3.不眠 ♡ 作戦 → 相談所
「うむ。実によく眠れたな」
爽やかに魔王が言った。
「あたしはちっともだったわ……」
絶望的な声で勇者が言った。
目の下には酷いクマが出来ている。
「ぬ? 不眠症か?」
「誰のせいだと思ってるのよ! ……ったく、まあいいわ。行くわよ」
「どこへ出かけるのだ」
「約束したじゃない。あんたは人間の〝結婚相手〟を探したいんでしょう? いいところがあるの」
「いいところ」と魔王は微かに口角を上げて繰り返す。「それは楽しみだな」
「うー……気楽そうにしちゃって。分かってはいたけど、本当にあんたはなんとも思ってないのね……」
勇者は寝不足の目をこすった。
結局〝なにもなし〟に終わったとはいえ、初めて異性と2人きりでベッドの上、一夜を過ごしたのだ。
本来はどこまでも恋愛上級者向けの大イベントだったはずである。
――相手が鈍感魔王でさえなければ。
(うー……この調子で恋愛観念のぶっ壊れた魔王と一緒にいたら、身体も精神も持ちそうにないわ。とっとと婚活を成功させて、この生活から脱却しないと……)
勇者はそんなことを思った。
「大丈夫。作戦は昨日、まさしく寝ないで考えたんだもの――」
♡ ♡ ♡
「着いたわ。ここが結婚相談所――【マリアベイル】よ!」
勇者が建物の前で両手を広げた。
「ぬ……結婚相談所とはなんだ?」
「言葉どおりよ。登録した人同士で相性の良い相手を仲介人が見つけてくれるの」
「ふむ。余には何でもない普通の民家に見えるがな」
魔王が訝しげに目を細める。
そこにあるのは古びれた雰囲気の家屋だった。
「看板もなにも出ていないではないか」
「それには理由があるのよ」
勇者は指を空に立てて説明する。
「マリアベイルは、知る人ぞ知る【秘密の結婚相談所】なの! 完全紹介制で、会員は何か理由があって〝表立った恋人探し〟が出来ない特別な人に限られるの。登録には厳しい審査も必要なんだから」
「なるほどな――しかし、それをどうして貴様が知っておるのだ?」
「紹介してもらったからよ。あたしもこの前登録したばかりなの」
「なんだ、貴様も婚活をしているのか」
勇者は『しまった!』というように口の前に手を当てた。
「……な、なによ。悪い? 勇者やってるとね、色々と気をつかわれたりでまともな出逢いがなくなるのよ……。とにかく! そういう特別な背景を持つ人でも受け入れてくれるのがマリアベイルなの。それともなに? 勇者が婚活しちゃいけないっていうわけ⁉」
「いや。いけなくはない」
魔王はきっぱりと否定した。
「むしろ――好都合だ、と思ってな」
「え?」
「余は人間族の嫁を探している。貴様は殿方を求めている。需要と供給の一致だ」
「な、なっ……⁉」
勇者は顔を赤らめて物申す。
「なにを言ってるのよ! 目的が合致したところで、結婚の相手が誰でもいいわけないでしょう⁉」
「ぬ? そうなのか?」
魔王は不思議そうに目を瞬かせる。
「互いに〝結婚したい〟と思っていれば十分だと思うがな」
「その前にお互い愛し合ってないと駄目に決まってるでしょう」
「そういうものなのか」
「そういうものなのよ!」
勇者は唇を尖らせて続ける。
「それに……あんたとあたしは魔王と勇者なのよ⁉ 本来なら愛し合うどころか憎み合う関係性なの。そんなふたりが、け……結婚なんてできるわけないじゃない!」
「ふむ……そうか」
魔王は視線を地面に落としながら言った。
(ちょ、ちょっと。なんで少し残念そうなのよ? そんな顔されたら、あたしも意識して――って、そんなわけないない!)
勇者は勢いよく首を振って、浮かんできた考えを否定する。
(きっと寝不足で頭が働いてないんだわ。しかもその寝不足の原因、目の前にいるし)
魔王を見やると、少し前の〝残念そうな雰囲気〟はどこへやら。
今は呑気に目の前をよぎった蝶を追いかけていた。
「なんでのほほんと蝶々追いかけてるのよーーー! 話の途中だったのにっ」
勇者は呆れたように巨大な溜息をつく。
「はあああ……もういい。あんたにはなにも期待してないから」
「ぬ? 何を怒っている」
「別に。なんでもないわっ」
勇者は桜色のツインテールを揺らしながら、いつもより強い足取りで歩き出した。
「とにかく、中に入るわよ!」