8.シルルカの話 ♡ 相性 → 協定
それは小さなころに憧れた御伽噺。
茨の森に閉じ込められたお姫様のもとに、
王子様が颯爽と現れて助けてくれて。
それをきっかけに二人は恋に落ちて、
愛を育んで、
やがては結ばれる――そんなよくある夢物語。
「……だけど」
夢なんかじゃなくて。
いつか、あたしも――
そんなふうに思っていたけれど。
『勇者様……!』
『助けてくれて』
『ありがとう!』
あたしはいつの間にやら。
――〝助ける側〟の人生を歩んできたみたいで。
もちろんそれは十二分にシアワセなことで。
みんなの笑顔を守れることを誇りに思うけれど。
あたしの一番の自慢なのだけれど。
『勇者様は』
『とってもお強くて』
『たくましいですね!』
なんて。
お姫様からはほど遠い言葉をかけられるたびに。
「やっぱりいつかは」
そんなあたしなんかでも。
「すっかり平和になった世の中で」
肩の荷をおろして。
みんなが笑顔になった世界で。
「お姫様に――なってみたいな」
そんな、ささやかで、
きらきらとして、
あたたかな、決意を。
シルルカは胸に秘めて。
「どうかお願い、」
夜を流れる星に向かって。
「神様――」
祈った。
♡ ♡ ♡
時は戻って、現在。
(あ、あたしがどうして、魔王とマッチングしてるのよ……⁉)
勇者は絶賛混乱していた。
「あたしたちの相性が良いってのは、本当なわけ……?」
占術士はあっけらかんと頷いた。
「うんー! ここにいるみんな――つまりは、聖女ちゃんと、」
彼女は光り輝く水晶を片手に持ち替えて、それぞれを指さしながら言う。
「淫魔ちゃん、勇者っちは――魔王サマと、相性がばっちりみたいー。えへへー、魔王サマ、嬉しい悩みだねー」
「ぬ……そうだな」魔王は少し考えるようにしてから言った。「余が妃を探す上で、候補者が多い分には構わん」
「うー……なんだか軽薄い発言だけど、世界の平和諸々がかかってるから許してあげるわ。でも、」
勇者はそこで溜息をひとつついて言った。
「あいにくだけど、あたしはパスするから」
「えー! なんでなんでー⁉」占術士が掌を広げて驚く。「勇者っち、あんなに〝マッチング相手〟のこと心待ちにしてたのにー」
「相手が相手すぎるわよ! だって、どこまでいっても、あたしは勇者だし。こいつは魔王なんだから。結ばれる運命には無いわ」
「うやー、つまんな……じゃなくて、もったいないー」
「おい。今『つまんない』って言いかけたでしょ」勇者が顔をしかめる。「まったく。恋愛ドラマじゃないんだから」
「三角関係よりも四角関係の方が過剰で面白そうだったんだけどなー」
「面白い面白くないの問題じゃないのよ!」
まったく、と勇者は嘆息する。
そこで「ずい」と淫魔が聖女の前に進み出た。
「聖女だかなんだか知らないけど――これで正真正銘、同じ土俵に立った。私も魔王さまと相性が――イイ」
「あらあら。申し上げましたでしょう? モエネと旦那様は式を挙げる目前にまで迫ったのです」
「でも魔王さまは、貴女のこと……愛してない」
「うっ! それを言われると、返す言葉がありませんわ」
「それにおっぱいも効果ない」
「うっ! うっ!」
ダブルヒットを喰らった聖女は唇を震わせる。
「で、ですがっ! それでいえば、旦那様は今、結婚したいほど〝愛している〟お方がどこにもいないというのも事実ですわ」
「悔しいけど、確かに――そう」淫魔が寂しそうに目を伏せた。「魔王さまは、鈍感」
「その上で、旦那様は自らに〝真実の愛〟を知った相手でないと結婚できないよう契約をなされました――どこかの女豹の口車によって」
「ちょっと! だれが女豹よ!」と勇者が物申す。
「そこであらためて、提案ですわ」
聖女は、ぽん、と手を合わせて言った。
「ひとり勝ちではなく――お互いに手を組むというのはいかがでしょう?」
「どういう……こと?」と淫魔が怪訝に訊き返す。
「結婚とは言わずとも、まずは旦那様に〝恋する感情〟を知っていただくのです! 幸いにも、ここにいる我々は旦那様と相性がイイとのことですから」
「でも、どうやればいいのよ」と勇者も訊いた。
「簡単なことですわ。皆さんで魔王様を――ドキドキさせましょう」
「ふうん。魔王をドキドキ、ね……確かに、恋をさせる第一歩としてはいいかもしれないわ。このままじゃ――」
勇者はそこで魔王に視線を向ける。
彼は座った回転式の椅子をくるくると回して遊んでいた。『やんちゃなお子様か!』と勇者は心の中で突っ込んでから続ける。
「こいつが結婚するまでに、世界どころかあたしの寿命が尽きちゃいそうだもの」
はあ、と勇者は大きなため息を吐いて続ける。
「それで? どうやってこの鈍感魔王をドキドキさせるつもりよ?」
「先ほどの〝ぱふぱふ〟ではうまくいきませんでしたが……それならば次のステップです」
聖女はそこで空に指を立てながら、透明感溢れる笑顔で言った。
「我々3人で魔王様に――接吻をしてまいりましょうっ」
「……は?」
勇者は「は?」と言った。