姿を見せない敵
「ワイの正体気にならへんのか?」
小瓶の中から聞こえていた尊大な口調から、タイハンの商人が使う口調に変わっていたのです。ずっと格好つけていたようですが相手されないため心が折れたようでした。
「もう嫌や。ワイが何したっちゅうねん。何しても無視決め込みやがって。」
机の上で話し続ける睦已をココナは驚きながらも小瓶に戻しました。
「風華様、この小瓶に何か重石でも乗せません?」
「あら、それいいじゃない。」
「おい、またワイのことほっとくんか?」
睦已が小瓶の中でジタバタしているような音がしますが、女官三人衆は睦已に話かけず内輪で話し始めました。
「睦已の口調、タイハンの商人のそれなんです。私の店は王家に近い方との取引もあるので矯正され、使っていないんですけどね。」
「つまり、国内で土ばかり弄っていた華の国至上主義の令瞑がタイハンで話される口調を知っているわけがないということね。」
「そういうことになりますね。」
三人はじっと小瓶を見つめました。しかし、何もわかりません。
「そういえば姫さまが睦已を見た時、ケイトにある魔除けの小鬼に似てると仰っていました。もしかしたら本当に魔除けの小鬼が姫さまについて来たとか、、、、。」
信じられませんが、とココナが言いますがそれをシルフィが鼻で笑います。
「和にはそんな生き物がいるのか?」
いないだろ、と言わんばかりのシルフィにココナはにこやかに言いました。
「人智を超えた異能使いの人間にだけは言われたくないです。」
「でも、異能使いはいるんだよ。小鬼と違ってな。」
言い合う二人を風華が冷たい目で見ながら口を開きました。
「二人とも、さっきの話は聞いてた?気品はお母様のお腹の中にでも置いてきたのかしら。」
ココナとシルフィが黙ったのを見届けて風華は話し始めます。
「本人に聞いてみる?調子に乗りそうだから嫌だけど女官は時に自尊心を捨てないといけないときもあるわ。」
風華がため息をつき言いました。
「睦已、あなたは何者なの?」
よく聞いてくれた、と言わんばかりの元気な声が小瓶の中に響き渡りました。
「ワイはセイナリの花街の魔除けの子鬼や。もともとただの土人形やったんやけどある時なんか変な女の声が聞こえて動けるようになったんや。」
すごいやろ、と睦已が自慢げに言いますが三人全員無視します。しかし睦已は無視されたことを気にせず言いました。
「ワイはつまり選ばれたんや。姫さんを守るためにな!」
「待って、女の声?」
シルフィは睦已の話で思い当たる点があるようでした。ただの土人形だった睦已が話しかけられて動けるようになったのと同じように、シルフィも幼いころ女に話しかけられて異能を貰ったのでした。
「せや。姫さんが世界を生かすも殺すも決めるって。あと、セーラから目を離すなとも言ってたな。」
風華は戦慄しました。セーラはシルフィのかつての暗殺者としての名前です。そして、シルフィはずっと地下牢に入れられていた体裁でいました。ランが新しくシルフィを女官として迎え入れたことすら公にはされていないのです。その情報を知りえるのはこの飛行艇にのっている風華たちだけです。
「家長だ、、、、。」
「家長?」
青ざめた顔でつぶやくシルフィにココナは聞き返しました。
「私に陽怜でも消せない異能を与え、暗殺者に育てあげ、7歳の私と10歳の兄さんにスミレ様を殺させようとした組織の家長だ。」
「え、シルフィ23歳だったの?!」
ココナは驚きます。そこじゃないでしょう、と言いいながらも風華も驚きを隠せないようでした。しかし重要なのはそこではありません。
「私がどんな異能も無効化し、混血でありながら異常な異能を使えていたのは全部家長の力だ。家長の目的はわからない。だが、王家と深くつながっている。ラン様をもってしても家長にはかなわないかもしれない。」
和、洋、華の三国すべてを敵に回し、伽倻の領主に追われている今、まだ見ぬ勢力までもがスミレに狙いを定めていました。敵か味方かはシルフィにもわかりません。




