。
そうして、暫しの沈黙を破って、
「まっ、とりま……、もう、やめとかれよ」
と、美祢八が、やれやれと諭すように言った。
「ああ、分かった……。すべてではないが、ある程度、私を理解してくれたことに敬意を払い、もう、このようなことはしないでおくよ……」
翁は美祢八の言うことを聞いて、約束した。
「おうよ。しちゃ、ダメよん」
「ダメぽよー」
「何だよ、ふたりして気の抜ける返事して」
美祢八と、まだ血の美しく滴るパク・ソユンに、ドン・ヨンファがつっこみたくなりながら言う。
そうして、翁こと『黄色の壁』の、黄色の空間は消失していく。
その、CG動画のように、黄色のキューブリックな泡のように異空間空間が消えてしまう直前、
「ん――?」
と、揺らぐ黄色の雰囲気の中に、ドン・ヨンファは気がつく。
少し離れた眼前の、る・美祢八。
その美祢八に浮かぶのは、まるで嗤うサタンとワニをまぜたような、異形の黄色の影――
「……」
ドン・ヨンファは、戦慄したように目を見開く。
「ん? どしたん、け?」
キョトンとした顔の美祢八に、
「い、いや……、何も……」
と、ドン・ヨンファは半ば引っかかるものを感じながらも、「気のせいか」と答える。
その様子を、
「ぽよ?」
「……」
と、パク・ソユンとカン・ロウンは、何か意味深に見つつ。
そうしている間にも、黄色の異空間は全て消失してしまい、四人は元の庵へと戻ってきた。
そこには、躁鬱にも似た揺らぎながらも、『黄色の壁』が絶対的に佇みながら――




