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黄色の壁  作者: 石田ヨネ
第一章 ある噂
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2 何か、土っぽくてヒビをいれときゃ、左官っぽいナニカがある的な

「これは確かに、ゴッホの作品に出てきそうな感じですね」

 スーツ姿の美術関係者の女が、まさにゴッホの名を出した。

「おうよ。なかなか、この質感とか色を出すのが、ダヤいんやっちゃ」

「ダヤい、って……」

 とは、答えた美祢八の言葉に、また別の誰かが反応する。

 なお、この『ダヤい』とは富山弁である。

『めんどくさい』とか『疲れる』とか、そういった意味の言葉なのだが、標準語では微妙に表現しにくいニュアンスがあるとかないとかとのこと。

「ちなみに、この、ゴッホの造花――というべき作品ですかね? まあまあ、売れているんですよね?」

 と、こちらは美術商っぽい中年男が、美祢八に聞く。

「そうけ? そんな売れとる感じはせんけど……、まあ、活け花の代わりというか、変則的なアレンジメントに採用されとるみたいやね」

 美祢八が答える。

 また今度は、

「――で? そっちは、作品として分かるんですけど……、こっちは、もろに“壁”、ですよね?」 

 と、別の男が指しながら、美祢八に尋ねた。

「うん。もろに、“壁”やね」

 美祢八は、そのままの答えを返す。

“壁”―― 

 通常は、建築の一部で、むしろアート作品を飾られるほうの土台で、わき役にすらならない存在。

 しかし、それが展示されているからには、いちおう作品なのだろう。

 そして、そんな“壁”だが、どういった作品なのかのと言うと、少し目を凝らしてみる必要があった。

 すると、こちらも先ほどの造花と同じく、どこかで見た記憶のある人が多いのではと思われる。

 ゆらゆらと揺れながらも、時にその“揺らぎ”は、ぐるぐると渦を巻きながら融合・分離してカオスにも蠢く。

 同時に、平面でありながらも、こてこての、凹凸のある質感、とーー

 そうであるーー

 こちらも同じく、ゴッホの作品群の“背景”を、左官的にオマージュして表現した壁だった。

『ひまわり』の、全面黄色の背景だったり、くすんだ緑色の背景。

 あるいは、『自画像』の、なんとも言えないオーラにゆらめく水色。

『星月夜』の、くるくると巴を描く月の明かりと、夜の群青の闇。 

 そうした作品たちを、思い浮かべるとよろしいかと。

「まあ、何て言うんかねい? ゴッホの絵画の、背景っぽい壁――、っていうべきかね?」

「「「そのまんまじゃないですかッ――」」

 時間差をおいて言った美祢八に、つっこむ声が重なる。

 ただ、そんなゴッホ風の壁の前にて、女子たちが、いや女子たちだけでなく老若男女を問わず、写真や動画を撮っていた。

 SNSに載せるためという、現代人がやるようになって久しい行為のアレである。

 まあ、自分たちがゴッホの絵画の中に入ったかのような、あるいはゴッホに描かれた肖像画にでもなったように、お茶目にも愉しんでいるのだろう。

「それで、美祢八さん? これらの、“平面”の壁には造花ではなく、逆に本物の活け花と、あべこべにコーディネートされていますよね?」

「そこに、ギャップを感じさせるわけですよね」

「まあ、月並みに言えば、せやろね」

 美祢八が答える。

 そうしつつ、壁のひとつーー、他の作品とくらべると特にパンチのきいているわけではない、とあるエメラルド色の壁に近づいてみる。

 その壁の前には、レモン色の混じったセメント造形の花器に、ひまわりだったり、黄色い花がコーディネートされている。

「わざと、ムラやくすみ、はがれの入ったエメラルドの壁……、絵画的な材料と左官材料で仕上げたんですよね? なんとも、味がありますね」

 先の、スーツ姿の女が言うと、

「味って、何よ? コンソメ味け? むしろ、便所の古びたペンキ壁にでもありそうやっちゅんがぜ、こんなもん」

「自分のプロデュースした作品に、何てことを……」

「ちょうど、ペンキが少しはがれたり、変色したり、汚れたりしたのがあんな感じになるやねか? あれも、一種の詫び錆やっちゃ」

「まあ、時の変化を感じるものではありますけど……」

 このように話しつつ、“る・美祢八”という男であるが、壁だったり、左官で用いる材料や技法を活かした作品のプロデュース・制作していた。

 左官をベース、バックグラウンドとしたアーティストであり、左官“偽”能士を名乗る。

 まあ、左官の中には工芸と同じく、アートと親和性が高い部分があるのは間違いないのだが、あくまで、本来の左官や職人とはカテゴリとは外れたことをやっているわけである。

 ゆえに、“職人”と自称するのは憚られるという意味での、『偽』の当て字を使っているのだろう。

 そのようにしながらも、また変わって、

「ゴッホを着想にした左官彫刻の造花と、壁……、けど、美祢八はん? こっちは、また打って変わって、左官っぽい作品ですねぇ」

 と、はんなりした様子で、お洒落な丸メガネの男が指して言った。

 ミスター・オリベスクと名乗る、こちらもアーティストというか、プロデュース会社を経営している商売仲間の男。

 そのMr.オリベスクの指す先――

 そこにあったのは、黄色の、“ヒビ”のはいった作品、

 田舎にまだ残っていそうな、古い民家や農家の納屋や作業小屋にでもありそうな、土の荒壁を思わる質感でありつつも、その色は“まっ黄色”の――、それこそ、ペンキのような黄色というモダンな作品。

 そして、“それ”を敢えて掛け軸にしたという――

「はぇぇ……、これはまた、面白い作品ですね」

「あん? そうけ? こんなもん」

「また、こんなもんって……」

 感嘆の声にも、“こんなもん”呼ばわりする美祢八に、

「――でも? 私、この作品が一番惹かれますよ? 美祢八さん」

 と、こちらは黒髪に、赤い蝶のような髪飾りを両サイドにつけた、FM商会のマネージャーを務める若い女が言った。

「そうけ? ただ、ヒビをいれただけやねか、こんなもん。何か、土っぽくてヒビをいれときゃ、左官っぽいナニカがある的な」

「いや、自分で言いなさんなよ」

 と、Mr.オリベスクがつっこんだ。

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