イマガミへの固執
スミレに状況を伝え、感情を落ち着かせることにしたランたち。船内がなんとか静かになると、ランは決心しました。
「洋に行きましょう。」
しかしココナ達、そして今回は風華さえも洋に行くことに難色を示します。
「華は洋の本土に進行します。混乱どころか、私達が混乱を起こしてしまいますよ。スミレ様のことはすべての国民が知っているのですから。」
明らかに得策ではないと言い切る風華の言葉にランはさらりと返します。
「混乱があるから行くのでしょう?洋の山の中に時代から取り残された銀細工師がいるそうじゃない。そこに行って封具を作りにいきましょう。まさか戦争の中、封具を作るなんて誰も思わないわ。それに伽耶製のあの指輪よりも質が良い。」
封具という聞いたことのない物の名前にスミレは興味を示します。
「それは、異能を抑える道具ですか?」
スミレにとって封具と呼ばれるそれは幼い頃から熱望した物であり、スミレの目標そのものでした。それさえあれば普通の生活を送れると本気で信じていたのです。
「もちろん。封具があればどんな異能も抑えられる。伽耶製とは仕組みから違うもの。」
「普通の生活ができるようになりますか?」
スミレはランが「もちろん」と言うと確信して言ったときでした。
「それは無理ね。」
突き放すようにランが言いました。ココナが止めに入ろうとしますが、ランによって体が動かせなくなります。スミレの感情の昂ぶりが起こらないよう、祈るしかありません。
「まだわからないの?あなたの旅は廉から逃げるため。あなたがどこかの国に行くことで世界の力の関係が崩れること、そろそろ理解して。」
「でも、誰もいないところにいればいいと思うんです。そこで静かにすれば可能ではないのですか?」
スミレが助けを求めるようにココナの方を向きましたが、ココナは何も言えませんでした。ランがシルフィに目配せし、ココナを部屋から転移で追い出させました。部屋からスミレの味方がひとりもいなくなり、彼女だけがずっと夢をみていたことを目の前に突きつけられます。ランが追い打ちをかけるように言いました。
「王族に生まれ、その旨味を享受したのならばあなたは王族として義務を果たさなければいけない。あなたが望んだ、望んでいないに関係なくね。国を捨てるなんてことはあってはいけないこと。」
「王族に生まれて良かったことなんて一つもありません。イマガミの姓などごみ同然です。」
そう吐き捨てるスミレの目からパチパチと電気が飛び出します。スミレは理解していました。自分の感情が異能と直結していることを。最悪の場合、感情を爆発させ飛行艇を墜落させると脅しさえすれば自由は手に入ると思っていたのです。
「、、、、イマガミの姓は洋で信仰されている神との決別の証。私が欲しくて欲しくてたまらないものを
あなたはいとも簡単に汚してしまうのね。」
目を伏せたランにスミレは一瞬怯みます。しかし、ランは一瞬のすきを突いてスミレの手を捻り上げ、乱暴にスミレを床に押し付けました。
「痛いです!」
痛がるスミレをランは冷たい目で見つめます。驚くぐらい幼い思考が透けて見えるのですから。
「そう。痛いのね。」
「誰も傷つけたくないんです。離してください。」
ーーどの口が。
スミレの体から炎が飛び出します。陽煌を消し炭に変えた炎にランは目もくれません。風華が盥になみなみとはられた水を容赦せずスミレに浴びせ、炎は跡形も消えなく消えました。
「腹が立つ。そうやって何人殺したの?どれだけの人が怪我をした?あなたは感情を抑える努力を、異能の使い方を自分の感情を取り戻してから努力したかしら。私の知る限り、全くやっていないわ。」
異能を使わずともスミレを押さえつけるランにスミレは恐怖を感じ、飛行艇にまた寒さが広がります。しかし、それは水を浴びせられたスミレ自身の体を冷やし、挙句の果てに凍らせてしまうことに他ならなかったのです。
「私は陽家を名乗るものとして、過剰なほどの努力をしてきた。そして、イマガミの名を得ようと今もそれを続けている。だから、生まれてきただけで、イマガミの名をもつあなたが憎い。」
選ばれた血筋も異能も持つスミレをランは怖いとは思いませんでした。自分の方がずっとずっと優れているのですから。




