サイドストーリー ココナ視点 焦り
「わかりました。」
そう言った後、ランは部屋から出て行った。
風華と交代してからずっとシルフィの側にいる。なのに彼女は目を覚さない。異能の使いすぎによる疲労らしいが異能のないココナにはよくわからない。今は仲がいいフタバも陽煌殺害の件で華の国に残っている。常識の違い、自分の無力さがココナにどうしようもない不安感を抱かせていた。
「異能が使えたら少しは変わっていたのかしら。」
ココナは華の国系と呼ばれる、くすんだ緑色の髪色に明るい茶色の瞳を持つ少女だ。起源は定かではないが洋と華の混血と呼ばれている人達で、華の血を多く受け継いだのが彼ららしい。逆に洋の血を多く受け継いだのが洋の国系と呼ばれる焦茶色や赤褐色、黄土色の髪色をもち、暗い茶色の目をした人達だ。フタバはその洋の国系にあたる。しかし、華の国系はあくまでも見た目を受け継いだだけであり、異能を受け継いだわけではない。
「、、、、ココナ?」
シルフィが目を覚ましたようだった。シルフィは起き上がるが頭痛がするのか、頭を抱えた。
「大丈夫?無理しなくていいから。」
「それどころじゃない。教皇が死んだ。今、洋のトップは大公だ。華の国が想定している犠牲者が倍になる。早く手を打たないとだめだ。」
「わかった。ラン様達を呼んでくる。だから今は寝てて。」
ココナはシルフィが寝ている部屋の扉を勢いよく開けようとする。華の国は美しい国だ。ココナは雄大な自然と、洗練された文化、そして個性豊かな異能で溢れたあの国を血の色に染めたくなかった。しかし、シルフィの行動は早かった。応接室で紅茶を飲んでいたスミレ達を部屋に転移させたのだ。急な転移でランとスミレは紅茶を、風華は砂糖壺を片手に持ったままになっている。
「何事かしら。」
額に垂れた髪を払いのけ、ランは冷静に言った。一瞬たりとも隙を作らない彼女にスミレは感心しているようだ。小さく拍手までしている。16歳でこの素直さというのはあまり褒められたことではない。今となっては感情を解放してしまったことがスミレにとって良かったのか、ココナにはわからなかった。今のスミレはあまりにも幼すぎる。
「教皇が亡くなり、大公が実権を握りました。」
シルフィはランに法皇が亡くなり、大公が実権を握るとどうなるのか説明した。教皇は何をするにも大義名分が必要だった。つまり、自分から攻撃を仕掛けることも、捕虜を見せしめに殺すこともできなかったのだ。「人間」を殺すことは罪であり、それは戦争でも同じこと。自分から攻めることなど洋で信じられている宗教ではあり得なかった。しかし、権力が大公に移るとこれが大きく変わる。
「今の大公は形式上、神事にも参加しますし、毎朝の祈りも欠かさないと。しかし、本人には信心のかけらもありません。教皇ほど厳格に戒律を守ろうとはしません。勝つためなら虐殺も厭わないでしょう。」
「、、、、そうね。神の名の下であればなんだって正義なんだもの。彼らの強いところは同志としての横の結束の強さ。でも、それがどうしたの?あなたが聞いたのは華の危機。私達には関係のない話。風華、今から手紙を書くからそれをあなたのお父様にでも送って。あと、異能の痕跡だけは残さないように、ね。」
ランがどこから出したのか、便箋とペンを取り出し、サラサラと何かを書き始めた。母国が危機にあるというのにそれを顔に出さないランがココナには理解できない。和の国の人間であるココナですら華の国を危惧しているというのに。
「ねぇ、シルフィ。洋が華に勝てるわけないじゃない。洋の戦争がおぞましいと言われるのは周辺の植民地に住む非力な原住民をとことんいたぶったから。敗者には容赦ないだけ。それに、華には何万里もある長城が陸を塞ぎ、他国からの侵入を塞いでるの。この飛行艇のような技術が洋にあればいいけれど、せいぜい気球がいいところ。それでも一瞬で撃ち落として終わり。大公は手段を選ばないらしいけど、それは選べるようないい手段がないからよ。とりあえず、今は休みなさい。そんな体調でこれ以上異能を使ったらもっと動けなくなる。今は自分の回復を優先して。」
そう言ってランは部屋から出て行った。スミレもそれについて行く。ランが冷静だったのは華の敗北はありえないという自信からだったのだ。しかし、シルフィは不満そうだった。
「ココナ。」
「シルフィ、寝てて。」
シルフィは体を起こそうとするがココナがそれを止める。
「大公は勝てない戦争をしない。今、古代兵器を使うって情報が入った。」
「古代兵器ってあの?」
「そうだ。陸を火を吹きながら走ったり、大爆発を起こす球を空から落とす、鋼鉄のケダモノ。」
和と洋と華には古代から存在したという鋼鉄のケダモノと呼ばれる兵器の話がいくつも残されていた。それらは主に洋から多く出土。もう、起動はできないはずだった。しかし、大公は秘密裏に研究を進め、再び鋼鉄のケダモノを起動させることに成功したのだ。
「あれなら長城を乗り越えるどころか破壊することも可能だ。」
シルフィがまたラン達を部屋に転移させる。ランは不服そうに言った。
「もう、手紙は送った。万一に虐殺を洋が起こすとしても、すでに町中に兵士を配備している。不安になることはないわ。」
「違います。古代兵器が復活しました。」
シルフィの一言でランの表情は凍りついた。
「、、、、そんなの機械が異能を使うようなものじゃない。いつ?いつ配備するの?」
ランがまた便箋とペンを用意し始めた。しかし、シルフィが申し訳なさそうに言う。
「、、、、すでに配備されています。最終調整して2時間後、長城破壊作戦に出るそうです。」
「なんで早くわからなかったの?!」
「おそらくですが、今の今まで作戦は筆談によって会議していました。私は音を転移させて、それを聞き取っています。だから、、、、。」
「わかった。よくやってくれたわ。古代兵器なんて、そんなの四家でも立ち向かえるかどうか。」
もう、時間がなかった。今は考えている時間すら惜しい。華に連絡する時間もとうになくなっていた。
「、、、、私たちが動くしかないわね。それで古代兵器を機能停止させて、それをダシに廉とスミレさんの婚約をなしにしてもらう。風華、長城まで飛行艇を動かして。それから、私を下まで降ろせる?」
「お任せください。」
風華はすぐに操舵室へと向かった。
「ココナ、あの瓶の中の小鬼がなんだか引っかかるの。私たちがいない間、目を離さないで。」




