11.葛藤 ♡ おやすみ → 大捜索
「それで、どうしてあたしひとりが相変わらず眠れないでいるのよ……!」
夜中。宿の一室。
隣を見れば、くうくうと眠りこける3人がいた。
寝相の悪い魔王の腕に絡むように、淫魔と聖女が身体を寄せている。
「なんだか悔しいわ。振り回されてばっかりで、馬鹿みたい」
はあ、と溜息をついて魔王のことを見やる。
外にはすっかり夜の帳がおりていた。
蒼い月明かりに照らされた魔王の寝顔はひどく幻想的で、作り物のようでもあって、それでいて――ひどく美しかった。
「あたしがこいつと相性が良い、ねえ……未だに信じられないわ」
御伽話の恋愛に憧れはあるけれど。
王子様との出逢いを夢見てはいるけれど。
その相手が〝魔王〟でなんてあってたまるものですか、と勇者は思った。
「それにしても聞いてた話と随分と違うわね。聖教会は魔王のこと『人間界の征服を企む、傍若無人な大悪党』なんて説いてたけど……」
しかし目の前に実際にいる魔王は。くうくうと寝息を立てる魔王は。
害のない無邪気で剣呑な少年のようにしか見えなかった。
「言葉の上では世界だって救おうとしてるし。完全に日和見魔王じゃない」
勇者は困惑したように眉間に皺を寄せる。
「一体、どっちの魔王を信用すればいいのかしら……って、油断したらダメよね。あたしはあくまで勇者で、こいつは魔王。その関係性は運命的に変わらないんだから。今はこいつの婚活を手伝うハメになってるけど、その義理を果たしたあとは。あたしは勇者として――」
勇者はそこで何かに気づいたように目を見開いた。
「……あ、そっか。あたしは勇者なんだから。いつか、勇者は、魔王の命を――」
――奪わないと、いけないのだ。
勇者は魔王を倒す。
そんなの当たり前のことで。
それを考えたら。
やっぱり。愛し合うなんて。
ほど遠くて。対極にあって。
あたしたちは。あたしたちの関係は。
どこまでいっても――
「うー……」
勇者はそんなことを考えて、ぶんぶんと首を振った。
「今考えても仕方ないことだわ。いつか――そのときが来たら、きっと――」
勇者はそう呟いて、ふたたび布団の中へと潜り込んだ。
相変わらずベッドの上は窮屈だったが『これも今だけの我慢だから』と割り切ることにした。
「朝になったら、そうね。きっと何かがよくなってることを信じて。だからそれまで――おやすみ、魔王」
♡ ♡ ♡
「ナニ? 聖女様が行方不明だと⁉」
一方その頃。
人間世界の政を実質司る【聖教国】の中枢にて。
聖教会の幹部の男たちが声を荒げていた。
「ナゼそのような事態になったのだ!」
「そ、それが……ペガサス聖兵団による訪問先からの帰国途中に、急にいなくなられてしまい」
「フン。バカなことを」奇妙な形のヒゲをたくわえた、小太りの男が続けて詰問する。「まさか空から落ちたわけでもあるまい。捜索部隊は一体何をしている⁉」
「どうやら魔導阻害をされているようで、探知魔法が使えず……」
「チッ……ならば人力作戦だ。手間と費用はどれだけ嵩んでも構わん。街ごとひっくり返し、しらみつぶしにして探し出せ!」
「は、はっ!」
松明の炎に不気味に照らされる中、小太りの男は苛立つように呟く。
「今このタイミングで聖女様を失うわけにはいかん。我が悲願を実現させる〝あの秘術〟には、聖女様の力が必要不可欠。なんとしてでも見つけだし、ふたたび傀儡の座についてもらわねば……」
夜の空に一筋の稲光が走った。
小太りの男は腕を天に掲げて叫ぶ。
「すべては憎き魔族どもを滅ぼし――世界を我らが手中におさめるために!」




