5.聖女 ♡ ルール → 仲人
「ちょっと! 離れなさいよーーーーっ!」
接吻中のふたり――空から落ちてきた少女と魔王の間に入って。
勇者はぐい、と彼らを強引に引き離した。
「こ、こんなの不誠実が過ぎるわ!」と勇者は憤る。
「ぬ? なぜだ」と魔王は首を傾げる。
「出会ってすぐに結婚して、しかも、き、キッスまで……! これが不誠実じゃなきゃなんなのよっ」
「にししー、魔王サマに向かって〝不誠実〟とかウケるねー」
状況を遠巻きに見つめていた占術士が指摘した。
「たしかに! ……でも、ここは人間界よ。こっちに来た以上は〝人間の恋愛ルール〟に従ってもらわないと」
「うーん、別に人間界でだって、恋愛に決まったルールなんてなくなくないー?」占術士があっけらかんと言った。
「へ?」と今度は勇者が首を傾げた。
「いきなり結婚しても。いきなりキスしちゃっても! それを禁止するルールなんて、どこにもないっしょー」
「え……そうなの……?」
「あれあれー? もしかして勇者っち、おとぎ話の中の恋愛しか知らない系ー? 確かプロフィールには『恋愛遍歴:すごい』って書いてあった気がしたけどー」
「わー! 言わないでー!」
勇者がばたばたと手を振り回していると。
「あ、あの!」
空から落ちてきた少女が遠慮がちに声を出した。
「自己紹介が遅れましたわ。モエネは、モエネと申します」
少女は魔王の腕の中から地面へと降り立った。
膝下まである見事な銀色の長髪がふわりと揺れる。
初雪のような柔肌に、透明感のある瞳。
頭上には金色のティアラが輝いて、服装はオフホワイトを基調とした格式高いドレス。
なにやら随分と立派な身分でありそうだった。
「へー、モエネちゃんね……って! ほらほら! いくら自由奔放な恋愛ルールだったとしても、さすがに名乗る前に結婚承諾はまずいでしょ⁉」
「まーまー。時代の流れなんぢゃん?」と占術士があっけらかんと言う。
「どんな時代よ! 先進的すぎるでしょ!」
「あらあら。おふたりとも、喧嘩はやめてくださいまし」
「あんたのせいでしょうがああああ!」
勇者は叫んで突っ込んだ。
「あら、そういえばひとつ言い忘れておりましたわ」
モエネと名乗った少女は口の前に手を当てて。
続いて優雅な所作でスカートを持ち上げ会釈をした。
「これでも一応〝聖女〟をつとめさせていただいております」
「え? 聖女様……?」
勇者が信じられないように目を瞬かせた。
「ほう、聖女か。余は魔王だ。よろしく頼む」
「いやいやいや。あんたが一番スルーしちゃいけないでしょ」
「あら、あら! 旦那様は魔王様でしたのね。末永くよろしくお願いいたします」
「なんでこっちも普通に受け入れてるのよ! 魔王と聖女様なんて――あ、勇者と魔王以上にくっついたらまずい存在なんじゃないの⁉」
「あら、そうでしょうか? ……そういえばモエネ、先ほどから少々気分が優れない気がいたしますわ」
聖女は額に手を置いて、ふらりと足をおぼつかせた。
見ると彼女のまわりの空気はどんよりと淀んでいる。
「わー! 聖女様のオーラくすんでるーーーーー⁉ 完全に魔王のオーラに浸食されちゃってるじゃない!」と勇者が慌てた。
「なんの、これくらいっ。結婚生活に自己犠牲はつきものですわ」ふんす、と聖女は気合を入れた。
「魂レベルで犠牲にしちゃってそうだけどいいの⁉」
「ひゅーひゅー、最近の子の愛は献身的だねー」と占術士がはやし立てる。
「献身的で済ませる話じゃないでしょ! 一緒にいるだけでデバフがかかる関係なんて、罰ゲームと同じじゃない……!」
「さっきから勇者っち、なんでそんなにふたりのこと否定してるのさー」
占術士に問われて勇者は、う、と戸惑った。
「だって――こんなの〝結婚〟とは呼べないものっ」
勇者は唇を噛み締めて、意を決したように訴える。
「恋愛も含めてだけど……そういうのは、もっと……純粋なものじゃないと、いけないの」
「うーん。あーしは別に自由でいいと思うけどなー」
「自由だからこそよ。結婚っていうのは、相手の人生を預かることでもあるのよ? せめて、お互いにきちんと愛し合ってないと……」
「ふーん。あんがい勇者っちはマジメなんだねー」
「あら、あら!」
そこで聖女が驚いたように言った。
「貴女が勇者様でしたのね! ご活躍のお噂はかねがね。お目にかかれて嬉しうございます」
「シルルカよ。あたしも聖女様の話はモチロン聞いてるわ。この国の一大宗教【聖教会】の象徴的存在……だけど。それと結婚の話は別よ! 一応、あたしは魔王の婚活仲介人をやってるんだから」
「あら、そうなのですね。でしたらちょうど良かったですわ」
勇者の忠言はすっかり脇において。
聖女は魔王のもとに近寄ると、その手をきゅうと握った。
「あ、あの、勇者様――よろしければ、モエネたち夫婦の式の、」
「夫婦っていうな!」
「仲人をしていただけませんか?」
「絶対いやよ‼」
勇者は歯ぎしりをしながら、青い空をあおいだ。
(うー……! また人の話きかないやつが増えた―……!)