過ち
三題噺もどき―ひゃくななじゅうはち。
お題;許しを請う・夕方のプール・鋏
「――、――ぃ、」
「――おい!!!」
「――!?」
突然襲った息苦しさと、耳に、頭に、響く、怒声に。目が覚めた。
「――???」
視界はぼやけたまま。息苦しさも残ったまま。―なぜか体が思うように動かない。どうやら、腕が後ろ手に回され、固定されている。ようだ。
「――??」
足は曲げられ、正座するような姿勢になっているのだろう。やけに膝から下の感覚が、ざらりとしている。
「―やっと起きたか、」
その声と共に、息苦しさから解放される。
―同時に、頭が下に向かって落下した。視界がはっきりし始めたのと同時の事で、いきなり地面が視界に迫ってきた。とっさに、顔を背ける。
「――っ」
頬に鋭い痛みが走る。まぁ、顔面衝突を避けただけましだろう。…頭の重さを痛感した気持ちだ。ボーリング1つぶんとか色々言われているけど、ホントなんだな。
「――はっ、っ、」
おかげで、頭も視界もすっきりした。その上、ちゃんとした呼吸の仕方も思いだしたようで。息が漏れた。それでもまだ、喉が痛い。―おそらく服の襟辺りをつかんで起こされたのだろう。おかげで、息は詰まる、頭は落ちる……散々だ。
「――?」
しかしここはどこだろう。とっさに背けた視界に入るのは、フェンスのような網目と、どこまでも続いているように見える水色の地面。表面はやはり、ざらりとしている。
「おい――」
「――!?」
先程から聞こえるもう一つの声。
低く、低く、唸るような声。
地の底から聞こえるようなその声。
それを聞くだけで、身体がこわばり、動けなくなる。
それを見てはいけないと、言われているような気がしてならない。
「おい。顔を上げろ。」
「――」
しかし、この声に反することの方が、よほど恐ろしく思えてしまった。
身体はその恐怖に馬鹿正直に応え、どうにか顔を上げ。
視界を目の前に―
「――ぇ」
そこには、信じられない景色が広がっていた。
どこかの学校にあるような―いや、これは昔通っていた学校の、プール。夕日に照らされ、赤く、黒く、血の池のように見えた。
その景色に驚き、またも固まった私に焦れたのか、声の主であろう何かが、ほんの少し上がった私の顎を何かで、グイと、無理やり上げた。
「――っ」
「おい、顔を上げろと言ったんだ」
その声の主は目の前に立っていたようだ。仁王立ちの形で立っていたからか、足は視界に入ってこなかった。いや、もしかしたら入っていたかもしれないが、それ以上に目の前に広がる景色に目を奪われていた。
そしてまた、目の前の景色に、私の体は固まった。
「――そ、れ、」
「―なんだ、覚えているのか」
口は動いていない。どこから声を発しているのだろう。そもそも、彼に声という概念があろうか。―いや、今はそんなことどうでもいい。
それより。
その顔は―
その、頭は、―
ヒトではなく―
「―――ぃ
「あ?」
「――なさぃ
「……」
「―ごめんな、さい、」
口から呼吸が漏れるように。唇から、謝罪の言葉が漏れる。あふれる。
それにつられて、涙がこぼれる。
ひたすらに、目の前に立つその顔に。
許しを請う。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」
「……」
しかし、そんな私を、それは冷たく見据える。
夕日のせいで、さらに赤くなったその瞳で、見下す。
モノ言わぬ人形のような、冷たい目で。
どろりとした―死んだような目で。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「…はぁ、」
溜息と共に、支えを亡くした私の頭はまた落ちそうになる。何とか耐えて、私は口を震わせる。ただひたすらに、許しを請う。
ぼやけた視界で何かが煌く。
あぁ、先程私の視界を上げたのは、それか。
「残念だよ」
その言葉と共に、ぶつり―と嫌な音が頭に響く。
視界がぐらりと傾く。
そのまま、ゆっくり落ちていく。
「――」
それは、その大きな、鋏は、あの日、私が―
「―――――――――――!!!!」
びくりと体が跳ね、勢いそのまま体を起こす。
無意識に、手のひらを首に添えた。