ある賭博場での会話(元婚約者視点)
人によってはホラーに感じるかもしれませんので、ご注意ください。
「私、こういった場所は初めてなんです。お手柔らかにお願いしますね」
誰が手加減などするか。
俺から最愛のアイツを奪っておいて。
もたついた動作でカードを確認する憎き恋敵を俺は睨みつけた。家の金の力でアイツの事業を支援して、近づいて…支援者だから求婚を断れなかったアイツが悲しむ顔を想像した。
きっと涙を流したアイツの顔は綺麗だろうな。
俺が迎えに行けば泣いて喜ぶだろう。
安心して迎えられる様に、まずは家の借金を返さないとな。
そのために、この公爵令息からむしり取ってやる。
ここは闇賭博。ここへ入るのには紹介につぐ紹介が必要だったので苦労させられたが、その分レートが高い。欲をかいて大損する者も見て来たが、賢い俺は引き際を弁えているので着実にここで稼いでいた。
領地経営や事業など地道な努力なんてバカがすることだ。ここなら1日で月の儲けが得られる。父様も母様も最初は反対していたが、平民を当てにした領地での経営より賭博で稼ぐ素晴らしさを知ってからは毎日ここに通っている。
そんな場所に、アイツを奪った公爵令息が今日来た。
スリルを求めて客同士が互いの財産を賭けることもある。
いい事を思いついた俺は公爵令息に話しかけてカードを始めたってわけだ。
手始めにこいつの手持ち金を全ていただこう。
手札を見ていると当然公爵令息が話しかけてきた。
「彼女とは、どうして婚約していたんですか?」
「は?」
「ピグナと。していたでしょう?私、気になってしまって」
「愛し合っていたからに決まってますけど」
「はあ」
◇◇◇
そう、あれは5歳で招待された誕生日パーティー。
誰のだったかは覚えていない。
そこでアイツに会ったんだ。
クリームブロンドの髪に、チョコレートを溶かしたようなブラウンの丸い瞳。触りたくなるような肌に、柔らかそうな桃色の唇。
精巧に作られた人形のような女子だった。
周りの男子たちも黙っていなかった。
ソワソワとしながら横目でアイツを見る。
「あの子、アガーレ伯爵の子じゃね?」
「次期領主として、もう勉強もしているんだって」
「名前は…ピグナ嬢だっけ?」
ピグナ…ピグナ……
「おい、そこのブタ!」
「………」
初めての会話はこんな感じだった。
仕方ないだろ、アイツの前だと上手く息ができなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ。
俺は女子から見てカッコいいらしいし、アイツも俺と同じ気持ちになって、上手く話せなかったようだ。
帰ってすぐ両親にアイツと婚約したいって言っても許してくれなかった。アイツが伯爵領の次期領主だから、次期ハイキ侯爵の俺と結婚できないんだって。
俺と結婚できるんだから、伯爵領なんて捨てればいいのにと思っていた。すると、アイツは弟に次期領主を譲った。
そんなに俺と結婚したかったんだな。
爵位は俺の家の方が上だから、アイツの家から結婚しようとは言えないことは知っていた。
だから、俺の方からわざわざ申し込んでやったら、何を勘違いしたのか弟と俺じゃ結婚できないから断ると返事してきた。
なに恥ずかしがってるんだよ。
仕方ないから俺から告ってやるか。
「おいブタ!まあまあ頭がいいらしいから、どうしてもって言うなら、しかたなくオレが結婚してやるぞ!」
「あら、照れちゃって!本当は嬉しい癖に」
「ふん!」
母さまがヤジを入れてきたが、納得したのかアイツは黙っていた。
アイツの親はごちゃごちゃ言って邪魔してきたが、父さまと母さまが味方してくれたから、婚約者になった。
◇◇◇
「…って感じで、俺たちは婚約したんですよ」
「聞いていたら、お2人は両想いのような話ぶりですが」
「両想いだよ。それなのにおま…ティモール公爵令息と婚約することになってしまったんです」
「私はお2人を引き裂く悪者という事でしょうか?」
「失礼ですが、そうなります。私たちは婚約者として親睦の茶会を週に2回、手紙なんて毎日していましたから」
◇◇◇
茶会は俺の家でよくやったものだ。
たまにはアイツの家でするのもいいかと思って来てやったこともあったが、その時に出された飲み物は泥水のようだったし、茶菓子は一切なかった。
「なんだよこれ!客に出すもんじゃねー!おい、こんなん用意した使用人を出せ!」
「これを用意するよう命じたのは私です」
「はあ!?なんでこんな…」
「我が家は領民の営みの上で細々と生活しております。無駄な支出は許されません。領民たちが汗を流して働いている最中、(招かれざる者に対しての)茶会など言語道断なのです。私と婚約する以上、こちらの家庭事情もご理解ください」
「…ちっ」
それからは茶会はウチですることになった。
アイツは恥ずかしがって手紙が上手くかけなかったり、好き過ぎる俺との茶会に緊張して体調を悪くしたりしていたが、俺たちの関係は良好だった。
贈り物だってしあっていた。最初は俺デザインの純金アクセサリーが貧乏な伯爵家には恐れ多かったのか送り返されたりしたが、母様の説明もあって受け取るようになった。
あの時、説明が長くなったから一緒に夕食もできてよかったな。
持ち出して壊れたり失くすのを恐れていたのか、身に付けている姿は見た事なかったが、俺との思い出として大事にしてくれているだろう。
アイツは贈り物のセンスがなかったから、いつも現金を贈ってきていた。
欲を言うなら、安くてもいいからアイツが選んだ物を俺の取り巻きたちに見せつけたかったが、俺が贈ったアクセサリーの金に相当する金額を送って来ていたから貧乏な伯爵家の割には頑張って工面していたのだろう。その努力に水を差すのも無粋かと思い、黙っていた。
◇◇◇
結果、俺へのプレゼントを工面するために事業なんてものを始めて、この公爵令息に目をつけられてしまったのだから、文句を言っておけばよかったと後悔している。
「負けてしまいました。ビギナーズラックなんて言葉があるから勝てるかなと思ったのですが難しいです」
「じゃあ、このチップはもらいます」
「大負けですね。帰ってピグナに慰めてもらうことにします」
こいつ、俺に喧嘩売ってるな。
「それでは…」
「待ってください。まだ賭けれる物があるじゃないですか」
「お金以外を出せと?用意できるのは、ピグナたちの事業の配当権と…」
「アイツとの婚約権、出してください」
帰る支度をしていた公爵令息の動きが止まった。
この闇賭博では権利や人権さえ賭けることができることを利用して、アイツを取り戻す。
コイツのおかげで借金を返すあてはできたから、安心して迎えにいけるしな。
「ピグナを奪われれば私は死んだも同然です。私の人権も賭けましょう」
「は?いらね…」
「それで、婚約権と私の人権。これらに相当するものを貴方は出せますか?」
「さっき勝った金じゃ足りないな。これに俺の人権も加えれば…」
「足りません」
突然割り込んできた声の方を見るとディーラーが立っていた。
聞くと、アイツは今や大きな事業を持つ資産家の1人になっているとか。それに加えて公爵令息の人権。俺の人権と手持ちの金では価値が釣り合わないらしい。
悔しいが、勝負が始まらなければ意味がない。ルーレットに夢中になっている父様と母様を呼び出す。
「あんな小娘にまだ執着しているのか、もうやめておけ」
「そうよ。私たちのありもしない噂をばら撒いて泥を塗った子なのよ!もういいじゃないの!」
「でもアイツを取り戻せば、全て元に戻るんだ!噂も嘘だったってなる!」
渋っていた両親だが、アイツが資産家になっていることを知って価値が高くなったと知ると、取り戻すことを了承して、侯爵家の家財、屋敷、土地、爵位を賭けることを承諾した。
「絶対に勝てるんだろうな」
「あの公爵令息、すっげー弱いよ。楽勝だ。出来レースだよ」
「勝てば、あの公爵令息の人権ももらえるんでしょう?あんな生意気な子、飢えた婦人に売り飛ばしてやりましょ」
そして、お互いを賭けた勝負が始まった。
公爵令息は…青褪めた顔をしているな。
バカめ、簡単に自分を賭けるなんて言うからそんなことになるんだ。
自分の人権を賭けるって言えば、俺が引き下がると思ったんだろうが、俺のアイツへの愛は強いんだ。
お前の、お芝居みたいな愛とは違う。
◇◇◇
「貴女みたいな貧乏伯爵家の女、彼には相応しくないわ」
「……」
「なんとか言ったらどうなの?」
「どうかしたか?」
「あ、ハイキ侯爵令息ぅ〜。この子、ジュースを溢しちゃったみたいでぇ、大丈夫?って声をかけていたんですぅ〜」
「そうか。おい豚。これで汚いドレスを拭いとけよ」
「あはは、豚だなんてかわいそ〜」
「……」
俺の取り巻きの女たちが陰でアイツを攻撃していたのも知っている。だからハンカチを渡して助けてあげたりしていた。
こんなにモテている俺が、気にかけていると分かって感動したアイツは言葉にならなかったようだ。
社交界でアイツを自慢したい俺は、エスコートして参加していた。
だが、目立たせてしまうと、アイツに唾をつけようとする男が出てくる。アイツの可愛らしさは女でも油断できない。だから、壁側で俺がいかに社交界での人気者か見守ってもらっていた。
言葉にしなくても、離れていても、俺たちの愛は不変だ。
◇◇◇
だが、この公爵令息は、権力と財力で俺たちの愛を引き裂いた。
婚約破棄を持ちかけたのは、公爵令息の陰謀が俺に及ぶのを最小限にするためだったんだろう。
あんな下手な芝居をうって庇っていたんだ。
だが、俺は引き下がらない。
俺はチップと手元のカードを見た。
勝てる。
勝てるぞ!
この勝負で俺は、愛する人を取り戻す!
「ストレートフラッシュ!!」
「ロイヤルストレートフラッシュです」
終わった…。
真っ白になった俺の全てのチップも権利書も全てディーラーが容赦無く回収した。
報酬を受け取ったら用は済んだと言わんばかりに上着を羽織った公爵令息は俺の耳元で囁いた。
「まあ、例え賭けで勝っても彼女は手に入りませんでしたよ。ピグナは物では無いんですから」
勢いで振り返り、公爵令息を見ると冷たい表情をしていた。
俺の唇は凍えた様に震えて、うまく声が出ない。
だが、ここで否定しないと。
俺の愛を示すんだ。
「アイツと俺は愛し合っている!物でなんて見てない!」
「彼女から一度でも聞きました?愛していると」
「聞いてないが、俺たちに言葉なんて」
「態度は?眼差しは?」
「………」
だめだ。認めちゃだめだ。
違う。
アイツを人形として見ていたわけじゃ無い。
脳裏でアイツとの日々を思い返す。
綺麗な字を練習しているのか、よく筆跡が変わる短い手紙。
茶会での、焦点が合わない固まったチョコレートのような瞳。
エスコートしたパーティで、飾り立てられていないクリームブロンドの髪を退屈そうに指で弄ぶ立ち姿。
だが突然
場面が変わる。
忌々しいあの夜会でのピグナを。
公爵令息に愛を告げられて、蕩けたチョコレートの瞳と、初めて口角が上がった桃色の唇の
絵画のような美しい笑顔。
それからのことは
よく覚えていない。