サイドストーリー 風華視点 憂さ晴らし
風華の手には黒々とした墨をたっぷりと吸った筆が握られていた。
「大丈夫、この唐変木は仮死状態から目覚めることはない。それに日頃の恨みを晴らすだけ。悪いことはしないわ。」
そして、自分を納得させるように呟くと、思い切ってその筆を令瞑の額に押し付け、勢いよく間抜け、と額に書き付ける。両頬には渦巻き模様を、瞼にはバツ点を。思いつく限りの悪口を書いていくうちに令瞑の顔は真っ黒になってしまった。だが風華の心が晴れることはない。土瀏を長年思い続けてきた彼女にとって、令瞑は許せる相手ではなかった。彼が土瀏に手を下してようが、下してなかろうが風華にはもうそんなことどうでもよかった。彼の全てが憎かった。風華に婚約者がいるにも関わらず、しかもそれが義兄であるとわかっていて婚約を打診した彼を許すことができるはずがない。分不相応な野望を抱き、それを叶えようとする図々しさに吐き気がする。風華の異能の痕跡を見つけ、特定までしてくる目ざとさに反吐が出る。
「、、、、忌々しい。」
風華はそう吐き捨てた。満足するまで思いつく限りの落書きをした後、道具を片付け、ぞうきんで彼の顔をぬぐった。そしてスミレの様子を見に行く。仮死状態だからというべきか、目に見える変化はない。
「スミレ様、もうすぐ目覚められるはずです。ラン様が封具を持って来られるはずですから。自由を求められるのも結構ですが、生まれについては仕方がないと割り切ってください。」
何の反応がないとわかっていても話しかけてしまう。そっと銀の髪に触れる。そういえば城で目にしていた時から風華はスミレの髪が誰かの手によって編まれているのを見たことがない。お披露目の舞踏会ですら、スミレの髪は簡素なものだった。王の関心はアオイにしか向かっていない。ココナやフタバを除いた女官達もスミレに対する忠誠というものはなかったのだろう。しかも、あの二人は華への訪問が決まった直後の登用だ。アイラしか頼れる人間はいない、と思われていたが実際はどうなのだろう。風華達は和に来てから塔に行くことは許されなかった。少しでも二人が交流できていれば未来は変わるだろうか。
「自由でいるよりも誰かの操り人形でいることの方が楽だと知らないで育ったのなら、仕方ありませんね。」
いつも思う。ランが誰よりも欲張りで、自由で、苦しんでいるのを風華はずっと見てきた。野望のために皇位を望んだ。正妃の位を望んだ。そして、今はスミレという得体の知れない姫の力を望んでいる。
「私は大きな野望を抱くラン様にお仕えすることに幸せを感じています。しかし、時々狂ってると感じることもあります。何故、お二人は叶わないものにそんなに固執できるのですか?」




