呟きにすら過敏に
馬車に乗り込んだラン達。馬車は見た目こそ地味ですが中身は上質なものばかりで揃えられ、揺れもありません。中では風華がいつも首に下げていた三角錐の装飾を耳に当て、シルフィはランが書いた紹介状をどこかに転移していました。何もすることがないスミレはふっと思い立ち、ランに向かって自分の考えを述べ始めます。
「廉様は陽家のタブーなのですね。おそらく、罪人。しかし皇族の人間が罪を犯したとなれば、国民は何と思うか。そこで苗字を取り上げ、監視のできる一家臣に落とした。大方、ほとぼりが冷めた頃にでも正式に処分を言い渡すつもりだったのでしょうけれど。でも苗字もないような人間にまともな官職は与えられない。そこで、与えたのが力のない領地の領主。華を訪れた時に伽耶の名品たちが宮殿の庭園に並べられているのを見ました。奪い取れるもの全てを奪ったのでしょう。伽耶は歴史だけ残った出涸らしというところではありませんか?だから、罪人を押し付けるにはちょうど良かった。権威も権力も失墜した領地で力を振るってもあなた達にはなんの痛手にもならない。」
スミレの発言はきちんと教育を受けた王侯貴族なら誰でも答えることができる回答でした。しかしランは、さらにーー。と続けようとするスミレを遮るかのように言います。
「彼自身が罪を犯したのならそうだったでしょうね。でも、まるで違う。」
彼女は金色のペンを動かす手を止めました。
「廉は、何もしていないわ。」
「生まれたことが罪のような言い方ですね。」
スミレは一瞬自分と重ねてしまいます。銀の髪で生まれたせいで親の愛を得られず、母は殺され、暗殺者を串刺しにし、幽閉された上に感情まで奪われ、おまけに陽怜に気に入られたことで陽煌に紹介され、彼に勝手に触れられた挙句異能を解放されて収集がつかなくなり、とうとう彼を消し炭にしてしまったのです。そして今は廉という得体の知れない人間と婚約を強要されています。スミレは限界でした。本来持ち得ない異能を持っていることも、その異能で人を殺した事実もスミレが抱え切れる大きさを超えていたのです。
「なんで生まれたことが罪なら殺さないのでしょう。王家も皇家も公家もとっくの昔に人の命なんて屠っているんですから。くだらない善意で生かして苦しめるぐらいなら、私は死んだほうがよかった。」




