サイドストーリー 感化
ふざけているとしか思えなかった。100年も前から王家の人間であったアイラが親族の女官となり、ずっと呪いが解ける時期を待っているなどとふざけているとしか思えなかった。アイラがすべての原因だった。今、スミレが追い詰められた立場なのも、母親が死んだのも、父親が彼女を恐れ、閉じ込めたことも。
「何が王家なの?意味ないんじゃない。」
目の前の景色は知らない間に切り替わり、まともにあったことのない弟のアオイに切り替わった。ランの前で弱音を吐き、軽い気持ちで日記を書く。城の誰からも愛され、父親もアオイには期待している。優秀で子供らしくて、困難という困難を感じたことのない弟。黒い髪を持っていること以外スミレとよく似た顔かたちだ。スミレの髪が黒く、異能さえなければ似たような生活を送ることができたかもしれなかった。
「スミレ、今のあなたが普通の生活をするには伽耶王国を再び奪取することじゃない。」
アイラといつものように呼べばいいのかアイラ様と呼ばなくてはいけないのかよくわからないが、スミレはとりあえずアイラ様と呼ぶことにした。
「アイラ様、100年もの間生きながらえていた理由は何ですか?私に何させたいんですか?」
「和から王家を消す。それか世界を消すのもいいかもね。」
アイラの口から信じられない言葉が出た。自分が作った王家だけでなく世界も。確かに消したくなる気持ちはわからなくもない。人類なんて滅んでしまえ。そう思うことは悪いことじゃない。ただそれを実行しようとする人間は見たことがない。いつだって口で正しそうな文章を垂れ流して、結局人間様の文明に守られた世界でのうのうと生きるのが普通の人間だ。だが100年という時の流れで頭がおかしくなったのだろうか。目の前のアイラは自然にそんなことを言ってのけた。
「意味が分からない。じゃあもっと世界中を消したい人に頼んでください。アイラ様は言霊を持っているじゃないですか。好きに異能持ちでもなんでも増やしてください。」
「無理よ。あなたの母親で試したわ。だけどもともとその人にある素質的なものがないと言霊は効かないの。覚えてる?あなたの異能を無効化するには至らなくて、眠らせたことがあったでしょう。だけどあなたは永遠に眠らせることができなかった。体が限界を迎えて異能が効かなくなる。あぁ、あなたが王家の消滅に必要な理由ね。あなた一人で国一つつぶせる力があるからよ。組織を作ると裏切りが出るもの。セーラみたいにね。」
セーラとはシルフィの偽名だ。母親を殺した組織。王家を裏で操ってるとも支えているともいえる得体のしれない組織。
「王家の消滅なら普通にお父様もラン様もアオイも私も殺せばいいです。なんならご自分の代で消すこともできた!なぜこんな回りくどいことを。」
「ひ孫までなら愛着があったのだけどあなたたちの代になるとどうでも良くなって。あ、冗談よ?呪いが解けて、力を持った段階でつぶさないとどこに呪いが飛び火するかわからないもの。伽耶領主の廉みたくね。彼はあなたの受け継ぐはずだった呪いを受けてしまったの。」
なにもかも意味が分からない。
「王家があると和はきっとこの先ものんべんだらりと今の世界を生きていくのでしょうね。でもそんなの気に食わない。私とユーダイが何のために和を創ったか。それは混血達が平和に暮らすためよ。私たちがもってたものすべて捨てて、命を懸けて創ったの。なのに今はどう?」
アイラが大きくため息をついた。スミレにはアイラの言っていることの意味が少しわかる気がした。
「国内で差別が起こっています。セイナリで見ました。町で生きていくのが困難で、流れ着いた人や、私のような異能もち。」
「それもあるけど、皆堕落しすぎなのよ。普通に生きられたらそれでいいだなんて。娯楽に町は沸き、正直者は馬鹿を見る。努力せずとも生きていける。そんな世界にしたくて私たちは苦しんだのではないわ。」
アイラの目はどこか遠くに行ってしまったユーダイを追っていた。スミレは目の前のアイラの思いに涙を流した。先人の思いをないがしろにした国民に憤った。そして過去の自分のことを顧みたとき、それは大した困難ではなかったと思った。
「王家は私が滅ぼします。世界は私があるべき姿へ。」
それで、私も。という言葉を呑み込む。目の前の景色が今度は浜辺でスミレがココナによって刺されるものに変わっていた。
「ココナならいいわ。王家を滅ぼすもの。自分も生きていようとは思わない。」
「それが死の間際に言えるかしら。」
答える前にスミレの目の前からアイラは自分勝手に消えてしまった。




