無自覚
「姫、お待たせしました。それでは庭でも散歩しませんか。」
「ええ、喜んで。」
陽煌は輝く金の髪と紫の目を持っていました。金の髪は陽家の男子のみが受け継ぐ髪色で、華の国の誇りでした。彼は常に人々の羨望のまなざしを集めていました。それゆえの疑念が一つ。自分よりも年下のスミレが陽煌に対して顔を赤らめるどころか、表情すら変えないのは彼にとっては異常なことでした。社交辞令で彼の容姿を褒めることすらしません。本当に興味がないのか、はたまた外交上の策略か。陽煌は陽怜に和と同盟を組ませた和の王、コージ・イマガミならそれもやりかねないと思いました。
「姫は普段何の本を読まれますか。」
「歴史書と、後は恋が絡んだ物語でしょうか。和の恋物語が特に好きなのです。少ない言葉の中にあふれんばかりの思い。いつか私もそのような恋をしてみたいのです。」
口先ではそういいますが、スミレは物語を美しいとは思いません。ココナとフタバの2人が、
「高貴な身分の方は勉学の本以外にも物語を嗜みます。感想を言い合うお茶会は私たちの主の教養が試される時なのです。」
と口を揃えて言うので、スミレも目を通してはいます。しかし、面白いと思ったことはありませんでした。恋にも興味はなく、目の前の物語に出てくるような美青年がいても我を失うことはありません。
「世間話はこれぐらいでいいでしょう。本題はここからです、姫。」
急に陽煌の表情が変わります。世間話からなにか確証を得たようでした。
「姫。あなたには呪いがかけられていますね。」
スミレは表情を変えることなく言いました。
「何のことですか。」
華の国のバラ園。そこには自然界に存在しないはずの美しい青いバラも咲いています。外国からの訪問があれば必ず褒める場所です。スミレは何かを美しいと思うことがありません。それゆえに相手が自慢げに見せていないものを褒めることはありません。
「あなたはこのバラ園に来ても何も変わりませんでした。おかしいと思ったんです。あの途中であなたをかばわなくなった侍女。そして、あなたは銀の髪に金の目を持っている。間違いなく異能が使えるはずだ。でもあなたは異能を使わない。いや、使えない。」
アイラによってスミレは異能の引き金となる感覚を全て奪われてしまいました。しかしそれは秘匿されており、和の国に足を踏み入れたことさえない陽煌にはわかるはずがないとスミレは思いました。表情を変えないスミレに彼はまた優しく微笑みます。感情が異能の引き金になることなど、華にとって日常。封具を使い、幼少期の頃から訓練することでその身体にあまる強大な力を使うことができるようになるのです。
「私が今日あなたを招待したのには理由があります。ただ求婚するだけではなく。」
もともと求婚する気だったのですか。とは言わないスミレ。首をかしげて自分は何も知らないことを装います。
「何でしょう。」
「もう一つの理由は華の国皇太子としてです。あなたの持つ異能は伽耶の国の文献に書かれたものと同じ可能性があること。私は月家について調べていましてね。」
陽煌はさっきとは違い、真面目な顔になりました。陽家の、ひいては華の国の権力を確固としたものにするために月家の血筋が欲しかったのです。
「月家が謎とされていますが、伽耶の国が関係していると言われています。伽耶の国は元々華の国の一部。」
円満に支配したと言われる理由。それは元々伽耶の国が華の国だったからです。しかし、スミレはそれを知りません。
「古い文献では月家の女子は陽家に嫁ぐものとされていたそうです。代々女系のみ特有の異能を持つとされたのが月家。そして、陽家はーー」
「男性のみが特有の異能を受け継ぐ。」
スミレは咄嗟にそう答えました。陽煌はそんな彼女を見て満足そうに笑みを浮かべます。
「御名答。そうやって私達、皇族は国を治めるための神話性を保ってきたようなのです。」
しかし、と陽煌は古い文献に挟まれていたという日記を取り出します。
「これは月家の姫の日記だと思うのですが、、、、。こう書かれています。私には異能があるから好いた方と添い遂げることができない。それもこれもこんな掟があるからだ、と。
この姫はなかなか聡明な方のようだ。怒りの矛先が自身の異能にではなく、根本の掟にある。」
そうですか、とスミレは呟きました。庭のバラを見渡す彼女はこの景色にぴったりで高潔ささえ感じられます。しかし彼女に中身はありません。全然違う、とスミレは思いました。
「掟に反発した月家の者たちは月家の離宮があったところを伽耶の国としました。宮殿は、地位はくれてやる。だから自由をくれ。そう叫んだのが彼女たちなのではないか。それが私の考えです。しかし、いつの日か伽耶は衰退していき、私達が吸収しました。そのときには既に月家の人間はいなくなっていたのです。逃亡したのか、死亡したのか行方はわかっていません。月家の血を持つ者の手がかりはあなたのような銀髪をもっていること。そして、あなたはコージ様の子ではないとか。」
急に話の内容を変えた陽煌にスミレは一瞬違和感を感じます。違和感を感じたこと。それに先ほどからスミレの中に自分の思考が戻ってきていました。スミレにかけられたアイラの異能が何故か解けかけていたのです。違和感と不安にスミレの異能は反応し、地面の草が伸びていきます。それに気が付いた陽煌は満足げにスミレの前に跪きました。
「貴方には月家の異能を再び栄えさせて欲しい。」
陽煌の瞳は真剣そのものでした。しかし、スミレは彼に心動かされることはありません。自分の中の違和感の正体と眼の前の不思議な現象に混乱していたのですから。そんな彼女には彼の誘いを断るのが精一杯でした。
「私は王の命に従います。今この場で貴方の願いを受けることはできません。」
「それは、あなたにかけられた呪いのせいですね。」
陽煌はスミレの髪に触れました。呪いさえ解けば、感覚さえ取り戻せば彼女を揺さぶることができる。しかし目論見は外れていました。刹那、彼女は強烈な痛みを感じます。
ーー痛い。光が痛い。風が痛い。全部痛い。痛い、痛い、痛い、、、、。
彼女は永い間、奪われてきた感覚を一瞬のうちに取り戻します。その反動は奪われてきた時間が長いほど大きく、それが刺激を感じる空間であるほどに、スミレは思考します。痛みに耐えるなんてことをスミレは今まで経験していません。陽煌がスミレの髪に触れ、彼女にかかった異能を解いてしまったことで薔薇たちはスミレの感じた痛みで一瞬にして焼き消され、彼女の感じた怖い、と言う感情によって、陽煌は考える間も、逃げる間も与えられず、地面から生えてきた氷の柱によって全身を貫かれます。しかし氷の柱は彼の急所を刺すことはなく、陽煌はまだ強烈な痛みに耐えながら生きていました。
「姫、何故そんなことを。」
陽煌の声に気がついたスミレは、彼の無惨な姿を見た瞬間
ーー怖い。
そう感じ、また生えてきた氷の柱は今度こそ陽煌の胸を貫きました。誰もいないバラ園での惨劇にはまだ誰も気がつく様子はありません。




