4.空 ♡ 女の子 → マッチング
「あれあれー? 勇者っちぢゃーん!」
【結婚相談所】の建物内に入ると、奧のテーブルにひとりの少女が座っていた。
波打った派手派手しい金色の長髪。透き通ったヴェールで頭部と口元を覆っている。
卓上には幽玄に輝く水晶玉があり、かざした手元の爪には艶やかな爪化粧が施されていた。
「マッチングしたら、あーしから連絡するって言ってなかったっけー?」
「ぬ……まっちんぐ?」と魔王が首を傾げた。
「相性の良い相手が見つかることよ」と勇者が補足する。「ええと、その導き手で占術士の……【ミミラミ】さんだっけ。今日は別用があってきたの」
「別用ー?」
勇者はこっくりと頷いて、隣の魔王を指し示した。
「こいつのこと、マリアベイルに登録してやって欲しいんだけど」
「えとえとー」ミミラミという名の占術士は困ったように告げる。「前にも話したと思うけど、ここは特別な人どうしを結びつける、特別な相談所なんだよー? ウチに登録できるのは選ばれた人だけで、勇者っちの紹介だったとしても〝ふつうの人〟は受け付けてないんだよねー」
「大丈夫。こいつ、ものすっごくふつうじゃないから」
ぐい、と魔王を占術士の前に押し出して。
勇者は概要を簡単に説明する。
「へーっ! ま、魔王サマー⁉」
占術士は目を見開き、大げさに両手を空にあげた。
「ほんとだー! 魔族特有のツノがあるぢゃーん! 触ってもいいー?」
「ぬ、う……そのように、激しく、触れるでない」
「おいおい勇気の塊か。相手は仮にも魔王よ……?」勇者が頬を引きつらせて突っ込む。「ま、あたしも人のこと言えないけど」
怖いもの知らずの占術士はそのあともべたべたと角やら身体やらなんやらをまさぐったあと、魔王にいくつかの質問をする。
魔王は簡単に答えたあと、占術士の指示に従って卓上の水晶玉に手を触れた。
水晶玉は紫色の光を煌々と発する。『うわー、すごいよー……!』と占術士が驚嘆の声をあげる。激しい輝きはやがて球の内側に沈むように消えた。
「さっすが魔王サマ! 水晶ちゃんも気に入ったみたいー」
「ってことは……」
「にししー、合格だよん」
占術士が純白の歯を見せて微笑んだ。
「マリアベイルは背景不問、あーしと水晶ちゃんさえ認めちゃえば、だれでもおっけー!」
「それが人間族じゃなかったとしても、か?」と魔王が聞いた。
「それが人間族じゃなかったとしても、だよー」と占術士が答えた。「んじゃんじゃ、魔王サマに相応しい相手をマッチングさせてみせるねー」
「うーん、じゃあしばらくは待ちってことね……」と勇者が腕を組んだ。「いったん宿に戻りましょうか」
「ぬ? この場で紹介してもらえるのではないのか?」
「見つかるまではしばらく時間がかかるのよ。だってあたしほどの逸材ですら、まだマッチング相手が見つかってないのよ? それがあんたみたいな異端だったら、」
「見つかったよーん♪」
「なんですってーーーー⁉」
勇者の目が飛び出た。
外れた顎を力ずくで戻しながら勇者は続ける。
「み、見つかるの早すぎない⁉ なんであたしはまだなのに、こいつの方が先に……!」
「まーまー。こーゆーのは人それぞれだしねー」
「うー……! それでもなんだか負けた気分だわ……」
「ぢゃあ相手にも通信魔法送っといたから、返信待ちってことでー」
勇者が地団太を踏んでいると、ぴろりん。
占術士の前に光の窓が現れた。
「あ、早速返信きたっぽいー。なになに? あー、なんかもうこの場所に到着したってー」
「はっや!!!!!!! さっきマッチングしたばっかよね⁉ そんなことってある⁉」
勇者はたまらず扉を開けて外へと飛び出す。
あたりをきょろきょろと見渡すが――特にそれらしき人は見当たらなかった。
「なによ、いないじゃない」
「あ、勇者っちー。うえうえー」
続いて外に出てきた占術士が空を指さした。
「へ? 上……?」
勇者がゆっくりと首を傾けると、そこには――
「ペ、ペガサスーーーーーー⁉」
青天の空の海を、翼をつけた純白の毛並みの馬たちが駆けていた。
白磁に輝く天馬たちそれぞれの背中には、何やら立派な旗を掲げた兵士たちが乗っている。
その天馬の群れの中から、きらり。
――ひとりの少女が落ちてきた。
「うわーーーーー! 空から女の子がーーーー⁉」
慌てふためく勇者とは対照的に。
魔王は眉ひとつ動かさず冷静に、少女の落下点にまで歩を進めた。
『なんだ、あれは⁉』『人が落ちて来るぞ!』『危ない、ぶつかる……!』
いつの間にか周囲には人だかりができていた。
群衆たちが悲鳴をあげる中で。
「……ふむ」
魔王は少女のことを。
――なんなく受け止めた。
『『おおーっ!』』
周囲から拍手があがる。
空にいたペガサスの一団は、少女が落下したことにはまるで気づいていないように、速度を緩めることなく大空を駆けて去っていった。
「ぬ――無事か?」
魔王は腕の中におさまった少女に尋ねた。
彼女は恥ずかしそうに小さく頷いて、魔王のことをきらきらと輝く瞳で見つめている。
「なによ、あの娘――すっごくきれい」
少女の美しさに息を呑んだのは勇者だけでない。
まわりの人々も見惚れるように感嘆の声を吐いた。
「あ、あのっ!」
落ちてきた少女がおずおずと口を開く。
よく磨かれた硝子のように澄んだ声だった。
「貴方様が〝運命のお相手〟ですか……?」
魔王はすこし考えたあとに頷いた。
「ぬ? ……ああ。まっちんぐのことか。どうやらそのようだ」
「まあ――ここでお会いできて光栄ですわ」
落ちてきた少女は、世界樹が1000年に一度だけつける花のように微笑んで。
「それでは早速、」
まるでハジメマシテの挨拶のように。
「〝結婚〟をいたしましょう!」
ハジメマシテの挨拶からは――最も遠い言葉を放った。
「……へ?」
勇者はしばらく硬直した後、たまらず突っ込んだ。
「ちょっとちょっと‼ いきなりすぎるでしょ! なんで初対面で逆プロポーズかましてくれちゃってるのよ⁉」
「よし、分かった」
「って! 魔王も即承諾⁉」
「ありがとうございます、嬉しいですっ。それでは――誓いのキスを」と落ちてきた少女。
「ああ」と頷いて魔王。
しばらくの間見つめ合っていたふたりは。
空を舞う花びらのような速度で互いの唇を近づけていく。
「え、え? あんたたち冗談よね……って、ほんとにヤっちゃうの⁉ ひゃああぁぁ――」
こうして空から落ちてきた少女と、それを救った魔王は。
ごくごく簡易的に婚約関係を成立させた後に。
――出逢って10秒でキスをした。
(な……なんなのよ、この急展開はーーーーーーー⁉)
勇者の声にならない悲鳴が街中にこだました。