洋の狙いと和の思惑
ーまた眠っていたみたい。そうだ、本はあるかしら。
幼かった姫も15歳になっていました。暗殺者に殺されかけた後、助け出されましたが王に愛されることはありませんでした。王妃の死は不明とされ、姫が起こした火事は暗殺者が放ったものとして処理されました。そして、その姫はスミレという名前をもらい、大きな力を暴走させることもなく暮らしていました。しかし1歳までのスミレはまだ城で過ごしていましたが、ある日その姫としての生活も終わりを迎えてしまいます。
その日は突然来ました。大陸には3つの大国があり、一つは異能を使い、1000年を越す歴史をもつ華の国。もう一つは唯一神を信じ、進んだ化学技術をもつ洋の国。最後はスミレの住む、自然と共に生き、進んだ技術も異能も無いながらこの二国に追随する和の国。その中でスミレを暗殺しようとしたという濡れ衣を着せられた洋の国は、華の国と手を結んだ和の国によって戦争で敗北してしまいました。洋の国の教皇は心当たりのないことでの宣戦布告に激怒しましたが、和の国に戦いを挑むことは華の国に戦いを挑むのと同じこと。和が卑怯な手を使うのならば同じやり方で復讐してやろう。そう思った教皇は和の国の暗殺者を探そうとしましたが、教皇はいくら憎い和の国に報復するため、とはいえ自分の家族に手を出させることには躊躇いがありました。
「、、、、なら、本当に奪ってしまえばいい。私の民を苦しめたのだ。幼い姫には悪いが責任をとってもらう。」
そこで教皇は小国出身の奴隷を和の国の城に放ったのです。その時のスミレはまだ6歳。人を疑うことを知らず、見知らぬ男がいても怪しがることをしません。
「君は ?」
最初、奴隷はスミレを迷子になった貴族の娘だと思っていました。
ー和の国の王家は黒い髪と黒い目をもつはず。
「私はスミレ。」
スミレは素直に答えます。この奴隷は姫の名前がスミレとは知らされていなかったので、そのまま通り過ぎようとしました。しかし、タイミング悪くアイラが来てしまったのです。
「姫さま、また1人で何をしているのですか。これから楽器のお稽古でしょう。」
ー姫 ?彼女が ?それなら、何故彼女は雑草の名前をもっていて、しかも一人で抜け出している。そんな無防備では、、、、。
奴隷は思わずそう思ってしまいました。彼は奴隷でありながら、貴族の元側近。洋の国の人間よりも出世したことで疎まれ、あらぬ罪を着せられた末、この暗殺を命じられました。だからこそ洋の国と今自分が目にしている光景が信じられなかったのです。それに、この暗殺も本人は乗り気ではありません。
「お前は誰だ。」
奴隷に気がついたアイラは姫を後ろに庇います。
ー殺られる。
咄嗟にその場を離れようとした奴隷。しかし彼の脳裏に教皇の言葉が蘇りました。
「失敗すればお前の家族の命はないと思え。それからお前の大好きなリードも、な。」
ー自分のせいで、大切な主人に迷惑がかかる。なに、殺しさえすれば良い。
剣を振り上げ、アイラごとスミレを殺そうとする奴隷。
「止まれ !」
イヤリングを外したアイラの一言で奴隷の動きは止まったものの、スミレは強い恐怖を感じていました。その瞬間に姫の足元から氷の柱が飛び出して奴隷の心臓を突き刺したのです。
「嫌、嫌だ。怖い。やだ。」
氷の柱がスミレの足元から何本も何本も出てきては、何度も何度も奴隷を突き刺します。スミレは耳を塞ぎ、目を瞑り、ガチガチ震え、自分が奴隷を殺していることが見えていませんでした。
「あなたは明日の朝まで目が覚めない !」
アイラが叫んだ時、姫は足元からぐらりと崩れ落ちました。
ー王に知らせなければ。この子は無意識に人を傷つける。
執務室にて、王は華の国の異能の記録について読み漁っていました。異能を使った封具の存在。そして、それがなければ異能を制御できるようにならないこと。しかし、華と和が同盟関係とはいえ立場は和の方が下。和は華に願い事をする立場では本来、ありません。頭を抱えたところに、アイラが駆け込み、スミレが暗殺者を異能で返り討ちにしたことを伝えました。
「レイラのやつは死んでからも私を苦しめるのか。なんて姫を遺してくれた。スミレはそのうち和の国の者まで殺すぞ。」
アイラからの知らせを聞き、王の顔は真っ青になりました。彼にとって重要だったのは娘が他国から殺されかけたことではなく、娘が異能で外国人を殺したことでした。王が王妃への恨み言を並べ立てるなか、アイラは冷たい言葉をかけます。
「姫様を殺しますか?」
「いや、殺さない。スミレの暗殺未遂を口実に戦争を洋に仕掛けたんだ。華が黙っていないだろう。」
王は王妃が洋の者を使い、幼いスミレを殺そうとしたことも、アイラの一族のことも知りません。
「どうせなら、未遂ではなく本当に殺してくれたらよかったんだ。王妃を葬っただけで、肝心の姫を何故殺さなかったのか。」
王が本音をこぼす姿を見たアイラは、さも共感する様に頷きます。アイラ本人は全てに関わっているというのに。
「、、、スミレには離宮をやろう。すぐに側妃を迎えなければ。あれに王家を名乗らせるわけにはいかない。」
「わかりました。与える離宮はどうされますか。やはり、春の間でしょうか。」
王家が持つ離宮は遠い昔に失われた季節という概念をまだ残しているもので、春・夏・秋・冬の4つがあります。アイラがスミレに春の離宮を提案したのには理由がありました。スミレは春の花。自分の名前のルーツになった花を知って欲しいという気持ちがあったからです。
ースミレ様には幸せになってほしい。何故だろう。どんな理由であれ、私は彼女を殺そうとしたことには違いなどないのに。
でも、そんなアイラの願いを王は断ち切るように言いました。
「いや、春の間には華の国の皇女様を迎える。スミレには中央の離宮をやれ。」
ー中央 ?重罪を犯した貴族を幽閉する場所。しかも、国家転覆を図った黒幕並みの。王はそこに娘を入れるというの ?
それでも、アイラは口には出さず王の前から去りました。こうして、姫は中央の離宮とは名ばかりの牢獄に閉じ込められ、定期的に眠らされることになったのでした。




