作られた淑女
「姫さま、和の国の貴婦人は床をゆっくりと歩いてゆきます。それは華の国も同じこと。大抵のマナーはいつも通りで大丈夫です。」
スミレの教育が再開し、食事、挨拶、服装のマナーを徹底的に彼女に叩き込むアイラ。スミレも嫌がることなく、淡々とそれらを身につけていきます。
「姫さま、お箸で掴んだものは一口で食べないといけませんよ。」
「はい。」
アイラの言霊により、見たもの、聞いたものを一度で記憶することができるようになったスミレ。どこに出しても恥ずかしくない王女となりました。感情はありませんが、笑顔も操ることができるようになったのです。
ー本当に、良かった。頭からつま先まで和の国の姫。後は王から贈られるドレスがどのようなものになるか。それで、取り寄せる化粧品も変わってくるもの。
最近のスミレの成長には大きく期待しているアイラ。心なしか城下町を歩くその足取りも軽く見えます。しかし、アイラの背後に人影が現れます。アイラは一言呟きました。
「セーラね。」
黒いマントを身にまとい、フードを深く被ったその姿から顔を見ることはできません。しかし、アイラは言霊の力を使わずに見破ることができました。
「ここは城下町。一族だけではなく直接、私の息がかかった者も複数いるわ。敵討ちなら私が外にでてからすることね。」
セーラは舌打ちをしたものの、手を組んで何やら唱えます。その瞬間、彼女は姿を消しました。
ーあの時、セージを手にかけなければセーラ自身も危なかったのに。何故、私を追うのかしら。
アイラは考え込みます。彼女の一族では依頼の失敗は許されません。もしも失敗したのなら、依頼者と暗殺者両方が消されます。暗殺者を暗殺すること。それがアイラの役目なのです。
ーそれにしても、異能を扱う一族は華の国の人間だけのはず。でも、セージとセーラは華の国の人間の血は入っているものの、洋の血が色濃く出ている。混血が異能には目覚めるわけがない。それなのに、なぜ。
アイラは事件があった日のことを思い出そうとします。しかし、頭の隅にモヤがかかったように思い出せません。アイラにとってセージとセーラは手駒に過ぎず、あの日彼女にとって重要だったことはスミレの異能の目覚めだけ。
ーセーラは一族から抜け出して、今も追われている。でも、私にはセーラを追えという命令は来ていない。意図はわからないけれど、総裁の意思ならば仕方がないわね。従わないといけない。
アイラは足をはやめました。一族の命令は絶対。破れば命はない。そうすることで一族の人間は守られてきたのです。
ー私も同じようにするだけ。




