悪意に気付くことはなく
いつのまにか三時のおやつの時間は離宮通うようになったアロイス。そんなアロイスに興味をそそられたのは第一王子兼王太子、アレクシだった。
「アロイス」
「兄上?どうしました?」
「もう。私達は兄弟なんだから私的な場では敬語なんて使わないで。いつも言ってるだろう?」
「…兄上は変わらないな。で、どうした?」
「最近、ルーヴルナの所に通ってるみたいだけど気に入ったの?」
一瞬でアロイスが警戒態勢に入る。アレクシはそんなアロイスに笑いながら言う。
「咎めるつもりはないんだよ。邪魔も告げ口もしない。ただ、ルーヴルナってそんなに面白い子なのかなぁって思って。見た感じそのまんまの空気の読めない幼い子供だと思ってたんだけど」
「…幼い子供はみんな空気を読むのは難しいと思うぞ?あの年頃にしてはしっかりしてる…方だと思う、ちょっと危なっかしいけど」
「危なっかしいねぇ…よし、私もルーヴルナに会ってみよう!」
「はあ!?」
ということで、アレクシは離宮に向かうアロイスについていく。
「アロイスお兄様、お帰りなさい!あ!アレクシお兄様もいるー!」
「ただいま、ルーヴルナ」
「アレクシお兄様もお帰りなさい!」
「…うーんと、ただいま?」
「うん!あっちでおやつ食べよー」
アロイスとアレクシの間に入り、手を繋いで庭に案内するルーヴルナ。その無邪気さにアレクシは毒気を抜かれた。
「どうやってアロイスに取り入ったのかと思ったけど、本人はその気はないのか…」
「兄上、何か言ったか?」
「ルーヴルナは可愛らしいなぁって」
「俺の自慢の妹だからな」
「私もアレクシお兄様とアロイスお兄様が大好きだよー!」
アロイスとルーヴルナの親しげな雰囲気に、アレクシはアロイスの方が余程危ういと思うけどねと口に出そうになって飲み込んだ。
「ちょっと待ってね。今ルナがお茶入れてあげるね」
ルーヴルナがお茶を淹れようとしてさすがにアレクシは止める。
「待った。危ないよルーヴルナ」
「なんで?いつもしてるよ?」
「アロイス?どういうこと?」
「この離宮、使用人が乳母しかいないんだよ」
「なんだって?」
アレクシは自分の耳を疑う。そんなはずはないのだ。
「住み込みの乳母も最近体調を崩してて、ルーヴルナは自分のことは自分でしてる。だから、しっかりしてる方って言っただろ。ルーヴルナの淹れる茶は美味しいし」
「…それはおかしい。私はちゃんとルーヴルナの離宮のために費用を割くよう提言しているし、父上もさすがにそれは受け入れてくれた。ちゃんと書面でも確認したし、ルーヴルナの使用人が一人だけなんて有り得ない。ルーヴルナ、何か…知ってるわけないか。…至急調べる。私はこれで失礼するよ」
アレクシが席を立とうとすると、ルーヴルナは必死になって止める。
「あ、アレクシお兄様待って!帰っちゃやだ!」
「ルーヴルナ、お兄様はちょっと調べ物があるから…」
「あのね!お金のことなら違うの!ロイドおじさんが教えてくれたの!」
「ロイドおじさん?」
「宰相のことか」
ルーヴルナと関わりを持つ者の中で、ロイドと聞いて思い浮かぶのは宰相くらいのものだ。
「ロイドおじさんがね、スラム街の子供達の為にきゅうさいそち?をしたいから、お金が必要だからお金ちょうだいって。だから上げるよってサインしたの!だから、大丈夫なの。一緒にガトーショコラ食べよう?ね?」
「…あのくそじじい!」
宰相が幼いルーヴルナを騙してお金を巻き上げたのに気付いたアロイスはブチ切れる。アレクシはルーヴルナを怖がらせないために、アロイスに冷静になるよう言った。
「アロイス、落ち着いて。…ルーヴルナ、いいかい?これからは、どんなことがあっても安易にサインはしちゃいけない。なにかサインが必要な場面では、必ずアロイスお兄様か…私に聞くんだ。いいね?」
「…そうなの?ごめんなさい…」
「いや。これは教えてあげなかった私が悪いんだよ。ルーヴルナは悪くない」
「じゃあ一緒におやつ食べてくれる!?」
瞳をキラキラさせるルーヴルナに、断ることはアレクシには難しかった。
「…うーん。わかった、食べようか」
「うん!」
ルーヴルナは宰相の悪意に気付くことはなく、無邪気に兄たちに甘えていた。