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6.式 ♡ 許嫁 → 契約


 からん、ころんと。

 綿飴のような雲が浮かぶ空に、鐘の音が響き渡った。

 ぱたぱたと白い鳥が飛んでいく。周囲に紙雪が舞う。


 ――結婚式だった。


「てかてかぶっちゃけ、ふたりは永遠の愛――誓う気ある系ー?」


 神父姿の占術士があっけらかんと訊いた。


「はい、ですわっ」


 純白のドレスを着こんだ聖女が答えた。

 

「うむ」


 タキシード姿の魔王が頷いた。


「もがーっ! もがーっ!」

 

 勇者は何やら()()()()していた。

 会場の後方の柱に紐で結び付けられ、口には布を巻かれている。

 どうやら彼女は、出会って30分後に始まったふたりの挙式を止めたいようだった。

 

「おけおけー。ぢゃああらためて、誓約書にサインしちゃってー」


 占術士は勇者を無視して、花嫁と花婿のふたりを促した。


「もがああああああああああ」


 勇者がひときわ大きく叫んだところで。


「その結婚――待って」


 後方の扉が開かれて。

 ひとりの少女が入ってきた。


「もがああ……ぷはぁ! よかった、外れた!」


 同じタイミングで勇者の口元の布が取れた。

 ふるふると首を振ってから、突如現れた少女に視線を向ける。

  

「わー……」

 

 歩くたびに揺れるストレートの黒髪。瞳は血よりも紅い。

 凍てつく氷のように冷ややかな目鼻立ちに透き通った肌。

 それらと()()()()なくらいに豊満な恵体。

 頭には小ぶりな角と背中には漆黒の翼、臀部からは尻尾が生えている。

 

 中でもひときわ目を引くのは――

 これでもかと肌を露出させたその衣装だった。


「え、えっちな格好……!」


 勇者が頬を紅くして呟いた。


「って! あんた、いきなり現れてどこのだれよ……?」

「……私は、魔界から来た、淫魔(サキュバス)


 その露出の激しいクールな少女――淫魔は言った。


「へ? 淫魔……?」

「こくり」と彼女は実際に言って頷いた。「そして、そこにいる魔王さまの――許嫁(フィアンセ)

「許嫁ーーーーーー⁉」


 勇者が叫んだ。

 

「って言ってるけど、魔王さん⁉」

「ああ。確かに其奴(そやつ)は、余の――許嫁だ」

「許嫁、いたんかああああああい!」


 淫魔は溜息とともに首を振って、淡々と続ける。


「許嫁にことわりなく結婚式をするなんて……前代未聞。しかも、私の静止も振り切って、魔界を勝手に出ていった」

「クウルス。申したであろう。余は同じ魔族である其方(そなた)と結ばれるわけにはいかぬのだ」

 

 クウルスと呼ばれた淫魔は眉をしかめる。


「納得、できない」

「聞き入れよ。これは世界のためなのだ。延々と続く争いに終止符を打つべく、余は人間族の女子(おなご)と結ばれる必要がある」

「ぷくう」と言ってクウルスは頬を膨らませる。「魔王さまは私よりも、そこにいる聖女のことを――愛してる?」


 しかし。

 魔王はそこできっぱりと首を振った。


「いや、特段愛してはいない」

「えーーーーーーーー⁉」

 

 勇者は叫んだ。衝撃で柱に縛られていた縄が解ける。

 しかし最もショックを受けたのは他ならぬ聖女の方だった。『がーん、ですわ……』と口を呆然と開けている。

 

「だったら、はじめから許嫁の私と――」

「そういうことでもないのだ」

 

 淫魔が言いかけたのを、魔王は制して、


「あいにく余はダレカに対して、愛するといった感情を抱いたことはない。これまでの人生においてな」

「え……?」と勇者はなにかに引っかかるように眉をひそめた。

「つまるところ、そもそも余には――〝人を愛する〟という気持ちが、到底分からぬのだ」

 

 魔王はどこか寂しげにそう言った。

 冷ややかな風が周囲を吹き抜ける。

 それが落ち着いたところで振り返って、

 

「というわけだ、聖女よ。中断して悪かったな」

「……はっ!」聖女は我を取り戻して、「とんでもありませんわ。堂々と『愛していない』と公言された折にはいささか悲しうございましたが――つまりは旦那様は『どなたに対してもそう』ということですわよね? でしたら結果として、旦那様と結ばれることができるならモエネは幸せです。加えてこの世界を救うことにも繋がれば、良いこと尽くしですわ」

「そいじゃ、結婚式の続きしちゃう系でおけまるー?」と占術士が訊いてきた。

「ああ、構わぬ。進めて――」

「待って!」


 今度進行を止めたのは勇者だった。


「ぬ? どうした、仲人(なこうど)の勇者よ」

「だから仲人じゃないって! っていうか、仲人だったら柱に縛り付けんなや!」と勇者は突っ込んでから、視線を斜めに落とす。「やっぱりその結婚は――ニセモノよ。本人が『愛してない』って宣言しちゃってるじゃない。成り行きとはいえ、魔王はあたしに婚活の支援を頼んだの。だから――仲介人のあたしも納得できる形じゃないと許可しないわ」

「納得できる形?」と魔王が訊く。

「う、うんっ」勇者は頬を赤らめ頷いて、「だから、そのっ! お互いが心の底から……あ、愛し合ったうえで、結婚するの」

「とはいってもな」魔王は頬をかきながら言う。「余の目的はあくまで〝世界平和〟だ。目的と結果が入れ替わってはいないか?」

「それはこっちの台詞よ!」勇者が語気を強める。「恋愛と結婚の順序は、入れ替わっちゃいけないの」

「ぬ……それでセカイが終わるとしても、か」

「うーーー……!」


 勇者は少し迷ったあと。

 全身に力をこめて言い切った。

 

「それでセカイが終わるとしても、よっ!」


「「……!」」


 その力強い言葉に、まわりにいた誰もが目を丸くした。

 勢いのままに勇者は続けて、

 

「世界を平和にするための〝壮大な結婚〟だからこそ――そこで結ばれる愛は()()じゃないといけない。なんだかそんな気がするの」


 勇者は続けて、


「もしも形だけの、ニセモノの愛で、ニセモノの結婚をしちゃったら。……いつか、ふたりの関係は崩れちゃう気がして。そうなったら、まわりからは『それみたことか』って嘲笑されて、これまで以上に魔族と人間族の溝は深まっちゃうかもしれないじゃない?」


 勇者は続けた。


「だから、世界を救うほどの結婚だからこそ――そこにあるのは本物の愛であるべきなのよ」

「ほう――本物の愛、か」


 魔王は興味深そうに繰り返して、聖女と淫魔に視線をやった。

 彼女たちはどこか複雑そうな表情を浮かべていたが……。

 やがて納得したように短い息を吐いた。


「別に、問題ない。魔王さまと本当に愛し合うことができるのは――はじめから、私ただひとり」

「モエネも旦那様と真実の愛を(はぐく)めるのであれば、願ったり叶ったりです」


 魔王は顎に手をあてて考え込むようにした。 


「ふむ、そうだな。余は確かに貴様に婚活の手伝いを頼んだ義理もある。そうまで強く申すのであれば――()()()

「……へ? 契約?」


 そこで〝悪魔の契約〟という言葉が勇者の頭に過ぎった。

 聞くところによれば、魔族は何よりも約束事を重視する種族であるらしい。


「ああ。(しば)し待たれよ――」

 

 その長である魔王は空に魔法陣を描き、指先を齧って、その中央に血を滴らせた。

 同時にぼうっと幻想的で怪しい光が散乱する。


「契約は成立した。これで余は――〝真に愛する相手〟としか婚約ができなくなった」

「……へ? どういうこと?」

「ぬ? 其方が言い出したことであろう。今の契約により、先ほどのような形ばかりの婚姻関係を結ぶことはできなくなった」

「できなくなったって……無理やりしちゃったら、どうなるの?」

「死ぬ」

「え?」

「契約を破れば――余の命は、無い」


 勇者は目をぱちくりさせたあと。

 思い切り叫んだ。


「へえええええええええええ⁉」

「これで後戻りはできぬぞ。恋愛経験が豊富で――人の婚約に()()()()()勇者よ」

「あああああの! そ、そこまで深刻にしなくてもあのそのあの!」


 と慌てふためく勇者に、

 

「あらためて頼もう。これまで人を愛したことのない余に〝真実の愛〟とやらを手ほどきし、相応しい婚活をさせてくれ」


 魔王はぐいと顔を寄せて、

 

「他ならぬ――世界のために、な」

 

 そう言った。


「うーーーーー……!」


 勇者の頬から、大量の冷や汗が落ちた。


(もしかしてあたし、余計な事しちゃったかしら――)

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