ぬとっと何かを
1
ぬとっと何かを踏んだ。
「ひゃっ!」太郎は慌てて飛び退く。
午後7時。もうあたりは真っ暗。
匂いはしないからアレではないようだが。
普段は暗くなってから外へは出ないようにしているが、
町内会の役員を押し付けられ、無料での労働を
やらなくてはならなかった。
太郎は大阪の人口密集地に生まれ育ったが、
周りの柄、治安の悪さに嫌になって
田舎に引っ越した。
しかしアパートでは周りの騒音がうるさかった。
そこで静かな地区の古民家を格安で借りた。
条件として役員を引き受けて雑用をすること。
舗装されていない田舎道を歩いて自宅に帰ろうとしていた。
2
暗くて何を踏んでしまったかは見えない。
太郎は近眼で鳥目。メガネをかけると頭痛がするのでかけない。
自動車の運転もできないし仕事で失敗ばかりでクビになっていた。
すっかり世の中に絶望していた。
生きていくための第一条件、お金を稼ぐ事ができなかった。
早く死んで楽になりたい、が口癖の超暗い性格。
結局、横に寄って歩き出した。
自宅の古民家に到着。
まずは虫が侵入していないかを点検して。
田舎に望んで住んだくせに反風水師、自然大嫌いだった。
サラダ、弁当、インスタント味噌汁で夕食。電子レンジで温めるだけ。
図書館の本を読んでると。
トントントン、とドアがノックされる。
インターホンは付いていない。
町民からの相談だろうか。
「あ、はい。どちらさまでしょう?」
太郎は自分を貴族と思い込んでるので、ていねいに応対した。
大阪の人口密集地のスラム街では悪人が多いので
不用意にドアを開けることは無い。
しかしここでは町民全員が顔見知り。
太郎がよそ者。ここは親切に振る舞うべき。
ドアを開けて驚いた。
目の覚めるような美女が立っていた。
まるで小沢真珠とジェニファー・コネリーを
AI合成したような絶世の容姿。25歳バージョン。
服も個性的で素晴らしい。まるで薔薇の妖精!
3
私「どうしました?」
美女
「私は近所に住んでいるものです。
実は夫が、煙草を買ってくる、と言って昼ごろに家を出て
夜になっても帰らなくて探し歩いているのです。
夫の行方をご存知ありませんか?」
「いえ、知りませんが」
「あら、でも夫の匂いをたどってきたんですが」
「え?」
「やはり。あなたから夫の匂いがします、しかも血の臭いが」
すぐ近くに美女が寄ってきた。
すばらしい香りがして。
「えーと、近いですよ。私は嬉しいですが」
伸ばしてきた相手の手をどかそうと、手で触ると。
ザワッ
まるで濡れ雑巾をさわったような不気味な感触。
「あれ?」
急にひどい悪臭。
カーテンを開けたように視界がゆがんで。
目の前にいるのは人より大きいどぶねずみ!
牙が並んだ大口を開けて太郎の顔にがぶりと噛み付き、
首のところで食いちぎった!
4
「うわあああっ・・・・あれ?」
古民家の天井が見える。
チュン、チュン、と雀の声。外は明るい。
いつのまにか朝。
居間で眠ってしまったらしい。
どこにも怪我はしていない。
「今のは夢か。なんと水鳥拳、いや、なんという事か。
つまりは・・・」
外に出て、何かを踏んだ場所へ急いだ。
そこには無残に潰れたネズミの死骸が・・・
無くて、潰れた蜜柑が落ちていた。
「・・・・・」
隣家の敷地から枝が伸びていてそれに
成ったミカンが落ちたらしい。
「・・・・・・えーと・・・・これは・・・
配偶者の女性は、妻、女房、夫人・・・すると
「ブルース・リーの奥さん」、だな。
李婦人、りーふじん、理不尽っ!」
手本は小学館文庫「超短編!大どんでん返しスペシャル」