表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジル  作者: ヘッジホッグ
1/5

ー1ー

薄汚れた路地が複雑に入り組みくぼんだ一角に、妹のルイと肩を並べて座り込むジルは、灰色の空を睨みつけ、ただただこの世界を呪っていた。


彼の胸にあるのは絶望、それだけだった。通りには人が行きかっている。酒の匂いや、食べ物の香りと、それよりも強烈なゴミの匂いが漂っている。


布で外と仕切っただけの空間に、つぎはぎで作った寝床だけ、そんな場所が彼らの家だった。


アースガルムと呼ばれるこの街は、商人や冒険者で賑わう商業都市である。


アースガルムの南西に位置するアストラル鉱山は、純度の高い魔鉱石の産地としてアースガルムを繁栄に導いた。整備された街は、人々の活気にあふれ、明るい賑わいを見せていた。


「すぐ戻るから、ここで待ってて。」


そう言うと彼は、人気のない路地に妹を残して、大通りへと走った。


街には冒険者や商人、ごろつきや、乞食などが混在し、まさに人間が生きている街だった。


ジルはその誰もを睨みつけながらうつむいて道のわきに座りこんだ。


彼と道を挟んで右前に冒険者が集まり賑わっている飲み屋がある。


木造の薄汚れた飲み屋だ。


そのうち酔っぱらって道にへたり込もうとする者が出てくるだろうと期待しているが、そんなに時間を長くかけられないため盗みやすそうな相手を定めているのだった。


ジルはいつか冒険者となってダンジョンやクエストを攻略し金を稼ぎ、ルイと普通の生活を送ることが夢だ。そのために、冒険者ギルド統括協会が定める試験に合格しなければならない。そしてそもそも今を生き抜かなければならなかった。


ジルは飲み屋の窓から、男女で飲んでいる他よりも若い冒険者の一組に狙いをつけた。


飲み屋へ近づき窓から中の様子を探った。


案の定中は冒険者で一杯で忍び込んでもばれることはないだろう。


狙った冒険者の方を見ると、女の冒険者のそばにバッグがある。


話に夢中になっているようだし、酒もだいぶ飲んでいると分かった。


女の方は真っ黒なローブをまとっていて、おそらく魔術師だろう。


男の方は屈強な体格で剣を持っているため剣士だと分かった。


男の方はすっかり酔いが回っていると見えた。


ジルが観察していると女が一瞬ジルの方を見た、気がした。


ジルは驚き身を隠したが、まさかばれてはいないだろうと思った。


しかし、妙な緊張が走った。


このまま店の中に入って女のバッグに手を伸ばしたら、絶対失敗するという予感が強くなった。


結局ジルはしばらく待って、店から出てきた冒険者二人のあとをつけて機会をうかがうことにした。


通りを行く卸業者の荷車に身を隠しながら歩き、ちょうどその二人に追いついた。反対側からも荷車が来るのが見えた。


ジルはタイミングを計って駆け出した。


女が持っているバッグめがけて全速力で走り、すれ違うと同時にそのバッグを盗った。


荷車の前をすれすれで走り抜け、その後は路地へ何ふりかまわず走り続けた。


冒険者は荷車少しは足止めされただろう。


それに、この路地に入ったらこっちのものだ。


複雑に入り組んだこの街の路地に住む少年が逃げ切ることはそこまで難しくなかった。


しばらくして振り返ると追ってくる気配はなかった。その日の少年の戦いは終わった。


一息ついてバッグの中身を確認する。中には短剣やらマップやらが入っていた。


お目当ての財布もあった。


これで何日かは持つだろうと安心し、帰る途中で蒸しパンと水を買った。


近頃は魔王軍の侵攻が活発になったとかで作物が収穫できず不況であるらしい。


だがこの街にはモノの値段が多少上がる以外は影響はない。


ジルにとって食料が値上がりすることは大きな脅威ではあるが。


ジルは足早にあの路地のくぼみへ帰った。


ルイは横になって眠っているようだった。


レンガの冷たく固い壁に囲まれ、ボロ着だけをまとったルイの体は、もうずいぶん痩せている。


あまりに動かないからジルは一瞬不安になり、細い腕をルイの方に伸ばしゆっくり起こした。


「ルイ、遅くなってごめんな。食べ物もってきたよ。起きて、ルイ。」


寝起きのルイは、眠たそうに眼をこすりながら起きた。


「お帰りなさい…。」


ルイのやつれた顔を見るたびに、細くか細い声を聞くたびにどうしようもなく悲しくなる。


ジルは、背を向けて、バックをあさりながら目をこすった。


「お兄ちゃん。いつもありがとう…。でも無理だけはしないで。お兄ちゃんとなら、こんな場所でも平気だよ。」


「何言ってんだよ。いつかこんな場所から出て行って。すごい屋敷に住まわせてやるよ。メイドが何人もいて、毎晩肉や魚がいっぱい食べられる。だから、それまでの辛抱だ。」


「うん…。わかった。」


ルイは手渡された蒸しパンを小さな一口で食べ始めた。


ジルは隣に座って空を見上げた。


星は見えない。見えるのは真っ暗な夜。レンガの壁の上に見える黒色は、外の世界の絶望を表しているようだった。ルイに視線を戻すと、まだ半分も食べ終えていない。


「ちゃんと水も飲むんだぞ。」


ルイの髪をなでる。乾燥してきしむ髪の毛を、精一杯優しくなでた。


「うん。」


ジルは視線を空へと戻し、暗く覆いかぶさる空をひたすらに呪い続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ