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眠り姫は夢をみない  作者: 鈴木チセ
国外逃亡編
63/70

サイドストーリー 廉視点 夢と消える

無能と言われることすらないこと。失望せずとも優秀な人材が既にいること。

自分の悩みが努力の問題ではないこと。そもそも異能がない状態で皇族として生きていることが奇跡であり、異常であること。私は母が責任をとらされ、殺されないためだけに生きているのだ。何のために生まれてきたのか。そう考えることはなんの意味もない。私が今の生活から解放されるには洋か和に婿入りするか、身分を落として領主になるしかない。ただ、それは何年先になるかわからない。今は兄上や姉上の仕事の補佐と、形だけの名誉職に甘んじて波風たてることなく今の平穏を守ることだ。


「陽廉様、本日の御予定ですが、、、、。」


「わかっているよ。何もないのだろう。」


女官の薫夏が困惑した表情を浮かべる。彼女とは五年もの月日を共に過ごした。神事を司る薫家の娘で、国の祭事・神事を統括する私の秘書のようなものだ。友人も相談役もいない私にとって彼女だけが話し相手のようなもの。だから初めて会ったときから素でいてほしいと頼んでいた。最初の一年は微笑しか見せてくれなかったが最近はかなり、彼女の素が見えるようになった、と思っている。


「もうすぐ舞踊祭が行われます。陽廉様は剣舞が得意ではありませんか。今年も披露されないのですか?」


薫夏はそう言うが、私はそう思わない。兄上も剣舞を披露するのだ。皇族が民衆の前で兄上の引き立て役になるわけにはいかない。醜聞は末代までの恥。兄上が引き立て役にした、といううわさ話すらあってはならないのだ。何もできないのなら、せめて余計なことはせぬようにしなければいけない。


「今年も遠慮しておくよ。挨拶だけで済ませておこう。」


「そんな、勿体ないです。折角の才能なのですから活かさなくては。」


その言葉は私の逆鱗に触れた。琴線と逆鱗は紙一重の位置にあるのだろう。私に異能があれば、異能が必要ない世界で生きていればその言葉が私の背中を押してくれたろうに。


「それは私が無能だからか?」


薫夏は顔を強張らせる。無能であっても私は皇族だ。


「無能なのに貴重な才能を出さないのは自分勝手なのか?」


仕方がないこと。どうにもならないこと。その言葉に無理やり納得して今日まで生きてきた。その苦痛が彼女にわかるものか。


「なぜそう卑屈になるんですか!私は陽廉様の剣舞を見たときに心奪われたからあの発言をしました。あの剣舞を見られないなど、人生を無駄にしていると思ったからです。」


我に返った。周りは私が思う以上に私に関心があるわけではない。そのことを忘れてはいけなかった。声を荒げ、逆に薫夏を怒らせることなどあってはいけなかったのだ。


「悪かった。急に声を荒げて。」


「何かあるのなら私に話してください。」


彼女に賭けてみたいと思った。だから私は一つの奇術を披露した。彼女は幼子のような笑みを見せてくれた。そうだ、本来奇術は誰かを笑顔にするためのものだったのだ。



長いようで短い私の舞台が終わりを迎える。最後に私は菫を一本出して見せた。薫夏は頬をわずかに染めたまま花に触れようとするが、私は菫を目の前から消した。猛毒だからだ。


「嘘みたい。これが異能ではないなんて。」


「途中のは奇術ですらないよ。」


「嘘、一番胸が高鳴ったのに。」


私は舞台の最中に誰にも話したことがなかった真実を打ち明けた。自分が異能を使えないこと。皇帝もそのことを知らないこと。早く自由になりたいこと。


「逃げられるのならこのまま逃げるさ。だけど兄上や姉上から逃げられると思うかい?」


「不可能でしょうね。」


「だよね。」


はじめて何も考えずに話した。二人の距離感がなくなったからだろう。薫夏がいてくれたら、今のままの生活でも良いのかもしれない。




しかし、次の日の朝。薫夏に私は呪いをかけられ、異能を使えなくなったということにされていた。母に言われるがまま、髪と眼の色を戻した。広場に通され、そこで見たのは視力を失った薫夏。


「あぁ、廉!この令嬢のせいで異能を失ったのか!髪まで黒くなってしまって、、、、。」


青い顔の薫家当主が見えた。薫夏とは別の位置にいる。連座ではないらしい。彼女だけが切られたのだろう。あぁ、そういうことなのだ。皇帝がそういったから、つまりはそうなのだ。おおかた、薫夏は父親に私が無能であることを進言したのだろう。そして何らかの計画を立てた。しかしその計画が漏れたか、失敗したかで責任を薫夏にすべて押し付けた。視力を失ったのはきっと薫家の異能の代償は大きな異能を使いすぎると失明する、ということを利用したのだろう。失明させる方法なんていくらでもある。


「父上、令嬢の処分は一任します。私は陽家から外していただいて結構です。そのかわりに伽耶王国をください。」


口から用意してもいない言葉がすらすらと出た。最初から誰も信用してはいけなかったのだ。薫夏と過ごした日々は夢であった。そう思うことにしよう。彼女も運が良ければ物語のように、追放先で幸せに暮らしたり、異世界に転生したり、時間遡行して人生をやり直すことができるだろう。こことは違う世界で幸せになってほしい。そう思いながら広場を去った。

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