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眠り姫は夢をみない  作者: 鈴木チセ
国外逃亡編
38/70

サイドストーリー 風華視点 過去と憎しみ

鮮やかな赤の髪を一つに束ね、身につけていた装飾品を外してもなお、ランは高潔だった。こんな時でも風華はこの人に仕えていてよかった、と思っている。



「お願い。」



ランの指示を聞いた風華が飛行艇の扉を開ける。そして風華は柔らかな風をおこした。ランは扉から手を離し、風に身を委ねる。風華は彼女を丁寧に下へ送り届けた。



「撹乱は任せたわ。」



「お任せください。何人たりともラン様を傷つけさせません。」



作戦が漏れていないと信じきっているのか、洋の軍勢の監視は最低限だった。だからこそ、ランを丁寧に下へ送ることができたわけだが。ランはまず監視を気絶させた。話を聞く必要もないからその方が効率もいい。殺さないのは慈悲などではない。捕虜が必要だからだ。平和的に印を解放させる為に。しかし、監視は気絶させるだけで済んだが、兵器に乗り込んだ兵士達は違った。ランに気がついた瞬間に銃を向けてきたのだ。しかし、銃はラン達の敵ではなかった。



「うわぁぁぁぁ!」



「我々はお前達の攻撃に屈さない!やれる者ならやってみろ!」



ランが一瞬にして兵達の動きを止めた。兵達は何が何だかわからず狼狽えている者もいれば何かと喚く者もいた。



「ぎゃあぎゃあ五月蝿いですね。」



「そうね。捕虜は黙っていてもいいもの。」



ランがそう言った瞬間、兵達は口すら聞けなくなる。全ての兵の顔から血の気がなくなった。



「静かになったわね。」



ランの口元が釣り上がると同時に古代兵器は音を立てて破裂した。兵器の外側には洋が崇拝する神を象徴した赤いマークが描かれていた。ランのしたことは神への冒涜だ。見なくてもわかる。兵士達の心の中が怒りと恐怖に染まったのを。



「兵器と捕虜は内側にでも放っておいて。」



「そうですね。古代兵器の存在さえ明るみになれば皇帝陛下も対策をきちんと立てるはずです。」



長城の前から古代兵器を一掃した風華達は一つのことを危惧した。



「でも、この騒ぎを聞きつけた風家の一人がここまで来てもおかしくありません。早く退散しましょう。」



「その必要はない。」



地面から声がした。それと同時に土が人型になる。現れたのは華の貴族、土令瞑だった。




「お久しぶりです。陽蘭様。」



令瞑はランが苗字を捨てたことを知らないようだった。ランは一つ疑問に思った。何故令瞑がこの長城の外側にいるのか。



「何故情報収集に長けた異能をもたないそなたがここにいる?」



土家にも情報伝達手段がある。しかしそれは土、砂などの鉱物が見たものを感じ取るぐらいであり、水さえあればどこの記憶でも覗けてしまう流家や、風で人の声を自由に運ぶことができたり、独自の情報網をもっていたりする風家に比べればかなり簡素なものだ。ちなみに焔家も土家と同じように情報収集には長けていない。本来土家には今回の騒動を知るすべはないはずなのだ。しかも今回は風家、流家ですら情報を得ておらず、たまたまシルフィが音を転移させたからこそ知ることができた騒動だ。今さら長城の外で起こったことなど土家が感じ取れるはずがなかった。



「長城の外が騒がしいと穣峰が連絡してきたもので。」



「お兄様が?何故、そんな今更?」



風華は怪訝そうな顔をする。それもそのはず。令瞑との婚約の打診を断り、国外に嫁ぐランに着いていった風華は土家の面子をつぶしたも同然。風華が言えることでもないが風家の一員である穣峰と協力関係にある令瞑は普通ではない。しかも穣峰の異能は風華のそれよりも強力ではない。国外の情報を知ることは並みの能力者では困難なはずだった。



「婚約といっても打診ですから。風華が断っても何も問題はありません。」



「そうですね。元婚約者でもなんでもないただの他人なので呼び捨てはやめていただけませんか?」



風華の口調は令瞑への敵意を隠していなかった。



「それはそれは。失礼いたしました。ところで、月の姫君を隠してはいませんか?」



急に空気が変わった。令瞑は口元に笑みをたたえてはいるが眼は笑っていない。しかし風華とランは眉一つ動かすことなかった。彼など脅威ではないと言うように。



「まさか。我が国の大罪人ですよ。未だに行方が分かっていないとなると、華の国家転覆を狙う何者かが連れ去ったのでは?」



白を切るラン。だが令瞑は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。



「では、セイナリから見つかった風華様の異能の痕跡はなんと説明されますか?薄い水色の靄。あなた以外の風家のものはあのようなへまをしません。」



「気のせいでは?セイナリには怪しい幻覚剤が蔓延しています。薬なんて無縁の自然豊かな場所で自由に過ごしていらっしゃったでしょうから影響を受けてしまったのでしょう。次はお気を付けください。、、、、少し吸ってしまっただけで死に至るものもあるのですって。」



風華は馬鹿にしたように笑う。田舎者は簡単に毒の影響を受けて死ぬ。そう言っているのだ、風華は。



「風華様はそうおっしゃいますが、私は次期土家当主です。あなたがおっしゃるような田舎者ではございません。また婚約の話、考えていてくださいね。それでは捕虜はこちらで回収しても?」



「、、、、ええ。」



ランが頷いた後、令瞑は地面に溶けた。



「ラン様、失礼します。」



急な突風がランを襲う。風華も自分に突風を浴びせた。令瞑が何か異能を使っていても風華の突風であれば大抵のものは吹き飛ばすことができる。



「怪しいものはありません。帰りましょう。ココナ達だけではどうも不安です。」



「そうね。それにしても相変わらず仲が悪いようね。」



風華が令瞑をあそこまで嫌うのには理由があった。風華や陽蘭、陽煌、陽雅は全員、家の重要な役割を持つことを生まれながらにして許された人物だ。皇族のみ代々名前は一文字と決まっているが、風華の場合は母親が正妻であったため一文字の名前が与えられている。苗字と共に名前を呼ばれて初めて本家と認められるのだ。しかし土朱華、土令瞑、風穣峰は公の場では苗字を呼ばれない。正妻の子ではないから本家と認められていないのだ。二文字であるのは苗字を呼ばなくても貴族であると分かるようにするため。庶民はシルフィの本来の名前、涼のように一文字であることが多い。



「令瞑様は身分を気にしませんから。」



思い出すのも忌々しい。風華はそういわんばかりの表情をする。忘れもしない。令瞑は自己紹介のときにこう言った。



「初めまして。私は土令瞑と申します。」



今思えば令瞑はこの時既に自分が当主になることをもくろんでいたのかもしれない。二人ともまだ10歳にも満たない年だった。その時すでに令瞑は権力を欲し、風華は規律に厳しくあろうとしていた。



「土瀏のことは気の毒だったわね。」



土瀏は令瞑との馬術の稽古で崖から落ち、下半身が動かなくなった。事故だった。情報収集に長けた異能使いがいる。そんな世界で犯罪をしても何も残らない。令瞑は何もしていない。完全な事故だった。しかし、風華にはそう思えなかった。



「私、土瀏をずっと支えると約束しました。体を元通りにする異能使いも見つけると。なのに、、、、。」



体を健康だと思わせることができる異能使いはいても、命自体を左右することができない。しかし稀に、命すら操る異能使いが生まれるらしい。文献の中の存在だが、まだ幼く、土瀏に思いを寄せていた風華はその存在を確信していた。だが風華の思いも空しく、ほんの三年前、土瀏は自らの異能で自殺した。胸には深々と陶器の破片が刺さっていたという。窓辺に置かれていた花瓶は消えており、床は水浸し、花も散らばっていた。



「、、、、遺書には何が書かれていたか公開されていません。でもお家騒動を憂えてのことだと。正妻の息子は土瀏だけ。令瞑様が当主となってもおかしくないことはわかっています。」



風華は悲しそうに笑う。ランは飛行艇の扉を開けた。



「、、、、貴族も人間よ。でも庶民よりも気高く生きなければならない。今日は休みなさい。」



「わかりました。」



風華は涼のいる部屋の扉に手をかけた。ココナと交代するためだ。しかし、風華の目からは絶えず涙があふれてきた。



「兄上ではなく私の手を取ってはいただけませんか?」



八年前。まだランについてゆく前に婚約を打診された。まだ、土瀏は死んでいなかった。そして、令瞑もまだ次期当主ではなかった。



「令瞑が無実なら私は誰を恨めばいいの?」


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