豹変
目を覚ましたスミレはまず、自分の髪が編まれていることに気が付いた。ココナやシルフィにそんなことできるはずがない。身分が違いすぎる。
「風華なのね。」
そうつぶやいたときだった。がちゃん、と陶器が割れる音が部屋に響く。身体を拭くためのお湯、手ぬぐい、それから香油の瓶の破片が床に散らばった。
「なぜ、どうして。」
立ちすくんでいる場合ではないのに、風華はその場から動くことはできない。ランの異能によって眠り続けていたスミレが目覚めてしまったのだ。偶然、奇跡なんてものには当てはまらない。今のスミレは間違いなくランの脅威になる。
「髪を編んでくれたのは、風華よね。感謝するわ。」
初めてなの、とスミレは起き上がって風華に笑いかける。心なしか、以前よりも話し方が王族のそれだ。眠っている間に何かあったのだろう。この妙な変化もランの指金なのか。
「ねぇ風華、あなたはラン様の忠実な女官だから決して裏切らないことはわかっているけれど、ラン様は正しいと思う?」
目を伏せながらスミレは言った。
「、、、、女官風情が主のなされることの善悪を判断するなんて、あってはならないことです。」
なぜこんなことをきくのだ、と問うことはしない。聞かずともスミレはきっと答える。
「私、夢のなかでココナに殺される未来を見せられたの。王家かもしれないし、伽耶王国かもしれない、何かはわからないけれど、なにかを滅ぼした時、私は死ぬかもしれない。」
綺麗に編まれた銀色の髪をスミレは丁寧に、丁寧にほどき始めた。あなたの手は借りない、という意味だろうか。
「それでも、私をラン様の道具にする?」
ほどき終えた髪を手からさらさらと落とした。出会ったときは背中を覆うぐらいだったのに、今では腰に届きそうなほどの長さだ。そういえば、スミレとあってから半年ほどの時間が過ぎている。
「私は異能を捨てられるなら、どんな結末でも、何をしても、何をされてもいいの。だけど、優しい優しーい風華は違う。ココナに人を殺させたい?利用するだけ利用され、抗うことすら許されず私に死んでほしい?」
編んでいたときの少し残った癖が布団を這う。スミレが風華ににじり寄ったのだ。
「私ね、眠っている間に異能の操り方を少し学んだの。だから、ラン様の最終手段、私を置き去りにして無差別殺戮兵器にする策はもう、使えない。」
その時、風華は気が付いた。少し気取った口調も、さっきから空気感が何も感じないのも、全て、スミレの感情が見えないことにより生まれた違和感だったのだ。ハッとして風華はその場から距離を離そうとしたが、できなかった。床から蔓が生えており、風華の足を離さなかったのだ。
「もう私に道具としての価値はない。今ここで私の要求を飲まずに無駄死にする?それとも私をここから出して、それをラン様に伝えないことを選ぶ?」
風華は蔓を風の刃で切ることができる。しかし、今のスミレの能力がどのようなものであるかわからない場合、安易には動けないのだ。
「あなたに道具としての価値はもうありませんが、和や華に万に一つ敗北したとき、交渉材料になります。あなたの身柄は印や亜の国よりも価値があるのですから。」
主以外の人間が自分の命を握っている場合、その相手のことを案じるのは甘いにもほどがある。善意に善意が返ってくるわけではない。
「私は、イマガミ家を終わらせたいだけ。それに、もともとはお父様が兄君の命を奪って得た王位よ。天にお返ししなくては。あるならだけど。」
足を掴む蔓が太くなった気がした。




